捏ねる王女と将棋を指すロンダル
キッチンテーブルではアリル王女とハミル王女がメルフェルンに教わりながら小麦粉を捏ねている。
「そうです。そうやって体重をかけて手の平でグッと力を入れて下さい」
まだ幼いアリル王女は椅子の上に立ち体重をかけて一生懸命ピザ生地を捏ね、ハミル王女も身長が低い事もありクロが魔力創造で創造した踏み台の上に立ち力を入れて捏ねる。
「プニプニしてきました!」
「触り心地がとても気持ちが良いですね」
「癖になる手触りですね。あまり混ぜすぎると生地が固くなってしまうので、粉っぽさがなくなったらこちらのボウルに入れて発酵させます」
「はっこう?」
首を傾げるアリル王女。
「はい、発酵とは微生物の力を借りてガスを発生させてもらう事です。生地を焼いた時にふんわりとした食感へ変わります。発酵は他にも使われ、お酒造りなどでは葡萄の糖分を分解しアルコールへと変化させているらしいです」
クロから聞きかじった知識な事もあってか曖昧さが残るが、手を止め感心した表情を浮かべるハミル王女。
「もしかしてマヨも発光という技術を使いあの美味しさを!」
「マヨに使われているのは乳化と呼ばれる現象だな。油と水は混ざりづらいが一生懸命混ぜる事で一体感を出すことだな。卵黄が乳化剤の働きをしているんだっけ?」
クロもよく覚えていないのか腕を組み首を傾げ、ハミルは当てが外れたが乳化という現象を知りどこかで言おうと笑みを浮かべ生地を捏ねる。
「そろそろ生地は宜しいようです。丸めてこちらのボウルに入れ濡れた布巾を被せて寝かせましょう」
「生地さんもお昼寝ですね」
捏ねていた生地を丸めて優しく撫でるアリル王女。ハミル王女も同じよう気生地を丸めボウルに入れる。
「寝かせることでドライイーストが頑張ってくれるから一時間ほどお昼寝だな」
その様子をキッチンカウンターから見ていた王妃二人は頑張った王女たちの姿に薄っすら涙しており、専属メイドたちもハンカチを濡らしながら初めての料理を影ながら応援している。
「ハミルさまもアリルさまも額に汗して頑張っておられます」
「なんと尊い光景なのでしょうか……」
「アリルさま……あんなにもはしゃいで椅子から落ちないか心配になりますが、頑張っている姿に涙が……」
「もうお二人は立派なコック長です……」
メイドたちの声に同じような感想を抱いていた王妃二人は冷静になりぬるくなった直茶を口に運び、王女二人とメルフェルンは手を洗いに脱衣所へと向かう。
「アリルとハミルが捏ねた生地がピザになるのですね……」
「前に王宮で頂いたピザも美味しかったのですが、今日のピザはもっと美味しく感じるかもしれませんね」
「娘たちが作るピザだもの、美味しいに決まっているわね」
親馬鹿っぷりを発揮する王妃二人にメイドたちも頭を上下させ中にはハンカチで目を拭う者もおり、それを視界に入れたクロはどうしたものかと思いながらもカラアゲの下味を付けながら見なかった事にしようと作業に集中する。
「王手!」
将棋を指す窓際ではパチリと良い音をさせたロンダルに相手をしているリンシャンが眉間に皺を作りながらも内心では息子の成長と才能に喜んでいた。
「うふふ、ロンダルくんは将棋の才能がありますねぇ」
「私もそう思いますよ。打ち方は個性が出ますが、ロンダルくんはちゃんと将棋というものを理解している気がしますね~もう私よりも強いですし……」
メリリが褒め、アイリーンは教えていたのにすぐに追い抜かされたと思うほどにロンダルの打ち筋の正確さがあり、連勝を重ねている。
ちなみにチーランダは飛車と角を利用し縦横無尽に走り回るタイプでたまにミスをして角が奪われ、リンシャンは大群で戦線を上げて動き相手を包囲する方法を取るのだがその際に王までもが戦いに参加し、最後尾にいたはずがいつの間にか王が動けなくなり負けるという珍しいタイプの戦い方をしている。
