残ったクロとルビー
「じゃあ、行ってくるね~」
そう言葉を残し飛び去るエルフェリーンたちにクロは軽く手を振りながら大きくため息を吐く。
「これでは練りに練った作戦が……」
「危険なアイアンアントソルジャーが近くで出たというのに……」
「伝説の英雄方の行動だ……致し方ないだろう……」
手を振るクロは後ろから聞こえるお偉方の愚痴を耳にして再度ため息を吐きつつも、広場で昼食の用意に取り掛かる。
「疲れて帰ってくるだろうからスタミナの付く料理だよな……」
「いいですね! 前に食べたカルビ丼とかうな重とか食べると元気がでました!」
「キュウキュウ~」
ルビーの提案にその味を思い出した白亜が鳴き声を上げ尻尾を振る。
「それならカルビ丼にするかな~ニンニクとニラも一緒に炒めてライスの上にドンと乗せて、スープは中華風で玉子を浮かせて」
話しながらアイテムボックスに入れてあるテーブルやまな板を取り出し下拵えを開始するクロ。
ルビーは昨日ビスチェたちが討伐したアイアンアントソルジャーの鋭く大きな牙を両手で持ち魔力を流している。これは魔物の素材を加工する下準備で、自身の魔力を通し鉄や他の金属と混ぜやすくなる。この手間を惜しむと均一に混ざらず耐久性が落ちたり劣化しやすくなったりと不都合が生じる。
「わふっ!」
「キュウキュウ~」
小雪と白亜はクロが作業するまわりで追い駆けっこ始め、楽しそうな声に耳をピクピクと動かしながら様子を窺っていたツバキが近づくと白亜が足に抱きつき小雪も尻尾を揺らしながら近づき撫でられ尻尾を揺らす。
「子供たちは仲良くなるのが早くていいよな~」
「そうですね~」
その様子を微笑ましく見つめるクロとルビー。
「こ、子供じゃないっす! これでも八十年は生きているっすよ! 成人っす!」
どう見ても十二才ぐらいにしか見えない小柄な少女といった見た目のツバキの発言に目を丸くするクロ。
「九尾族の寿命は長いと聞いたことがありましたが、八十才とか私のお婆さま以上ですわね」
エルタニア率いる『赤薔薇の騎士』が現れ一気に華やかさが増す炊き出しエリア。本日はエルフェリーンたちが勝手な行動で出払い休日扱いとなった冒険者たちは各々に過しており、体を休める事を推奨されている。
「あ、あの、炊き出しの手伝いをさせて頂いても?」
そう声を掛けてきたのは『赤薔薇の騎士』の四名でエルタニアの縦ロールに視線が集まりあまりパッとしない印象を受けがちだが美人の部類に入るだろう女性たち。
「昨日と今朝の料理、凄く美味しかったです!」
「料理は普段からしておりますので下拵えなどは力になれます!」
「冒険者の前はメイドをしておりましたので、手順さえ教えて頂ければすぐにでも!」
「それは助かります。お昼は肉と香味野菜を炒めたものを米の上に乗せて食べる料理を作るので――――」
クロがこれから作るスタミナ丼の簡単な作り方を説明し、真剣に話を聞き作業に入る。
「自分も手伝いたいっす!」
白亜と小雪から離れたツバキの言葉にクロは「頼もしいな」と口にしてアイテムボックスから羽釜を取り出して米の炊き方を説明し、目を輝かせながらクロと一緒に作業を進める。ちなみのこの米はアイリーンが事前に浄化を行いほぼ無洗米として使え、水を規定の線まで入れる簡単な作業である。
「うふふ、うふふ、ここは天国ですわ~」
「お姉さま、幼いドラゴンがこんなにも可愛いとは知りませんでしたわ~」
エルタニアは小雪のサラサラな毛並みを撫でてだらしない顔をし、エルタニアの妹である弓使いアズリアは白亜を抱っこしながら優しく撫で同じような表情を浮かべている。
「よし、水を入れたら竈の準備だな。レンガを同じように並べてくれ」
「はいっす!」
