ダンジョン飲み会と増える参加者
一杯だけの心算がいつの間にやらウイスキーの瓶が空き悲しい顔をするルビー。するとこちらもいつの間にか飲み会の輪に入っていたドワーフのおっさん二人は互いに顔を見合わせ背負っているリュックを漁りコハク色の瓶を取り出して栓を開ける。
「よかったらこれを飲んでくれ!」
「こいつはシードの実から作った酒だ! ウイスなんちゃらよりは数段も落ちる味だが香りだけならこっちの方が……いや、香りも落ちるかもしれん! まあ、飲んでくれ!」
ルビーの目の前にドンと酒瓶を置くドワーフのおっさんたち。
「それなら私たちも特別な酒を出すわ」
そう声をかけたのは獣人の女性三人組の冒険者。青い耳としっぽを振りながらも頬を染めほろ酔いで、リーダーの女性は木箱に入れられた瓶を取り出すと封を開けビスチェの前に置くと、グラスに残ったウイスキーを飲み干し空いたグラスに注ぐ。
「こいつはダンジョンで死んだ奴の弔い用だったが、あいつだってここで出せと言うはずだわ!」
「うんうん、故郷の安酒だが飲み慣れるとこれが一番よ」
「さっきからご馳走になりっぱなしだからね。私らからも出させてくれ」
「これって赤ワインよね。まるで血みたいなどす黒い色だけど香りがいいわ!」
ビスチェのグラスに注がれたワインは赤黒くそれをクルクルとまわしながら見た目と香りを確かめ、口に入れると自然と笑顔へ変わり口を開く。
「これ美味しい! クロの白ワインよりも飲みやすくて香りがとてもいいのよ! クロ! これに合うおつまみが欲しいわ!」
「ははは、気に入って頂けたのなら良かったわ」
「故郷を褒められている様で嬉しくなるね」
コボルトの女冒険者たちが頬笑み照れながらワインを口にする。
「ほらほら、ルビーのグラスにも注ぐからね。おっとっと、これは綺麗なお酒だね……香りもシードの匂いだね」
「ああ、わしらの酒は甘みと酸味のバランスが抜群だ!」
「西のドワーフはワインばかりだがブドウ以外の酒も美味いものがある! 俺らはそれを知ってほしいよ。がはははは」
ドワーフのおっさん二人はグラスを傾け笑い合いエルフェリーンもその輪に入り笑い、ルビーもその酒を口にして頬笑みを浮かべる。
「甘さと酸味が美味しいですし、見た目が黄金のように輝いて見えますね」
多少は酔いが回っているのか頬を染めグラスを傾けるルビー。黄金に見えているのは光魔水晶の影響だろうがエルフェリーンは何度も頷き肯定する。
「それにしてもダンジョンで酒盛りをする奴がいるとは驚いたが、それがあのエルフェリーンさまたちだとはね」
「暴風のビスチェにお酌できる日が来るとは自慢できますよ!」
「私たちの名が知れているのは長く冒険者をしているからよ。私はもう三十年は冒険者をしているし、師匠は何百年って冒険者と錬金工房を兼業しているからね。別にたいした事はしていないわよ。ぷはぁ~」
ワインを傾けて手をフリフリしながら飲み干したビスチェの前に熱々の溶けたカマンベールチーズがかかったジャーマンポテトを持ったアイリーンが現れると手を叩き喜び、女冒険者たちも歓声を上げる。
≪火傷必死、絶対注意≫
魔力で生成した糸を宙に浮かせ注意を促すアイリーンにお礼を言って口に運ぶ女冒険者たちはあまりの熱さに急いでワインを口に入れ、ビスチェも口に入れるとハフハフしながら咀嚼する。
「熱っ! でも、うまっ! これ美味しいわね!」
「これほど美味しい料理なら店を開けばいいのにな」
「毎日通うわ! 資金不足なら私の金持ちの知り合いを紹介するわよ」
「そんなのダメよ! クロはゴリゴリ係なんだからね! ハフハフ……うんまい!」
その言葉に女冒険者たちはニヤニヤしながら伸びるチーズを口に入れワインを流し込む。
「白亜は眠くなったら寝てもいいが、リュックに入って寝ろよ」
「キュゥュュ……」
お腹いっぱい食べた白亜は目を擦りながらリュックに頭を突っ込むと寝息を立て、それを見ながら微笑むクロは手軽にできるおつまみを作りながら自身でも口に運び夕食を取る。
小さな鉄鍋にオリーブオイルとガーリックチップを入れて香りを立たせ、コンビニで売っているウインナーと解したサラダチキンを軽く炒め、マッシュルームを加えて塩コショウを振りアイリーンを呼ぶ。
