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帰還を拒否した先で見た世界  作者:
第十五章 カヌカ王国
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朝食の味見



 目が覚め大きく伸びをして体の軽さに驚いたツバキは耳をピコピコさせながら寝ている仲間を起こさないようこっそりとベッドから降りると上着を着て外へと向かう。


 朝日はまだ昇っておらず薄暗い街並みのなかでポツンと光る明かりに、中央広場で寝ずの番をしているだろう兵士たちだなと思いながらも、嗅覚で感じる香りに鼻をスンスンとさせ活発に動き出したお腹の音にフラフラと足を進める。


 ツバキは『漂う尻尾』と呼ばれる冒険者パーティーを組みコボルトやケットシーたちと鉄鉱石の買い付け護衛の依頼に来ていたのだが、アイアンアントが確認させ渋々討伐依頼を受ける羽目になったのだ。


 中央広場へと辿り着くとそこには一人で忙しなく料理をする男が目に入り、四つの大鍋を火に掛け手際よく料理をする姿に目をパチパチとさせながら様子を窺う。


「おお、早いな」


 急に話し掛けられたツバキは一瞬驚くも、四つある尻尾を軽く揺らしながら頭を下げる。


「はい、体が軽くて今日は元気一杯っす。それは朝食の仕込みっすか? 手伝うっす」


 そう申し出をするツバキだったが男は「後は煮込むだけだから大丈夫だよ」と優しい声で言葉を返され、シュンとする気持ちを表すようにだらりと下がる四本の尻尾。


「やっぱり獣人が料理をするのに抵抗があるっすか?」


「いやいや、そうじゃなくて、野菜の下準備も終わったからさ。後は肉が柔らかくなるまで弱火で煮てから野菜を入れないと野菜が煮崩れるんだよ」


 九尾族であるツバキは獣人種の中でも珍しく多くある尻尾に嫌悪感を抱く人間も多く、護衛依頼を頼んだ商人から「獣人は離れて歩け、獣臭くなる」と罵声を浴びせられたこともありそれが心に引っ掛かっていたのだ。


「そうっすか……」


 尻尾と肩を落としたツバキが立ち去ろうとすると男は再度声を掛ける。


「昨日のカレーはどうだった?」


 その言葉に甦る昨晩食べたカレーの味に四本ある尻尾を揺らして目を輝かせ、盛大になるお腹の音。顔を赤くし両手でお腹を押さえるツバキ。


「もし良かったら味見をしないか?」


 コクコクと頭を縦に振るツバキに男はアイテムボックスから取り出した鍋の蓋を取り上がる湯気に尻尾を揺らす。


「良い匂いっす!」


「すね肉をじっくり煮たスープなんだが、これと同じ味付けにしょうか迷っててな」


 スープカップに注ぎ入れたのはギガアリゲーターの脛肉をビーフシチューのように味付けしたもので、それを受け取ったツバキは目を輝かせスプーンで口に運ぶと表情を溶かし尻尾を揺らす。


「美味しいっす! 昨日食べたのも美味しかったっすけど、これはお肉がプニプニで噛むと潰れるっす! どっちが美味しいかと言われたら困るっす!」


「なら、味付けもビーフシチューベースでいいかな」


「これと同じ味ならみんなが喜ぶっす!」


「気に入ったのなら良かったよ。後は鹿肉のローストを使ったサンドイッチだな」


「それはどんな料理っすか? 味見は必要っすか?」


 キラキラした瞳を向けるツバキの姿に思わず笑いそうになるが、コツコツと近づく足音に視線を向ける。


「こんなに早くから炊き出しの準備をしているのですわね」


「むっ! エルタニア!」


 ツバキが振り向き赤薔薇の騎士のリーダーであるエルタニアの姿を視界に入れ素早く男の後ろへと回り込み、エルタニアは両手をワキワキさせていたが逃げられた事で視線を男に向けながらも漂う香りに鼻をスンスンと動かし、盛大なお腹の音が広場に響き頬を染める。