元気な返事でレンガを積み上げ羽釜を設置するクロとツバキ。それを遠目で見つめる『漂う尻尾』や『ドラゴンテイル』といった冒険者たち。本日は休日扱いなこともありのんびりと武具の手入れなどをしていたが、楽しそうな声に興味を引かれたのか多くの冒険者や兵士たちの視線を向けている。
「自分たちも手伝いたいのだが」
「リーダーが手伝ってるし、手伝わせてほしい」
声を掛けてきたのはツバキがリーダーをしている『漂う尻尾』のコボルトとケットシーの男女四名。料理などは普段しないのだがレンガを積む作業を見て、これなら手伝えると思い声を掛けたのだ。
「助かります。これと同じようにレンガを組んで下さい」
「『漂う尻尾』の力を見せるっすよ!」
「いやいや、そういう掛け声は雑用じゃなく魔物の前で頼むぜ」
ツッコミにひと笑いが生まれ和やかな雰囲気のままレンガを積み上げる『漂う尻尾』たち。クロはレンガの積み上げを任せ、元メイドたちがカットした肉を大きな鍋へと入れて下味を付けて行く。
「それはダンジョンで産出されるようになった醤油ですね」
「醤油は何にでも使えるので使い方を覚えると便利ですよ。醤油に砂糖と生姜に酒を入れて混ぜて、少し寝かしたら玉ねぎとニラと一緒に炒めます。炒めたらこれから炊くライスの上に乗せて完成ですね」
大鍋に入れた肉を混ぜながら説明していると「ギギギギギ」という鳴き声が響きすぐに警戒態勢に入る冒険者と兵士たち。小雪を撫でていたエルタニアも立ち上がり剣を手にし、アズリアも白亜を抱っこしたまま立ち上がる。
「七味たちからの知らせだよな?」
「こっちにアイアンアントが向かって来ているのかもしれませんよ!」
〈アリが三匹〉
クロの目の前で急停止する文字に驚く『赤薔薇の騎士』と『漂う尻尾』の冒険者たち。クロは文字を見て声を上げる。
「アイアンアントが三匹こちらに向かってきます!」
「俺たちが出る!」
クロの声に素早く皮鎧を装備し武器を手にする『ドラゴンテイル』。『漂う尻尾』たちも自分たちが寝泊まりしている家へと走り防具を取りに戻り、『赤薔薇の騎士』たちも無言で頷き合い鎧を取りに走り、アズリアが白亜を放さず走り去り指摘しようか迷いながらも尻尾を揺らす白亜が楽しそうなので放置し、クロはアイテムボックスから武器を取り出す。
木々の間から大型バイクほどの大きさのあるアイアンアントが姿を現すと『ドラゴンテイル』の四名が走り、剣聖の矢を放ち大楯を構え槍や剣で関節を目がけ攻撃を開始する。
≪ソルジャーも追加≫
目の前で急停止する文字に顔を引き攣らせるクロ。
三匹のアイアンアントの後ろから木々を振り払い現れたアイアンアントソルジャーに顔を引き攣らせる大楯の男。昨日、大楯ごと腕を噛み切られた記憶が甦り体が硬直するのは仕方のない事だろう。
「一度引いて他の冒険者と力を合わせるぞ!」
リーダーの声に三名は一斉に下がるが硬直していた大楯の男の反応が遅れ、アイアンアントソルジャーが頭を振り払った一撃を大楯で受け弓なりに吹き飛ばされたが戦闘準備を終えた『赤薔薇の騎士』のメイドたちに受け止められ落下ダメージは受けなかったが、大楯にはアイアンアントソルジャーの牙の後がくっきりと浮かみ上がり衝撃の強さを物語っていた。
「クロ先輩! 私が小さいのをやるので大きい方を頼みます!」
「えっ!? 逆だろ!」
「先に行きます!」
ルビーが自身で打った魔道槌を片手に走り出し、クロは取り出した武器を調整しながらアイテムボックスに入れてある武具の女神フランベルジュの大楯と真白薔薇の庭園Fを出すか迷いながらアイアンアントソルジャーに向かって走るのであった。
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