奇跡と冒険者たちの各リーダー
「俺たちは……奇跡を……見ているのか……」
「そうかもしれませんわね……この温かな光……奇跡としか……」
「これほど高位の回復魔術は見たことがないっす……凄いっす……」
医務室として使われている村長の部屋では多くの冒険者や兵士たちが包帯に撒かれ奇跡を体験していた。
春の窓辺のような温かな淡い光に包まれ体どころか心まで温かく安らぐような気持になり、それを行使しているアイリーンへ尊敬の視線を送る怪我人たち。
「これで大丈夫だと思うので私は失礼しますね~ああ、もう少ししたらクロ先輩の炊き出しもありますから元気が出たら食べにくるといいですよ~」
アイリーンがそう言葉を残し立ち去り温かな光も次第に消失すると、ある変化に気が付いた男が声を上げる。
「足がある……俺の腕が復活してる……」
左腕を見つめ驚く男は数時間前にソルジャーアントに大楯ごと切断された左腕がある事に驚きの声を静かに上げ、他にも同じように四肢を失い絶望していた者たちが驚きの声を上げ、仲間の冒険者たちは涙を流し喜びを口にする。
「先ほどの御方は聖女さまなのか! 腕が、腕が、失った腕が戻っているぞ!」
「私の尻尾も先まであるわ!?」
「うそっ!! リーダーの頬の古傷まで治っていますわ!!!」
「えっ……跡がない……」
部屋中から喜びの声や涙が溢れ奇跡を体験した者たちが歓喜するなか一人の獣人の少女が部屋を急ぎ退出し、それに気が付いた二名も走り出す。
走り出したものは共通して冒険者たちのリーダーであった。
「あ、あの! 回復魔法ありがとうっす!」
医務室と使われていた村長の家を出たアイリーンは村長のリグラからお礼を言われ家先で頭を下げられており、互いに頭を下げている所へ現れた獣人の少女から突然のお礼に頭を下げたまま視線を合わせる。
「いえいえ、回復魔法は特技なので、それよりも可愛らしい耳とモフモフな尻尾が素敵ですね! 尻尾が四本もありますよ!」
下げていた頭を起こして高速で尻尾のある後ろへと移動し手をワキワキさせるアイリーン。目の前には収穫前の麦のような金色でフサフサした四本の尻尾があり、今にも飛び掛かりそうな状況に少女は身を翻して距離を取る。
「じ、自分は九尾族のツバキっす。仲間を助けていただき感謝っす」
拳を握り下へ交差させながら頭を下げるツバキ。見た目は十代後半ほどで額には赤いハチマキを結び、狐耳をピコピコと動かしながら頭を上げる。
「私はアイリーンです。これでも、」
「ちょっと待って! 私からもお礼を言わせて!」
「俺もだ! 一言でいいから礼を言わせてくれ!」
アイリーンの言葉を遮り発言したのは同じく仲間を助けられた冒険者のリーダーであり、金髪縦ロールのお嬢さまでありながら全身甲冑を纏う女性と冒険者らしい皮鎧を着た青年。二人は赤ラバの騎士とドラゴンテイルのリーダーである。
「別にお礼なんていいですよ~回復魔法は特技なだけでそれでお金儲けをしようとか思っていませんし、ケイシー子爵さまから許可も貰っているので好きにやっているだけですからね~」
リーダーたちへ視線を向けて笑みを浮かべるアイリーンに頬を染めるドラゴンテイルのリーダー。赤薔薇の騎士のお嬢さまもその笑顔に自然と笑みを浮かべ、ツバキも警戒していたが微笑みを浮かべ四つある尻尾が揺れる。
「そ、それでも感謝している! そうだ! 俺たちはドラゴンテイルという冒険者パーティーを組んでいるが、もし良かったら」
「あら、私たちは赤薔薇の騎士という女性だけのパーティーを組んでいるわ! イヤらしい男と組むより、私たちとどうかしら?」
「お断りします。私は今の生活が一番ですし、早く戻ってクロ先輩の手伝いをしないとですからね~」
