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帰還を拒否した先で見た世界  作者:
第十五章 カヌカ王国
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エニシの孫



「美味いスープが食べ放題とか、今度来た炊き出し係は冒険者をわかってるわね!」


「それにこの軟らかいお肉をパンに挟むとか天才だわ! 味付けも濃い目で食べたことない美味しさよ!」


「マヨというスースが決めてらしいっすよ。スープはビーフシチューベースらしいっす」


 朝食のワニの脛肉を使ったビーフシチュー風スープと、バゲットに鹿肉のローストと葉野菜を挟んだサンドイッチを口に運ぶ冒険者と兵士たちはその味に満足しているのかどのテーブルでも高評価する声が上がり、ツバキが所属する『漂う尻尾』のコボルトやケットシーたちも感想を言い合いながら表情を溶かしていた。


「ツバキはやけにこの料理に詳しいわね……」


「もしかして、早起きしてこっそり盗み食いをしたのか?」


「してないっす! ちゃんと許可を貰って味見したっす!」


「してんじゃん……」


「したのは味見っす! それにこのスープの味付けを後押ししたのは自分っすから褒めてもいいっすよ」


「ツバキは偉いわね~次は私も誘ってね~」


「俺も、俺も! この料理ならどんなにお腹がいっぱいでも食べられる!」


「手伝いもしたっすよ。このパンにバターを塗って具を入れたっす。メリリさんという大きなメイドさんと一緒に頑張ったっす!」


 それを聞いた男の冒険者は視線を走らせ、女の冒険者は片眉を上げ恋仲である男へと殺意の籠った視線を送る。


「メリリさんは凄く教えるのが上手くて優しかったっす。あんな人がきっとモテるっすよ」


「あらあら、私はツバキちゃんのような子がモテると思うわよ」


 後ろから掛けられた言葉と共に頭を優しく撫でられ眉間に深い皺を作るツバキ。撫でているのはエルタニアでありその手触りに笑みを浮かべる。


「もう子供じゃないっす! 撫でるなっす!」


 勢いよくテーブルを離れ距離を取るツバキ。まだ食べていた仲間の冒険者たちは軽く会釈し声を掛ける。


「あの有名な『赤薔薇の騎士』のリーダーに撫でられるとか、男たちの憧れだぞ」


「自分は女っす! ガルルルル」


 四本ある尻尾を立てて威嚇するツバキに仲間の冒険者たちは笑い声を上げ、エルタニアはそんな風に思われていたと驚くが威嚇するツバキの可愛らしさに両手をワキワキさせ近づこうとし、そこで明後日の方から声を掛けられ視線を上へ向ける一同。


「ツバキさま、今朝の働きに主さまが感謝しておりまして、もし宜しければこの料理の感想も聞きたいとのことです」


 上を見上げる一同の視線の先には白い皿を持った三等身に羽の生えたゆるキャラがおり、話し掛けられたがポカンと口を開ける一同。


「あの、驚かれているのでしょうか?」


「そ、そりゃ、驚くわよ……アナタは天使ですわよね?」


 いち早く冷静さを取り戻したエルタニアが口を開き疑問を口にする。


「大きな分野では天使に違いないのですが、自分はホーリーナイトと呼ばれる召喚されし騎士であり、名をヴァルと申します」


 頭を下げ自己紹介したヴァルがふわふわと降りてきてテーブルに持っていた皿を置くと一同は首を傾げる。


「天使さまが現れたことに驚いたけど……これはいったい何かしら?」


「料理といっていたっすけど……」


「泥の塊? それとも木片?」


「少し甘い香りがしないか? どれ」


 皿を前に首を傾げながらも甘い香りを感じ取ったケットシーの女が手を出し口に運び、それを凝視する一同。


「ふへぇ~これはダメだ~甘くて甘くてダメになるぅ~」


 両手で頬を押さえだらしない顔になり、ごくりと生唾を飲み込んで手を出すツバキ。他の冒険者たちも手を出し口に運ぶと衝撃が走り一緒になってだらしない表情を浮かべ、エルタニアが手を出していいか戸惑っていると、皿を持ちエルタニアへ向けるヴァル。


