お楽しみとクロの苦労
干した野菜を水で戻して作った野菜たっぷりのお味噌汁と大盛のかつ丼は大盛況で予定の倍ほど用意していたが綺麗さっぱりなくなり、五度目のおかわりに来た冒険者は肩を落とすがどう見ても食べ過ぎだろう。
「ん? お前らはおかわりしなかったのかよ。うっぷ……」
使い終わった食器を返すべく通り掛かった『ドラゴンテイル』のリーダーに、縦ロールを揺らしながら水を口にし、ハンカチで口元を抑えるエルタニア。
「とても美味しかったですわね。昨日から食べ過ぎているので抑えているのですわ」
「クロさまの作る料理はどれも美味しいから食べ過ぎてしまいますわ」
「村での警備では運動にもならないのが問題ですね」
『赤薔薇の騎士』たちは女性という事もあり、冒険者であってもスタイルを気にして食べ過ぎている現状を打破しようとおかわりを禁止している。
「確かに警備じゃ太るかもな~」
その言葉を残して立ち去る『ドラゴンテイル』のリーダー。それを確認したエルタニアは、ふぅと小さく息を吐き小さな嘘を吐いた事で多少の罪悪感を覚えながらもこの後の事に期待を膨らませる。
「お姉さま、楽しみですね」
ハーフサイズのかつ丼を食べ終えたアズリアに人差し指を立て「しぃ~」と口にするエルタニア。
「うっ!? はい、内緒でした……」
両手で自身の口を押えるアズリアに微笑みを向ける『赤薔薇の騎士』たち。
「ふふ、私も楽しみですからね」
「おかわりできない事がこれほど苦痛だとは思いませんでした……」
「サックリとしながらも食べ応えのあるお肉に卵を纏わせ、米に染みた味も絶品でしたね……」
食べ終えたカツ丼の器を見つめ名残惜しく感じながらも食器を持って立ち上がる乙女たち。歩みを進め炊き出しをしていたクロとメリリにアイリーンが昼食を取っている姿が目に入り会釈をすると、アイリーンが糸を飛ばしエルタニアの前で急停止しそれを確認して手で握り潰す。
「まったく器用ですわね」
「お姉さま、何と書いてあったのです?」
「後で教えるわ。今は食器を片付けますわよ」
ゆっくりと食べていた事もあり食べ過ぎて動けない者を覗けば最後となった『赤薔薇の騎士』たちは長テーブルに食器を置くと、食休みを取るために先ほどのテーブルに戻り腰を下ろす。
「午後もこの村の警備ですわ。ビスチェさまがいうには近くに目立った魔物の気配はないとのことですが、蛇や毒虫などがいる可能性は十分にありますわ。気を引き締めて合図があるまで任務をしますわよ!」
エルタニアがパーティーメンバーへ視線を走らせ皆が頷き、機体で膨らむ胸を抑えながらゆっくりとした時を過ごす。
いつの間にか近くへやって来ていた小雪をアズリアが見つけ撫で、それを微笑ましく見守るエルタニア。元メイドたちもそわそわとしていたが小雪を撫で微笑むアズリアに気持ちが落ち着き、一緒になって撫で始める。
「小雪ちゃんは良い子です」
「わふっ」
「アズリアちゃんはもうお友達ですね~」
撫でられ尻尾を揺らす小雪の態度に上から登場したアイリーンが声を掛け、驚かせながらも笑い声を上げるアズリア。
「上からビックリです! ビックリです! あはははは」
「先ほども急に文字を飛ばして、誰かに見られたらと思うとドキリとしましたわ」
「ふひひサーセン。でも、楽しみにして下さいね~おかわりをしなかっただけの期待には応えますからね~」
「はい、楽しみです!」
「わふっ!」
目をキラキラさせ笑みを浮かべるアズリアを優しく撫で小雪も一緒に撫でるアイリーン。
「それにしてもアイリーンさまの糸でメッセージを送る魔法は便利ですわね。冒険者としても仲間に作戦を伝えやすいですし、緊急時も役に立ちそうですわ」
「それはよく言われますね~でも、実際はそれほどでもないですよ~もっと使えるスキルもありますし~一味、ちょっと来て下さ~い!」
