初めて食事とルビーは力持ち
リビングのテーブルではシャロンが軟らかく煮た猪の肉をピンセットで摘みグリフォンの雛であるフィロフィロに与えている。一口食べるごとに「ピィーピィー」と鳴き声を上げ早く次が欲しいと叫び、シャロンは母親のような表情を浮かべながらピンセットで摘み嘴へと運ぶ。
「このピンセットというものは便利なのじゃ」
「小さなものを掴むのに適しているわね」
ピンセットはクロが魔力創造で創造したものなのだが、最初はスプーンで餌を与えようとしたがグリフォンの口には嘴があり上手く与えることができず、これならどうだといいながら魔力創造をしてピンセットを差し出したのである。
「うふふ、小さな時はヒヨコのように黄色なのですね」
「グリフォンの雛は黄色から徐々に茶色へと変化します。黄色なのは親との体格差から見やすい為といわれていますね。他にもグリフォンの住む高地では黄色い麦のような植物が多く保護色となり身を守るともいわれています」
メルフェルンの説明に耳を傾けていたクロはヒヨコにそっくりだなと思いながらも、テーブルの横へと移動し、胴と後ろ脚に小さな尻尾があり小さくてもグリフォンの姿をしている事に微笑みを浮かべる。
「美味しそうに食べているのだ」
シャロンのピンセットに摘まんだ肉からクロへと顔を向けて話すキャロット。つい先ほど夕食をたっぷりと食べたのにその顔は自分も食べたいと物語っている。
「キュウキュウ~」
クロの上着をクイクイと引っ張る白亜もキャロットと同様なのか甘えた声を上げる。
「あれは塩味がないからあまり美味しくはないぞ」
「ならいらないのだ!」
「キュウキュウ!」
美味しくないと知ったキャロットと白亜は一気に興味が失せたのかお風呂へと向かう。その後姿を見送ったクロはお腹がいっぱいになったフィロフィロを見つめる。神々しさすら感じる黄色い羽に包まれた大きな瞳はキョロキョロと辺りを見渡しこの場にいる者たちの顔を覚えようとしているように見え口を開くクロ。
「俺はクロで、師匠のエルフェリーンにビスチェとロザリアさんにメリリさんとメルフェルンさんにシャロンだな」
片手を広げて紹介するクロにシャロン以外が笑い声を上げる。
「まだ帰ったばかりのグリフォンの子に自己紹介とか、わかる訳ないじゃない」
「うふふ、クロさまの可愛らしいと事が見られて私としては嬉しいですよぉ」
「グリフォンは賢い神獣ですが、流石に今日孵ったばかりのフィロフィロには理解できないかと……ぷっ」
ビスチェとメリリにメルフェルンからの言葉に顔を赤くするクロ。
「僕は良いと思いますよ。クロさんがみんなを紹介してくれるのをフィロフィロは真剣に見ていたようですし、何よりも僕はフィロフィロを仲間のように受け入れてくれた事が嬉しいです」
クロには視線を向けずに手元で伏せ目を細めるフィロフィロの背中を優しく撫でるシャロン。その頬は若干染まっており腐ったアイリーンがこの場にいれば鼻息荒くイジられただろう。
「そうだね! 仲間だね! フィロフィロは僕たち『草原の若葉』の仲間だぜ~」
「ピィー」
エルフェリーンが叫びそれに反応して鳴き声を上げるフィロフィロの姿に、本当に言葉が分かっているのかもと興味の視線を向ける一同。
「言葉が分かるのかしら?」
「うむ……魔物とはいえ神獣と呼ばれるグリフォンなのじゃが……」
「うふふ、フィロフィロちゃんが可愛いのは確かですねぇ」
鳴き声を上げたフィロフィロはシャロンの手に頬を擦り付け、もっと撫でろとでも言っているかの様な仕草をし、メリリやロザリアも撫でたいのかうずうずしながら視線を向ける。
「そういやグリフォンもトイレとか覚えるんだよな?」
「はい、専用の砂を置いた場所にしますのでちゃんと覚えるまで反復練習ですね。できたときはいっぱい褒めるといいそうです」
「うん? 大人のグリフォンたちも厩舎でそういった事はしないわよね? 何処でしているのかしら?」
