少年ポーターたち
冒険者ギルドからダンジョンまでは二十分も歩くと到着し、その間には多くの武器屋や宿屋に酒場が並び、中には娼館などもあるがまだ昼前という時間帯であり人の気配は薄い。
ダンジョンの入り口には警備する兵士が数名と胸と腕に革鎧をつけた少年が十名ほど並び、横にはネコと呼ばれる手押し車の拭き掃除をしている姿が目に入る。
「おお、エルフェリーンさま! 今年も素材採掘の時期ですか!」
中年の警備兵が声を上げると少年たちは一斉に振り返り我先にと走り出す。
「僕が一番早くネコで走れます!」
「僕だって早い方です!」
「俺は多く乗せて運べますよ!」
一斉に勧誘して来る少年たちはポーターと呼ばれる荷物運び屋であり、将来の冒険者たちである。冒険者ギルドで面倒を見ながらダンジョンで生き抜くすべと、実際にダンジョンへ入りネコと呼ばれる手押し車で冒険者の持ち物や戦利品を運ぶ手伝いをしている。
冒険者の中には面倒見が多い者も多く、ダンジョン内での素材収集や採掘などの方法も教え、引き抜きを受ける少年も少なくはなく冒険者を目指す若者の登竜門になっている。
「お前らはしつこくするなと言ってるだろ! しつこい奴はまた基礎体力作りに戻すからな! 冒険者の方々は気難しい人も多いって前から……クロの兄貴! それにエルフェリーンさまとビスチェさまもお久しぶりです!」
「おっ、キースじゃないか。元気していたみたいだな」
クロの言葉に下げた頭を上げるキース少年はウルウルとした瞳を向ける。
「怪我もよくなってるね。それに背も大きくなって」
「私の半分ぐらいだったものね。うりうりうりうり」
ビスチェは頭を撫でくりまわし、頬を染めるキース少年はその手から逃れると口を開く。
「いいか、この人たちは『草原の若葉』のみな様だ! 毎年、この時期になると素材採取に来て夏の流行病の特効薬を作って下さる錬金術師さまだからな。その薬を飲んだ奴もいるだろ」
何人かは頭を上下し頷きキースは言葉を続ける。
「感謝しろよ! それに冒険者の中には俺たちポーターを盾にして逃げる奴もいる。俺も盾にされ死にそうになったところをクロの兄貴に助けてもらった! 見分ける事は難しいが、そういった冒険者の殆どは態度が悪いから気をつけるようにな!」
「はい!」の声が重なり尊敬の瞳が一気にクロへと向かうと、最後尾にいたアイリーンの鼻息が荒くなり頬を染める。
「確かに助けたどけさ、それは師匠やビスチェだからな。それよりもほら、仲良く分けろよ。警備の人たちにもだぞ」
クロはアイテムボックスのスキルで飴を取り出すとキースに持たせる。
「はい、ありばとうございます! これから採取に行くなら俺にポーターさせて下さい! 少しでも恩返しがしたいです!」
決意ある瞳を向けるキース少年にクロは後頭部を掻きながら困った顔を浮かべ、エルフェリーンが一歩前に出る。
「うんうん、心意気は立派だけどね、僕たちはポーター要らずだからねぇ。クロもビスチェもアイテムボックスのスキルが使えるし、行き先は十四階の夜の岩場だ」
夜の岩場という単語を耳に入れた少年たちはぶるりと体を震わせ、中には数歩後退る少年もいるほどだ。昼と夜では危険度がワンランク所ではなく上がり、音もなく近づいて来る魔物が多く気が付けば目の前に死がある危険な場所である。
冒険者の多くは夜のダンジョンを避けている事もあり、その恐怖は体験談として語られる。ポーターの少年たちはそういった話を聞かされる事が多く、想像し恐怖を与える事で危険だと教えられているのだ。
「そ、それでも、」
「悪いな。師匠の言葉は絶対だからな。俺は冒険者じゃないけどチームで動いている。リーダーの言葉は絶対だし、師匠の言葉も絶対だ」
「そんな……それじゃ、いつ恩を返せばいいんだよ!」
キース少年が複雑そうな表情で見上げ、クロは優しく頭を撫でながら口を開く。
「恩は気にするな。キースは皆をまとめて冒険者の手伝いをしている。そうすればその採取した素材なりが俺たちの所にまわって来る。どうだ、もう恩返しができているだろ」
「けど、」
「けどじゃない。そういった小さな事が重要なんだよ。それにキースももうすぐ見習いから冒険者になるんだろ。そしたら依頼を出すから受けろよな!」
「はい! 必ず受けます!」
キラキラした瞳を向けるキース少年にクロは撫でる手を止めると、宙に浮く文字にシールドを使って吹き飛ばす。
≪クロと少年のハァハァですよ≫という文字がかき消されるがアイリーンは鼻息荒く、ビスチェも頬を軽く染め顔を逸らす。
「まったくお前らは……それじゃあ俺たちは行くからな」
「はい……気をつけて下さいね。最近では違法薬物や冒険者の失踪とかも多いそうですから……」
心配そうな表情でクロを見つめるキースに後ろからエルフェリーンが優しく頭を撫でる。
「ははは、僕たちはあまり危険な事はしない予定だから大丈夫だよ~それにしても違法薬物か……」
背を伸ばしてキースを撫でるエルフェリーンは小さく呟くと撫でていた手を顎に当て、何やら思案し始めその背を押すクロ。
「お気をつけて下さい」
「ああ、気をつけます。あの子たちを宜しくお願いします」
「はっ! お任せ下さい」
警備兵に頭を下げ、目の前に見える石造りの門へと足を踏み入れるクロたち。
先の見えない真っ黒な門を潜ると一瞬にして風景が変わり、青空と草原が目に入りまわりに人の姿はなくゆっくりと歩きながら進むクロたち。エルフェリーンはまだ思考の海に飛び込んだままでありクロはゆっくりと背を押して進む。
「師匠、そろそろ正気に戻って下さいよ」
「ああ、うん、少し気になって事があってね……ダンジョンの中だし警戒しないとね」
≪警戒? 一階でも魔物が出る?≫
「ははは、一階では魔物はでないよ。でもね、敵は魔物だけじゃないからね」
そういうと辺りに視線を飛ばすエルフェリーン。
「怖いこと言わないで下さいよ……師匠の勘はよく当たるんですから……」
「師匠の場合は勘というよりも予言よね。前にあの子を助けた時もポーターの事を話し出したと思ったら悲鳴が聞こえたんだもの……」
「そのお陰でキースが助かったけどな……」
≪それは運命操作? 未来予知?≫
一行の前に魔力の糸で文字が浮かびアイリーンに笑顔を向けるエルフェリーン。
「勘だよ~運命操作なんて神さまのスキルだろうし、未来予知なんてのは巫女の仕事だよ~僕は運がひとよりも少しいいだけだよ~ははは」
そう笑いながら足を進めていると下へ降りる階段が視界に入り、一行は気を引き締めるのだった。
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