即答で二人からの申し出を断るアイリーン。その様子をツバキは肩を揺らしてはいるが笑い声を出さすに堪える。
「なっ、お、俺たちドラゴンテイルはもうすぐBランクに上がれる! 君も上を目指さないか!」
「ごめんなさい! 本当にそういうのは遠慮します! では、失礼しますね~」
ごめんなさいと言いながら高速で二度ほど頭を下げたアイリーンは素早くこの場を立ち去り、視線で後を追うドラゴンテイルのリーダー。赤薔薇の騎士のリーダーも視線で追いかけ見慣れないテントの下で黒髪の男と話す姿を確認すると、近くにあった狐耳へ視線を向け優しく頭を撫で、エニシは眉の間に深い溝を作る。
「エスタニアさま、やめるっす! 私はこれでも成人しているっす!」
素早く距離を取り医務室へと足を向けるエニシ。エスタニアはそう言われながらも笑顔で医務室へと足を進め、ドラゴンテイルのリーダーは楽しそうにテントの下で料理を手伝うアイリーンを見つめ続けるのであった。
「うふふ、私も手伝いますねぇ」
「キュウキュウ~」
「ギギギギ」
メリリが手伝いを申しで白亜と七味たちも手伝いを申し出るが、クロが待ったの声を掛ける。
「気持ちは嬉しいが、七味たちには偵察をお願いする手筈になっているだろ」
「ギギギギ」
声を上げて片腕を頭に添え敬礼する七味たち。その姿に多くの冒険者たちはクロを魔物使いだと勘違いするのだが特に訂正する心算のないクロはそのまま白亜を抱き上げる。
「おい、あれ見ろよ」
「あれは蜘蛛の魔物? 色の違うリボンを付けているわね」
「ああしていると可愛いかも……」
「あの白く幼い竜もテイムしているのか?」
「グレートウフルかしら? 毛並みがキラキラしているわ……」
冒険者の中には亜人族も多くおりフェンリルである小雪の毛並みにうっとりと視線を向ける者もおり異質な空間が出来上がっている。更に異質なのがカヌカ王国兵とターベスト王国兵が集まり、その中央にはエルフェリーンが作戦内容を告げ、更にはその後ろで魔化しているドランとキャロットの姿がある。
「そろそろ戻ってもよいかの?」
「早くアリを退治したいのだ!」
只々棒立ちさせられている二人。これには理由があり英雄ドランとその孫娘であるキャロットへの謁見と称して作戦に加わっている貴族や兵士に冒険者たちが両手を合わせて拝んでいるのである。この世界には神以外にも信仰されるものが多く、ドラゴンや精霊などがその対象でドラゴニュートが魔化した姿は強さの象徴として拝まれ士気を高めているのである。
「偉大なる英雄ドランさまを生きて拝めるとは……」
「まるで炎のように美しい姿です……」
「アイアンアントが気の毒になるな!」
褒められ称えられる事に慣れていないキャロットはテントから香る料理の香りにグルグルとお腹を鳴らし、ドランは早く酒が飲みたいと考えながら夕日を眺める。
「街道の先に潜伏しているアリがいたわ」
「どちらも中々に大きく鋭い牙をしておったが、思っていたよりも手応えがないのじゃ」
「ぐひひ、これなら魔鉄と混ぜて新しい魔剣が作れます!」
「私だって戦いたかったのにぃ~引きずるだけじゃ運動にならないわよ!」
ドラゴンテイルを苦しめていたソルジャーアントを討伐し戻って来たビスチェとロザリア。その後ろで自身の身長ほどの牙を抱き締めニヤニヤとするルビー。自身の体重の数十倍あるソルジャーアントの死骸を引きずり歩くキュアーゼ。
「おい、あれって!」
「俺の腕を噛み切った……」
「街道の悪夢があっさりと……」
「あの冒険者たちはいったい……」
常識の外側を歩む『草原の若葉』たちがカヌカ王国に新しい伝説を作る予兆であった。
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