フィロフィロのトイレの話から成体のグリフォンのトイレ事情の話へとビスチェが首を数度傾け疑問を口にする。
「それでしたら、ここから少し東に行った沼の近くでするように言い聞かせてあります。この屋敷の生活排水が流れる場所ですね。あそこはスライムが多くそういった物を分解してくれておりますから適しているかと」
錬金工房『草原の若葉』の生活排水は昔に作った場所へ流れるよう小さな下水管を通し、多くのスライムが集まり水を浄化させている。こういった水の浄化方法は昔から取られ、王都でも同じような設備を使い下水の管理をしている。
「グリフォンは本当に利巧なのね……」
メルフェルンの説明にビスチェが納得したのかフィロフィロに顔を近づけ、フィロフィロは大きく欠伸をするとシャロンの手に身を預け寝息を立てる。
「うふふ、寝てしまわれましたねぇ。寝姿も可愛らしいです」
「本当に可愛いね~そうだ! 今日はフィロフィロが卵から孵った記念日にしよう!」
「お酒はダメですよ」
エルフェリーンが椅子から立ち上がり発言するが先にクロが釘を刺すとしょんぼりした顔で腰を下ろす。これには理由があり日頃から飲み過ぎている事と、明日は王都に流行り病を届けなければならずクロが夕食の前にアルコール禁止令を出したのである。
「うぅぅぅ、こんな目出度い日にウイスキーが飲めないなんて……」
恨めしそうな瞳をクロへと向けるエルフェリーン。
「帰ってきたらウイスキーに合うおつまみを作りますので、それで我慢して下さい」
「本当かい! ならカラアゲと、チーズが溶けたのと、魚料理が食べたい!」
子供のように喜ぶエルフェリーンの変わり身の早さに一同から笑い声が上がるのであった。
「ふぅ……やっと完成です」
作り終えたベビーベッドの動作確認を終えたルビーが額の汗を拭うと同じ作業をしていたアイリーンとキュアーゼは両手を上げハイタッチをして喜びを分かち合う。
「早く届けましょう! シャロンが喜ぶ顔が目に浮かぶわ!」
「フィロフィロちゃんがこのベッドで揺れながら寝る姿を早く見たいですね!」
「では、届けに行きましょう!」
ベビーベッドにはキャスターが付いており押して楽々に運べ、庭などにも持ち運べるよう大きなタイヤが付いている。キャスターにストッパーを設置すれば勝手に動くこともなく、更には安楽椅子のような機能を取り入れ抱かれているような安心感を覚えることだろう。
三名で長い廊下を走りリビングに到着すると既に人気はなく、二階から声が漏れるのを耳にした三名は無言で頷き合いベビーベッドを協力して持ち上げる。
「せーのっ! 重っ!?」
アイリーンが素早く魔化して下半身を安定感のある蜘蛛に変え、キュアーゼも魔化して力を込め、ルビーはそんな二人を余所に軽々とベビーベッドを両手で持ち上げ足が浮くキュアーゼ。アイリーンは魔化した事で身長が下半身の蜘蛛の分だけ高くなり浮くことはないが、それでも手に感じる重量がほぼなくなりルビーの馬鹿力にポカンと口を開け驚く。
「やっぱりドワーフは力持ちね……」
「種族差を感じたことは多くありますがオーガに匹敵する怪力ですね……」
キュアーゼは呆れたように口を開き、アイリーンも自身が世界初のアラクネという蜘蛛の亜人であり種族の差を強く感じていたが、それ以上にルビーの腕力に驚き目をぱちくりさせながら声に出す。
「そんな事よりも早く届けましょう!」
ルビーの言葉に二人は頷きキュアーゼはバランスを取り、アイリーンは自身の特性を生かし糸で落ちないよう空間に命綱を張り支える。
一歩一歩慎重に階段を上り二階に到着すると流石のルビーも汗が吹き出し「後はお願いします……」と床に体を預けて休み、二人はルビーの死を無駄にしないといったテンションでシャロンの部屋に突入するのだった。
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