「えっと、味見します?」


「お、お願いしますわ……昨日のカレーと呼ばれる料理も洗練された味と香りでしたが、今日も美味しいそうですわね」


「はい、すね肉を使ったスープです。これと同じ味付けにしようか意見を聞いていて」


 湯気の上がるスープカップを受け取り昨日よりも色味が濃くとろみのあるスープをスプーンで口に運ぶと、こちらも表情を溶かしハフハフと冷ましながら次々に口に運ぶ。


「元貴族のエルタニアががっついて食べるぐらい美味しいっすね~」


「ぶっほっ!? ちょっ、がっついていませんわっ!」


「自分はがっつくっす! 夢中で食べたっす!」


 スープカップを綺麗に食べ終えたツバキが空になったカップを見せ微笑む男。


「それよりも昨日、聞けなかったことがありますわ」


「ああ、そういえばありましたね。急におかわりの列ができて、すみませんでした」


「いえ、あれだけ忙しかったのですから仕方がありませんわよ。で、クロさまはアイリーンさまと同じく『草原の若葉』のパーティーメンバーで間違いありませんのかしら?」


 訝し気な瞳を向けるエルタニア。


「はい、師匠のエルフェリーンさまの下で錬金術士見習いをしています。他は家事全般を任されていますね」


「家事全般……なるほど……料理が美味しいのは錬金術だからっすね!」


 カップをクロへと返しながら口を開くツバキ。


「いや、これは故郷の料理なだけで……」


「ツバキは少し黙ってなさい」


「なっ!? 酷いっす! 私もクロさんと話したいっすよ!」


「あなたが口を挟むと話が逸れるのですわ! クロさまが影の英雄と呼ばれる死者のダンジョンを単独突破した英雄かもしれないのですわよ!」


「あっ!? 同じ名前っすね! クロとかありふれた名前っすし、同じだけかもしれないっすよ」


 二人のやり取りに顔を引くつかせるクロ。事実、死者のダンジョンを単独で突破したのだが、それは思い出したくない過去であり目立ちたくないクロとしては掘り起こされたくはなく、このまま二人のやり取りだけで有耶無耶になればと思いながら首を傾げるツバキに期待するクロ。


「『草原の若葉』は帝国潰しのエルフェリーンさまが立ち上げた超が付くほどの冒険者パーティーですわ。ターベスト王国にあるダンジョンの最深記録を持ち、多くの歴史的な偉業をこれからも達成なさるのですわ!」


 拳を握り力説するエルタニアにツバキはニヤリと口角を上げる。


「な、なんですのその笑みは……」


「私はこれでも『草原の若葉』を立ち上げた七英雄がひとり、エニシさまの孫っす!」


 腰に手を当てドヤ顔をするエニシに、クロはカヌカ城に飾られていた絵の九尾族の姿を思い浮かべる。


「その割に尻尾の数が少ないんだな」


 クロの指摘に目を見開くツバキと、今度はエルタニアがニヤリと口角を上げる。


「そ、それはエニシさまが偉大な九尾族で百年以上生き、魔力量が凄いからで……」


「あらあらあら、偉大なのは過去のエニシさまだけなのかしら~」


「自分はこれからっす! すぐにエニシさまに追いつき、いつかはSランクになるっす!」


 拳を握り締めて闘志を燃やすツバキに口角を上げていたエルタニアは微笑みに変わり、クロも少女に見えるツバキを微笑ましく内心では応援しながら口を開く。


「今の冒険者ランクはどのぐらいなんだ?」


「自分はまだ単独ではCランクっす……でも、頑張ってSランクになるっす!」


「私もCランクですわ。クロさまはどうなのですか? やはりダンジョンを単独突破されたのなら……」


「俺か? 俺はEランクだが」


 アイテムボックスに入れてある冒険者証を取り出し見せるクロに二人の視線が集まり、申し訳なさそうな顔をするツバキとあからさまに落胆した表情を浮かべるエルタニア。


「自分はクロさんを応援するっす……」


「もし困った事があったら『赤薔薇の騎士』に相談に来るといいですわ……」


 ひとつしか上がっていない冒険者ランクの低さを心配されるクロなのであった。







 もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。

 

 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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