伸びる袖
「それで王宮には知らせに行ってくれるかい?」
曇り始めたこともありエルフェリーンが呆けている中年の兵士へ声を掛けながら片手でトントンと叩くと、ハッと我に返り「すぐに知らせてきます!」と書状を持ったまま走り出す。
「あ、あの、この不自然に浮く神々しい大楯は……」
「話すと長いのですが、カヌカ王国の鉱山がアイアンアントに占拠させまして、その事と関係があって――――」
簡単に説明しながらも女神フランベルジュの失態を隠しながら話すクロ。ドワーフたちが崇拝する女神フランベルジュがターベスト王国に現れたという話はまだこちらには届いていないようで真剣に説明を聞き、最終的には「このような奇跡に出会えた事を感謝致します!」と深々と頭を下げる門番の兵士たち。
「信じてもらえて良かったです……はぁ……」
(私を崇拝するドワーフたちは良い意味でも悪い意味でも純粋なのですわ! まぁ、私の偉大さと神々しさを前にすれば種族など関係なく崇めてしまうものですけれど、おほほほほほほほほほ!)
吹き出しいっぱいに浮かび上がる高笑いに、このままこの国へ奉納するのも悪くないと思うクロ。
「うん? ああ、降り始めたね」
「でしたら詰所の方で雨宿りを、」
「クロがいるから大丈夫よ!」
ポツポツと振り始めた雨に兵士が近くにある兵士たちの詰所へと案内しようとするが、ビスチェが拒否しクロへと顎をしゃくる。
「シールドを展開しますね」
クロが先に断りを入れ首を傾げながらも頷く兵士。頭上に半透明のシールドを展開すると降り出した雨はシールドに弾かれこれ以上濡れることはないのだが、展開したシールドの大きさに目を向く兵士たち。
「これほど大きなシールドを……」
「頭上にシールドを展開するとは器用な……」
車数台がすっぽりと収まるサイズのシールドを展開したクロへ驚きの表情を浮かべる兵士たちにドヤ顔を浮かべるビスチェ。
「クロはシールドが得意だからね~僕の自慢の弟子さ」
「うむ、シールドをこれほど器用に使うのは他にいないのう……階段状にシールドを設置した時は驚いたわい……」
「あれは確かに便利だったわね! 高い所に実った果実を採るのにも便利だったわ!」
エルフェリーンとドランにビスチェが褒めるなか、クロはキャロットと白亜にアイリーンが食べていたお菓子の袋を回収し、白亜の口のまわりについた青のりをおしぼりで丁寧に拭き取る。
「ほら、綺麗になったぞ」
「キュウキュウ~」
「白亜さまがありがとうと言っているのだ!」
白亜の鳴き声を訳すキャロットと口のまわりにも確りと青のりが付いており、クロは新しいおしぼりでキャロットの口のまわりも拭き一切の抵抗もなく拭き取られる青のり。
「くすぐったいのだ!」
「そう思うならもう少し綺麗に食べろよな……ん? 雨が激しくなってきたな」
土砂降りに変わり始めた雨模様に眉間に皺を寄せるも遠くからこちらへと向かって来る数台の馬車を視界に気が付き、ルビーは近くにいたクロの裾を掴んで口を開く。
「あ、あれはドワナプラ王家の紋章です……」
「そりゃ、城へ報告に行ったし迎えが来るとしたら王家の馬車だろ」
「そうですけど、そうですけど……王家ですよ! 王家の馬車が迎えに来ているのですよ!」
「王家の馬車ならターベスト王国にカヌカ王国にサキュバニア帝国でも乗っただろう」
「それでもですよ!」
次第に袖を引く力が強くなりバランスを崩しそうになるが、地面が濡れ始めたこともあり下半身に力を入れ堪えるクロ。
「袖が伸びる!」
「す、すみません……ですが、王家の馬車は王族が乗ったり偉い人が乗ったり……」
「その偉い人と散々酒を飲み交わしただろうに……はぁ……」
ターベスト王国での飲み会で現役国王であるドズールや近衛兵たちにウイスキーの素晴らしさを説教気味に説明しているところを目にしていたクロは大きなため息を吐きながら若干伸びた上着を確認していると馬車が到着し、姿を現す件のドズールと近衛兵たち。
「エルフェリーンさま方、ようこそドワナプラへ!」
国王自らの出迎えに驚く門番の兵士たち。エルフェリーンは片手を上げ挨拶をし、クロも頭を下げながらも裾を新たに掴み引っ張るルビーに、逆の裾を引っ張ってもらえばどっちも伸びてバランスが取れるのにと思うのであった。
「話は分かった! 態々、国にまで赴き感謝する!」
王室のサロンにて頭を深々と下げるドズール・ドン・ドワナプラ。その横には王妃たちや息子であるラズールにその妻になるドワーフの女性もおり一緒になって深々と頭を下げ、ルビーは馬車内でクロに頼まれたことを実践し伸びていない方の袖を強く握りしめる。
「経緯を説明するとそんな感じなので、アイアンアントの討伐は終了しました」
女神フランベルジュの大楯を貸し与えられた経緯とそれを信仰するドワーフの国へ来た理由を説明するクロ。
(概ね間違ってないですわね!)