「これをドワーフのおっさんたちに頼む。アイリーンも運んでばかりじゃなく何か口に入れろよ」
≪さっきから色々食べてる。どれも美味しい≫
小さな鉄鍋をタオルで包み持ち上げるとドワーフの元へ向かい料理を置くと歓声が上がり、お礼の言葉が耳に入り会釈するクロ。
「おっ、こんなダンジョンの中で酒盛りとは、昔を思い出しますな……」
「ダンジョンの中で火を使い酒盛りとは豪気なドワーフらしいのじゃが……」
新たに十二階層前の安全地帯に現れたのは背筋がピンと伸びた白いひげの老紳士と、ヒラヒラの多い赤いドレスに血濡れのレイピアを手にした赤髪の少女。
「ありゃ『豊穣のスプーン』じゃないか!」
「こんな所でAランク冒険者に出会うとは……」
女性の冒険者たちが声を上げ会釈し近づいて来る二人。赤髪の少女は血で濡れたレイピアを払い鞘に収めると鼻をヒクヒク動かし足早にビスチェの前に置かれたチーズの焦げた鉄鍋を見つめ、何も入っていない事に肩を竦めるがワインの瓶を見つめると目を輝かせる。
「おお、こんな所で西の銘酒に出会うとは運命なのじゃ!」
「ブラッドレインですか……懐かしいですね……おや、これは師匠!」
ワインのラベルからエルフェリーンへ視線を向けたシルクハットの老紳士は帽子を取り頭を下げる。
「あはは、これは珍しい弟子に出会えたね! 久しく会っていないうちに随分と更けたね! ラルフとはもう百年近く会っていない気がするよ」
「最後にあったのは五十年前ですよ。師匠は今でもピチピチですが、物忘れが多いのは変わらないですね」
「あはははは、そりゃ仕方がないよ。いっぱい生きていたら誰かと間違えるし、忘れることだってあるよ~それよりも美味しいお酒があるんだ! 一杯どうだい?」
右手でシードの酒をぷらぷらと振り、左手には前にクロからもらったウイスキーの瓶を持つエルフェリーンに頭を下げ「喜んで頂きます!」と声に出す老紳士。
「それは我も頂きたいのう。これでも成人を等に迎えておるから未成年など言ってくれるなよ」
どう見ても背伸びした中学生程度に見える身長と幼い顔立ちにクロは訝しげな視線を向け、アイリーンは≪ヴァンパイア?≫と宙に文字を描き出す。
「ほぅ、我らの正体に気が付くとはタダ者ではないのじゃな」
≪私はアイリーン。世界初のアラクネ種≫
「私はエルフね。あっちの黒髪はクロ。ゴリゴリ係よ!」
ビスチェが自身とクロを簡単に紹介するとアイテムボックスから酒瓶を取り出し赤髪の少女の前に置く。
「我はロザリア・リーリス・ジルコニアなのじゃ。これでも爺さまと冒険者をしており『豊穣のスプーン』という名で活動しておるのじゃが……アラクネとはどんな種族なのかの?」
ビスチェが自身で提供したワインを開けグラスに注ぐと、白く透き通った小さな手で受け取ると口に含み味を確かめるロザリア。
≪アラクネは蜘蛛の特性を持つ新しい人種≫
宙に文字を浮かべたアイリーンは胸を張り普段は閉じている瞳を開く。それを見た瞬間に後ろへ飛び去るロザリア。
「お、驚いたの……取り肌が止まらんし、魔眼で視られたかと思ったのじゃ……」
すべての瞳を閉じ宙に文字を描くアイリーンは頭を下げる。
≪脅かすつもりはなかった。ごめん≫
「よいよい、説明を求めたのは我じゃ。それにこのワインは特別な逸品ではないのかの?」
手にしていたワイングラスは先ほど勢いよく後方へ跳んだにも拘らず一滴も溢す事はなく、もう一度口にするロザリア。
「これは『草原の若葉』のオリジナルよ! 五年前の出来のいいワインなの。今日は気分が良いから開けちゃったわ」
「ほう……噂に聞く『草原の若葉』……錬金工房であり冒険者でもある生きた伝説エルフェリーン……その手作りとは里の連中に自慢できるのじゃ!」
新たに二人の酒呑みが加わりクロはおつまみ作りの手を速めながら、いつまで飲むのか心配になりはじめる。ダンジョン内という事もあり時間の感覚が鈍り、気が付けば一日でも二日でも飲み続けそうなドワーフが三人もいるのだから……
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