地獄絵図と朝食の準備
翌朝、広場は地獄絵図であった。
「こりゃ、アイリーンを先に起こさないとだな……はぁ……」
昨日からクロが炊き出しをしている広場では酔い潰れた多くの冒険者が机に突っ伏して寝ていたり、椅子をベッド代わりに寝ていたり、石畳に寝て丸まっていたりと、そこまではいいのだが、空き瓶や缶に砕けた樽や飲み過ぎて吐いた跡などもあり、片付けを考え頭痛を覚えるクロ。
「ヴァルを呼べば来てくれ、」
「お呼びでしょうか?」
まだ召喚する前なのだが、目の前に姿を現したヴァルは昨日と同じくドレスメイルにランスを持ち戦乙女といった姿でクロの前に跪く。
「うおっ!? 呼ぼうと思ったけど急に現れるなよ。驚くだろ……」
「申し訳ありません。アイアンアントがまだいる可能性もあるかと、霊体になり主さまの近くで待機しておりました」
「霊体……そんな事もできるのは便利だし凄いだろうけど、俺のプライバシーとかも考慮してくれると嬉しいかな……はぁ……それよりも、この辺り一帯を浄化してもらってもいいかな」
酒臭さと二日酔いで倒れている冒険者や兵士たちを視界に入れ眉間に深い皺を作るヴァルは両手を天高く広げ口を開く。
「浄化の光よ……」
空から光の柱が現れ広場が光に包まれる。数秒ほどして光が消え去ると酒臭かった広場は神殿のような厳かさのある空気に満ち、空いた瓶や壊れた樽なども消えさり冒険者や兵士たちの寝息とイビキだけになりヴァルに感謝を伝えるクロ。
「ありがとな。ヴァルも朝食いるだろ?」
「主さまが与えて下さるものは全てヴァルに必要な物です」
忠義に重さを感じつつも竈へ移動し火を入れるクロ。魔剣でいつもの様に火を起こして大鍋に湯を沸かす。
「主さま、私にも手伝える事があればお申し付けください」
「それなら下拵えを手伝ってくれ。朝食は二日酔いでも食べやすいうどんにするからさ」
「は! お任せ下さい!」
クロが手本を示し長ネギや油揚げなどの切り方を教え、それを完璧に真似てカットするヴァル。鎧姿に違和感を覚えるがそれはヴァルの個性だと割り切り、クロは鶏肉をカットしてまだ沸騰していない大鍋に入れゆっくりと火を入れ、ヴァルがカットした野菜を入れ煮込む。鶏肉はゆっくりと火を入れるとしっとりと仕上がりパサつきが押さえられ、クロが作る鳥料理の殆どは低温から煮込んでいる。
「うどんならお稲荷さんも欲しいですね~ツバキちゃんがきっと気に入ると思いますよ~」
「ツバキがか? ああ、狐耳に狐尻尾だからだな」
「稲荷信仰のある神社では油揚げをお供えしていますからね~名前もお稲荷さんですし~」
空から糸にぶら下がり現れたアイリーンの提案に、大鍋に水を入れ沸かし大量の油揚げを用意するクロ。
「お稲荷さんとはどのような料理なのですか?」
「味付けをした油揚げに酢飯を入れて作るおにぎりの親戚みたいな料理だな。米も炊かなきゃか。炒りごまとか入れたのも美味しいよな~」
ヴァルに説明しながら羽釜に米を入れて水を灌ぐクロ。米はアイリーンが浄化したものを使用しているので研がなくても使え便利である。
「私も手伝いますね~はじめチョロチョロなかパッパですよね~」
「まずは三十分ぐらい水に浸してからな~」
「は~い、ん? ツバキちゃんたちが来ましたよ~」
片手を上げて元気な返事を返したアイリーンがこちらへ向かって来るツバキたち『漂う尻尾』を視界に入れ、上げていた手を横に振るとツバキも同じように返し速足で登場し挨拶を交わす。
「今日もクロさんの美味しい料理が食べられるっすね!」
四本ある尻尾を振りながら笑みを浮かべるツバキ。仲間のコボルトやケットシーたちも尻尾を揺らしクロの料理に期待しているのだろう。
「なら、もう少ししたら米を炊き始めるから火加減を見てくれ」
「任せるっす! スンスン、美味しそうな香りがするっすね!」
「今作っているのはうどん汁だな。カツオと昆布で出汁を取って鳥肉からも良い出汁が出て美味いからな~」