「ロンダルは指揮官としての才能があるかもしれないわね」
そう口にしながら眉間の皺を解消させ王の前に金を置き王手を防ぐリンシャン。
「指揮官? 僕が?」
驚きながらも桂馬を打つロンダル。
「うわ~イヤらしい手を打つわねぇ」
チーランダが顔を歪めながら声に出し、リンシャンはそれに気が付いていたのか口を横一文字にしながら歯を喰いしばる。盤上には先ほどの王手を防いだ金の横に桂馬が打たれ、桂馬の先には飛車と角がおり金で取らなければどちらかを失うだろう。だが、金を動かすことは負けを意味し、金の直線状には飛車が控えているのである。
「わ、私が思っている以上に指揮官だわ……」
「指揮官、指揮官って、さっきからママは何を言っているの?」
首を傾げたチーランダに王を一歩下がらせたリンシャンが口を開く。
「この将棋というものは兵を動かし相手の王を取るゲームよね。それって軍を指揮する者を育成するためのものじゃないかしら?」
アイリーンへと視線を向けるリンシャン。視線を向けられたアイリーンはピコピコと動くリンシャンの耳が気になりながらも口を開く。
「確かに言われてみればそうかも……詳しくは知りませんが将棋は昔からあってそういう面もあったかもですね……」
「王手!」
アイリーンに視線が集まっていた事もありロンダルの王手に驚くチーランダ。リンシャンは既に先を読み理解していたのか頭を下げて「参りました」と口に出す。
「うふふ、ロンダルくんは強いですねぇ。コボルト最強の軍師かもしれません」
「まったくね……リアルファイトなら負けないのに……」
メリリはロンダルを素直に褒め、チーランダは弟の活躍が内心嬉しいのだがやっぱり負けず嫌いな性格もあり拳を握り締める。
「えへへ、将棋は面白いです。クロの兄貴ともやってみたいです」
「そうね。色々な人と将棋を打つのはきっと勉強になるわ。クロさまの手が空いている時にでもお願いするといいわね」
負けたリンシャンもロンダルの成長が嬉しいのか微笑みを浮かべ、アイリーンは脳内でBL変換しニヤニヤと表情を崩す。
「それなら僕とも勝負しようぜ~」
「あら、私だって将棋には自信があるわ!」
「うむ、我も先日教わり将棋のルールは把握しておるのじゃ」
チーランダとリンシャンを倒したロンダルの前にはエルフェリーンとビスチェにロザリアが現れ、やる気満々な三名に顔を引き攣らせるロンダル。
「あ、あの、みなさんの中で一番強いのは誰ですか?」
勇気をもって口にするロンダルにエルフェリーンがニヤリと口角を上げ、ビスチェは仁王立ちで、ロザリアは鼻の穴を広げ三名で同時に口を開く。
「僕だよ!」「私ね!」「我なのじゃ!」
一斉に口にした三名は互いを睨み合いロンダルは口にした事を後悔しつつキッチンで作業するクロへと視線を送る。が、クロはカラアゲの下味を付け終わり次の作業をしておりその視線に気が付くことはなくい。
「それでしたらロンダルを入れた四人でトーナメントをしたら宜しいのでは?」
微笑みながら口にするリンシャンの言葉にやる気満々の三名は頷き、ロンダルまだ今日始めたばかりの初心者なのに、と内心で思いながらもやるからには頑張ろうと小さな闘志を燃やす。
「そろそろ夕食にするから切りの良い所で将棋を終わらせろよ~」
「うむ、もう少しだけなのじゃ」
「そうね! この王手でお終いよ!」
二時間後、クロの言葉に燃え尽きたロンダルが顔を上げ、同じ表情をしていたエルフェリーンも救いが来たといった表情を浮かべ二人は大きなテーブルへ向け走り出す。
「ま、待つのじゃ! 今の王手は待つのじゃ!」
「あら、それで三回目よ。待ったは三回までと決めたじゃない」
ロザリアもこの後撃沈し、ビスチェが草原の若葉杯を制するのであった。
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