エルカジールの元へ
「おお、ドリフトしてる」
横滑りでカーブを曲がるエルカジールの姿に感嘆の声を上げるクロ。エルカジールはそのままカーブを進み直線をゴールし次の周回へと走り続け、クロはアイテムボックスから大きなスケッチブックを取り出すとマジックで止まれと書き込み両手で上げる。
何かあった時に緊急停止できるような伝達方がある方がいいな。赤旗とかも後で魔力創造して師匠に提案するか……
そんな事を考えているうちにエルカジールがクロの前に停止しヘルメットを脱ぎ口を開く。
「クロ! これ楽しいよ! エルフェリーンは大変なものを作ったね!」
「はい、それはいいのですが、昼食にしまよう。こちらでも食べられるようお持ちしましたので食べていただけますか?」
クロの言葉に眉間に深い皺を作ったが渋々といった表情でカートを降りるエルカジール。クロはアイテムボックスのスキルでテーブルとイスを取り出すと用意してきた牛丼のセットと冷たいお茶をカップに入れる。
「うん? 初めて見る料理だね。これはクロが作ったのかい?」
「はい、牛丼という料理ですね。甘辛く煮た肉と玉ねぎと下に米というものが入っているので一緒に食べて下さい。もしよければ生卵もご用意しますが」
「生卵? 玉子を生で食べるのかい?」
「はい、牛丼にのせて崩して食べると美味しいですね。師匠やビスチェたちも生卵を入れて食べていますよ。ああ、紅ショウガもですね。これは少し酸味があって辛いですが食感がよくサッパリ食べられます」
ビスチェと口にし、牛丼を真っ赤に染めて食べる姿を思い出したクロは、その場で某牛丼チェーン店に付いて来る小袋に入った紅ショウガを魔力創造する。
「うん、なら入れてみようかな~玉子もクロがそうやって魔力創造したんだろ?」
「はい、ですのでお腹を壊すことはないと思います」
クロから小袋に入れた紅ショウガを受け取ったエルカジールは最初に一口そのまま食べ表情を崩す。
「美味しいよ! この味付けはいいね! それにお肉も柔らかいよ!」
「今日は霜降りのいいお肉を使いましたから自分でも納得のできですね。本当ならすき焼きとかに使うような肉でしたから」
「スキヤキ?」
聞きなれない単語に頭を傾げるエルカジール。
「すき焼きも牛丼の親戚のような料理で生卵を付けて食べますね。師匠やビスチェが喜ぶのでたまに作りますよ」
「ならそれを食べてみたいわ!」
急に後ろから声を掛けられ振り向いたクロ。そこにはキュアーゼの姿があり仁王立ちである。ただ、頬に米粒が付いておりどう指摘したものかと困るクロ。
「同じような味付けですので作るにしても明日にしませんか?」
「そうなの?」
「はい、味付けはほぼ同じですね。米の上に乗らずに豆腐や野菜と一緒に煮込む感じの関東風です。ああ、関東風とか言われても困るか……」
関西のすき焼きは焼き、関東のすき焼きは煮込む形式が多いだろう。クロが作るすき焼きも最初だけは肉を焼き割りしたで素早く味付けしたものを出すが、そこから野菜を入れて煮込み形式である。
「へぇ~楽しみにしておくわ。それよりもクロにお願いがあってこっちに来たのよぉ」
身を乗り出して妖艶な笑みを浮かべるキュアーゼ。クロはその色気にカリフェルを思い出し一歩下がり嫌な予感に顔を引き攣らせる。
「なにも下がらなくてもいいじゃない! これでも国では美人で有名な第二皇女なのに!」
本気では怒っていないだろうが目を吊り上げるキュアーゼ。
「いえ、すみません……それで頼みとは?」
会話を素早く切り替えるクロ。その横ではドンブリをかきこむエルカジール。
「ケーキが食べたいわ! すき焼きがダメなら夕食はケーキにしましょうよ!」
笑みを浮かべ口にした言葉に視線を外して空を見るクロ。
「それは止めておきましょう……」
「な、何で急に空を見てるのよ! こっちを向きなさいよっ!」