「それに今日はツバキちゃんの為にお稲荷さんをお願いしましたよ~」
「自分の為にっすか?」
首を傾げるツバキにアイリーンがお稲荷さんの説明をすると、ふさふさした四本の尻尾が激しく揺れ目を輝かせる。
「あんまり期待させるなよ。口に合わない事もあるだろうしさ」
「いやいや、異世界あるあるじゃないですか~狐っ子はお稲荷さんを食べて喜ぶものです!」
その言葉に口を傾げる『漂う尻尾』たち。クロは異世界とか口にするなよと思いながらも、湯切りした油揚げを半分にカットして米が入れやすいように開きながらヴァルやアイリーンに『漂う尻尾』たちにお願いして作業を続け、大鍋にそれを移し砂糖と醤油に料理酒を入れ煮込み始め、羽釜をセットした竈にも火を入れると一気に香りが広がりお腹を鳴らすツバキたち。
「この醤油の香りは癖になるっす! ずっと嗅いでいたいっす!」
「昨日食べた料理も美味かったよな!」
「香りも少し似ている感じがするね!」
「ダンジョンから醤油が取れるけど、自分たちで使うには買取価格が高価過ぎてねぇ」
「今度見つけた時はパーティーで一本取っておいて、自分たちで料理するっす?」
「焼いた肉にかけるだけでも簡単で美味しくなるぞ。砂糖や蜂蜜があるならそれと混ぜて焼くだけで美味いしな~」
クロの言葉に盛大にお腹を鳴らす『漂う尻尾』たち。アイリーンも胃が動き始めたのかお腹を押さえて頬を染め、空腹とは無縁の生活をしていたヴァルは不思議そうな表情を浮かべ口を開く。
「アイリーンさま、お腹を鳴らすのは空腹という状態で間違いないでしょうか?」
「うっ、聞いていましたか……その通りです。だって、クロ先輩が私の好きなお稲荷さんを作ってくれて、しかも、すき焼き風にお肉を焼く話をすればお腹も轟音を立てますよ!」
「なるほど、ありがとうございます。ちなみに空腹とはどのような気持ちなのでしょうか?」
「気持ち? う~ん、難しいですね~皆さんはお腹が空くとどんな気持ちですか?」
ヴァルからの質問に腕組みをして首を捻るアイリーンは釜の前で火加減を見る皆に子を掛ける。
「お腹が減った時の気持ちは今っす! さっきから絶対に美味しい匂いがするっす!」
「どんな気持ちとか難しいけど、肉を思い出すね。あの屋台の肉がまた食べたいとか、骨付き肉を手で持ってガブッといきたいとか」
「主さまはどうでしょうか?」
「お腹が空くと思う事だっけ? う~ん、難しいな……ん? キャロットと白亜に妖精がいっぱいだな……」
クロの視線の先には白亜を抱えたキャロットがこちらに向かって歩く姿があり、そのまわりを多くの妖精たちに囲まれファンタジー感強めな姿に思わず笑みを浮かべる。
「昨日も驚いたっすけど、妖精たちっすね」
「エルフェリーンさまもあの子たちが家に来ることを承諾してくれましたよ~」
「今いる妖精さんたちと仲良くなれればいいが……」
「そこは問題ないですよ~妖精さんたちは争いを好まないらしいですからね~それよりも、そろそろご飯が炊けそうですよ」
クロが最終確認をして羽釜を移動させ蒸らし、大きな桶を取り出すと酢飯の用意に入りアイリーンは団扇をアイテムバックから取り出しあおぐ準備に取り掛かる。
「美味しそうな匂いがするのだ!」
「キュウキュウ~」
「朝食まではまだ時間が掛かるから、二人とも顔を洗って来るといい。白亜には涎の跡があるからな~」
「キュウ!?」
驚きの声を上げた白亜はキャロットに抱かれ近くの井戸へと妖精たちと向かい、クロは手早く蒸らした米とすし酢を混ぜ一気に広がす酢の香りにツバキたち『漂う尻尾』は鼻を押さえて距離を取り、アイリーンは面白がって風を送り逃げるように距離を取る姿に空腹について考えていたヴァルも表情を緩めて微笑みを浮かべるのであった。
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