「間違ってないというか、アイアンアントが無駄に巨大になった原因だぜ~ドワーフたちからも叱って欲しいぐらいだね~」
神を相手に叱れと言われたドズールは下げていた頭を上げるタイミングを逃し、他の王族たちも深々と下げたまま様子を窺う。
「神さま相手に無理を言わないで下さいよ……はぁ……」
「そ、そうです。フランベルジュさまが生み出した画期的な鍛冶の方法や製鉄技術あってこそです。ドワーフにその技術が伝わって今があるのですから、叱るなんてとんでもないですよ」
クロとルビーのフォローに王族たちは顔を上げ、吹き出しに文字が浮かび上がる。
(その通りですわ! 確かに地脈の流れを制御し忘れましたが、神になった実績もまた事実! ルビー! 貴女は見込みがあるわ! それに研ぎの実力とアイディア力は私も認めるところ……私の加護を与えましょう!)
浮いていた武具の女神フランベルジュの大楯がゆっくりとルビーの前に移動し微笑みを浮かべ、次の瞬間にはルビーの体が輝き出し歓声に包まれる室内。
「神々しい光が……」
「フランベルジュさまが加護を与え……」
「なんと神聖な輝き……」
輝いているルビーは加護という特別な力を授けられながらも呆気に取られており、口をパクパクしながらクロの裾を力いっぱい引き、腰を落として踏ん張り抵抗するクロ。
「おい! こら! だから引っ張るな!」
「だって! だって! 光が! 加護とか! 私はどうしたら!」
「まず手を放せ! 俺の上着がミシミシいって! うおっ!?」
光が治まったルビーの手にはクロが着ていた上着の右腕が垂れ下がり、静まり返った室内で転がったクロが起き上がるとアイリーンの爆笑する声が響き渡る。
「あひひひひ、籠を授かるというイベント中に引っ張り合うコントとか! クロ先輩はレベルが高いです! あひひひひ、やだ、お腹痛い」
「ぷっふ、我も我慢しておったが無理なのじゃ、うははははははは」
「神さまから籠を授かる瞬間に何をやっているのかしら……」
アイリーンとロザリアが爆笑し、ビスチェがクロを睨みつけ、ルビーは加護とクロの上着の右腕部分を貰い、キャロットと白亜は急に眩しくなったことで目を覚まし辺りをキョロキョロと見つめる。
「それで加護を貰って何か変わったか?」
転がり腰を打ち付けたのか自身で摩りながらルビーに声を掛けるクロ。
「えっと………………さぁ、実感はないです………………あ、あの、お返しします」
「いらんわっ!」
手にしていた右腕の裾を返そうとクロに向けるがツッコミのように拒否するクロに、アイリーンはお腹を押さえて床に撃沈しロザリアも耐えようと必死で口元を抑え、呆気に取られたままその光景を見つめる王族とメイドたち。
武具の女神フランベルジュの大楯はドヤ顔を浮かべたまま浮き続けるのだった。
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