クロに飛び掛かりそうな勢いで叫ぶキュアーゼ。クロはキュアーゼに向き直り口を開く。
「いえ、あのですね。さっき料理を作っていた時の事なのですが……」
メリリの事を例えに出してカートに乗れなくなる可能性と降りられなくなる危険性、それにケーキの砂糖とバターを多く使い太りやすい事を伝える。
「そ、それは困るわね……太ってシャロンに嫌われたくないわ……」
「運動をすればカロリー消費もできると思いますが毎日食べるのは流石に危険かもしれませんね。まして夕食ケーキとかは……」
パンパンに膨らんだメリリを思い浮かべるクロ。キュアーゼはシャロンから嫌われる事を恐れてかケーキという単語を口にすることはなく、代わりにガックリと肩を落とす。
サキュバスは美意識が高く体型やオシャレに金を使い常に美しくあろうとする種族である。カリフェルもクロからシャンプーやリンスを大量に受け取り艶やかになった髪を自慢して回るほどであった。シャンプーやリンス以上にブランデーを自慢していた事実もあるが、それは別の話である。
「牛丼のおかわりをしていないのなら何かデザートを出しましょうか? それともケーキにしますか?」
肩を落としていたが顔をクワッと上げ目を輝かせるキュアーゼ。クロの袖をクイクイと引くエルカジールもキラキラした瞳を向ける。
「私もケーキが欲しい!」
そう叫ぶエルカジールの口のまわりには多くのご飯粒が付いており、クロはアイテムボックスからおしぼりを出して自然にエルカジールの口元を拭う。
「にゃっ!? な、な、何をするんだ!!」
取り乱すように叫ぶエルカジール。
これが普通の反応だろう。エルフェリーンに同じことをすれば笑顔で綺麗になるまで待つのであって、エルカジールのリアクションにしまったと思うクロ。
「すみません……師匠だと無抵抗で受け入れてくれて……すみません」
「そ、そうなのかい? そうか……そうなのか……うん、許すからケーキが欲しいよ! 昨日食べたの以外も出せるかい?」
「はい、色々ありますよ。定番から変わったものまでありますし……ちょっと待って下さい……」
魔力創造でケーキを作ろうとしたクロだが、「うふふ、デザートは別腹です」というメリリの言葉が脳内に響きできるだけ低カロリーなケーキを魔力創造しようと心に決め、料理雑誌に載っていたなと思い出しアイテムボックスから雑誌を取り出す。
「それは何だい!?」
「書き写したにしては凄く綺麗な絵よね! あっ! ワインのラベルの詳細な絵……」
キュアーゼはブランデーのラベルに乗っていた風景がを思い出しそれと同じような技術が使われている事を瞬時に見抜き、エルカジールは椅子の上に立ち上がりクロが見つめる低カロリーコーナーの料理を一緒に見つめる。
「ふわぁ~どれも美味しそうだね! 文字が読めないけどこれはクロがいた世界の文字だよね?」
「そうですね。日本語と呼ばれる文字です。中には英語とかもありますが日本語ですね。なるほど、シフォンケーキなら低カロリーなのか……ホイップを付けなければ100キロカロリー以下に抑えられると……」
「シフォンケーキ? どれかしら?」
キュアーゼもクロの横に立ち雑誌を見つめクロが指差す先のシフォンケーキを視認すると「うん! これがいいわ! ジャムと生クリームは必要ね!」とクロの思いを無視した発言をし、エルカジールも「うんうん、甘い方が絶対に美味しいよ!」と賛同する。
「では、屋敷に戻ってみんなでデザートにしましょうか」そう口にしながらシフォンケーキを勧める時はジャムとホイップクリームのカロリーを教えようと心に決めるクロ。
アイテムボックスに使ったテーブルや食器を回収すると三人で屋敷へと戻るのであった。
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