大きく声を上げるとアイリーンの数歩後ろに一味が現れビクリと体を震わせる『赤薔薇の騎士』たち。リボンを体に巻き付けていることからテイムされていると認識できるがm相手は魔物でありどういった行動を起こすかわからず注意するに越したことはない。
「一味の特技を見せてあげて下さい」
アイリーンの言葉に一味は両手を上げる。すると光が降り注ぎテーブルにあったシミや汚れが落ち目を見開く乙女たち。
「これはアイリーンさまが使っている浄化魔法……」
「いえ、そっちじゃなくて」
『念話?』
「そうそう、それです! 一味の特技は念話という思いを単語にして伝えることができるのです!」
「い、今のは、この一味という蜘蛛の魔物が直接頭に話し掛けたのですかっ!?」
脳内に響く声に驚愕するエルタニア。他も乙女たちも口をあんぐりと開け初めての念話に驚き、アズリアもポカンと口を開けたまま固まる。
「念話ですからね~蜘蛛の声帯では人のように話すことはできませんが、念話を使えば相手に直接意思を伝えることができます」
『便利なように見えても少々の問題もありますが概ね間違いありません。念話が使えるもの同士が使えば会話が成立するのですが、念話どうしがぶつかり合うと受け取りづらくなる事があり、≪こうして文字を浮かべると互いに理解しやすいです≫』
念話のスキルは魔力を使い相手の脳へ直接語り掛けるスキルであり、相手と念話のタイミングが被ると送っている念話が絡み合い相手の言葉と混ざり合ってしまうのである。それは2人が同時に喋り、もう一人が同時にその話を聞き取るよりも複雑で、送った言葉同士が互いに混ざり合い脳内に響くという不思議現象が起きるのである。
「ま、魔物が文字を使う事に驚くのですが……」
念話にも驚いていたがアイリーンと同じように糸で文字を浮かべる一味に驚愕するエルタニア。他の『赤薔薇の騎士』もコクコクと頷き、アズリアは浮かせたを見つめ放心している。
「文字は私が教えました! えっへん!」
薄い胸を張って腰に手を当てるアイリーン。
『クロからも文字を教わった。今はクロに料理を教わり揚げ物をマスターすべく努力している』
「料理までするのですわね……もう、私の中の常識が音を立てて崩れていますわ……」
驚きというよりも呆れた表情を浮かべるエルタニアは一味から食事をし終えたクロへ視線を向け、向けられた視線に気が付いたクロは食器を片付けながら一味がいることに首を傾げつつ足を向ける。
「一味の紹介か?」
『はい、自分の特技を披露しておりました』
「一味と特技って色々あるから驚いたでしょう」
「念話に文字が使え、更に料理まで……クロさまやアイリーンさまがどういうお考えで教えたのか疑問い思いますが、一味さんの知能が高いことは理解できましたわ……これを冒険者ギルドが知ったら色々と問題が発生しそうですわね……」
「ああ、あったなぁ、そんな事……アイリーンを初めて冒険者ギルドに連れて行ったときや、七味たちを連れて行った時も……受付嬢のお姉さんに何か起こる前に報告して欲しいや止めて欲しいって……」
流れる雲へと視線を向けるクロに、エルタニアは色々と察したのか「苦労しておられるのですわね……」と呟く。
「苦労というと違うかもしれませんが、気を使いますね。この前もターベスト王国の王妃さま方が来られた時や、エルカジールさまが急に来た時も喜んで貰えましたが色々と気を使いましたね」
「お、王妃さまが来られましたの?」
「一週間ほど宿泊されて、あの時は料理もそうですがデザートやお酒にも気を使って……楽しくもありましたが、七味たちが手伝ってくれて助かったよな~」
足元にいる一味へ視線を送ると≪料理は楽しい。まだまだ覚えたい≫と文字が浮かび、「主さま、自分も手伝う事が可能です!」と実体化したヴァルが急に現れ口にし、クロは「今度から頼むな」と気を使い口にするのであった。
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