「お嬢さまもどうかおひとつ如何ですか? とても甘く疲れが取れますよ」


 三等身の割にイケメン執事のような声と態度でそれを勧め、エルタニアはひとつを摘み口に運ぶ。


 ツバキはしっかりとした子なのにあんなに幸せそうな顔をして、それほどまでにこの料理が美味しいと……甘いですわね……それにまったりとしていて少しだけ香ばしさも感じますが……口の中が甘みでいっぱいになって、ゆっくりと溶けて……舌で押すと柔らかくなってきましたわ……ああ、いつまでも続く甘みが……


 エルタニアもツバキたちと同じく両手で頬を押さえ目を瞑り表情を蕩けさせキャラメルの味を堪能していた。


 どれ程時間が経ったのだろうか、口の中のキャラメルがなくなり甘みの余韻に浸っていると、目の前には伝説の冒険者である『草原の若葉』のリーダーであるエルフェリーンがおり数度目をパチパチと瞬きを繰り返し、状況を確認しようと視線を走らせるエルタニア。


「君がエニシの孫なのか~可愛いね~尻尾もいっぱいあって、出会った頃のエニシにそっくりだよ~」


「ほ、ほんとっすか!?」


「うんうん、エニシも出会った頃は四本の尻尾だったからね~僕たちと一緒に旅をしていつの間にか九本になっていたし、魔力も増えたからね~」


 伝説の冒険者であるエルフェリーンに頭を撫でられて可愛いと言われながらも尻尾をご機嫌に揺らすツバキの姿に緊張していた気持ちが四散するエルタニア。


「ツバキも可愛いし、エルフェリーンさまも可愛らしいですわ……」


 心の声がもろに口から出たことに本人は気が付かなかったが、まわりにいた『揺れる尻尾』の一同は顔色を青く染めガクガクと震え尻尾はピンと立ち警戒や緊張といったものへ変わり、撫でられていたツバキはエルタニアの失言が耳に入らなかったのか目を細める。


「エニシ様に撫でられてるみたいっす……」


 細めた瞳が潤み大粒の涙が溢れ大好きな祖母を思い浮かべるツバキ。


 魔術を教えてくれた祖母は修業が終わると優しく小さな頭を撫で「ツバキは私に似ているから立派な魔導士になるわね」と声を掛け、皺くちゃな笑顔を浮かべていた姿を思い出したのだ。


「九尾族は強くあれ! でも、優しくもあれ」と言葉を残してこの世を去った祖母を今も忘れることなく過ごし、自身の修行も兼ね冒険者としてその言葉を胸に日々を生きているツバキにとって頭を撫でられるのは特別な事で、祖母と同じ『草原の若葉』で戦い伝説となっているエルフェリーンから撫でられるという意味は、ある種のイコールであり、溢れ出る涙にアタフタするエルフェリーンとエルタニアの姿に手の甲で涙を拭うツバキ。


「ごめんなさいっす……エニシさまに撫でられた事や色々思い出して……ダメっすね……」


 先ほどまで揺れていた尻尾がピタリと止まりだらりと下がった姿に顔を青くしていた仲間の尻尾も下がり、エルフェリーンは困り顔を浮かべクロへと視線を送るがクロはクロで忙しくスープの列に並ぶ兵士たちに料理を提供しており、アタフタしていたエルタニアは後ろから優しく抱きつく。


「ツバキはよくやっていてよ。昨日のソルジャーアントに襲われていた『ドラゴンテイル』を見捨てずに助けようと提案したのも貴女だもの……」


「でも、そのせいで……」


「命は助かったわ……『ドラゴンテイル』『揺れる尻尾』『赤薔薇の騎士団』が全員無事ではなかったけど命が助かったわ……」


「………………っすね」


 地面に潜伏したソルジャーアントからの奇襲に『ドラゴンテイル』は木から降りられずにいた所へ現れた二組の冒険者が介入し、ソルジャーアントの気を逸らせつつ救護したのである。その際に仲間の冒険者が四肢を損壊するほどの大怪我を負ったことで深く傷付き反省したツバキ。

 『赤薔薇の騎士』のリーダーであるエルタニアも猛省し仲間の命の重さを改めて知り、奇跡と呼べるアイリーンからの回復魔法を受けその気持ちはずっと深いものへと変わった。


「すぅ~はぁ~すぅ~はぁ~やっぱりツバキちゃんは甘い香りがして可愛くて大好きですわぁ~」


 頭の上で深呼吸する変態に一瞬にして鳥肌が立ったツバキは後ろから抱き締められている拘束を解くために暴れながら「この変態をどうにかして欲しいっす~~~」と叫ぶのであった。







 もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。

 

 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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