クロ歴史 8
「えっと、お客さまですか?」
錬金工房『草原の若葉』の入り口では三名のコボルト族の冒険者に向かいクロが声を掛け、その冒険者三名は驚きを口にする。
「うわっ!?」
「生きてる!!」
「怖い! 怖いです!」
驚く三名の冒険者にクロは平静を装いながら口を開く。
「話せば長くなりますが、自分はクロといってここでエルフェリーンさまの弟子をしています。ビスチェとの模擬戦でやらかしまして……いや、俺は悪くない! どちらかといえばビスチェが悪い!」
現在、クロは頭部だけが地面にあり首から下が地中にある。しかも、それは工房の敷地の入り口であり、流行り病の特効薬を受け取りに来た冒険者三名を驚かせる形での対面となったのだ。
「ど、どうやら埋まっているだけのようだね……」
「ビスチェにやられたのは分かったけど……ビスチェを怒らせたの?」
「あ、あの、自分たちは『若葉の使い』で、僕はロンダルです……本当に生きていますよね?」
三名は冒険者『若葉の使い』であり、エルフェリーンから指名依頼を受け近隣の村々へポーションや流行り病の特効薬を配り歩いている。全員姉弟で、一番上が槍使いのポンニル、ダガー二刀流のチーランダ、弓のロンダルとバランスの良い戦闘を行うがロンダルはまだ若く幼さの残る少年であり、上二人が実の姉という事もあり中々辛みの狭い冒険者生活を送っている。
「ああ、ビスチェが使う精霊魔法で埋められたよ……」
苦笑いを浮かべるクロ。
「何をして埋められたんだい? ビスチェに悪戯でもしらのかい?」
年長者であるポンニルからの問いにクロは大きくため息を吐き、今朝の訓練で起こったハプニングを説明する。
「ナイフが一本でも二本でも結果は同じね! 私から一本取りたいのならもっと腕を磨く事ね!」
ドヤ顔で倒れたクロの額に足を乗せるビスチェ。クロはと言えば二本持ったナイフを弾き飛ばされたうえ投げ技まで受け、目をぎゅっと瞑り腹を押さえ痛みを堪えていた。
「うぐぐぐ、投げ技まで披露せずとも一本だったろうが……」
「あら、最後に気の抜けたナイフ捌きに対する罰よ! もっと必死にならないと戦闘経験を積んだといえないわ!」
「それは分かったから足をどけろ……地味に痛いし屈辱的過ぎる……」
「あらあら、そう思うのなら足を乗せる甲斐があるというものね。屈辱でも復讐でもいいから強くなるための糧にしなさい! この屈辱を忘れないようにもっとグリグリしようかしら」
投げ技の痛みが若干だが回復したクロが目を開けるとサディスティックな表情を浮かべるビスチェと、クロが洗濯をしているビスチェのパンツが見え思わず目をぎゅっと閉じる。
「あら、まだ痛むのかしら?」
「いや、痛みというより……あのな、今のお前はスカートだぞ……」
「スカート?」
その指摘にクロの顔から自身の履いているひざ丈までのスカートを見つめ固まるビスチェ。クロは足が乗っている事もあり目をぎゅっと閉じたまま足が退くのを待ち続ける。
「なあ、そろそろ足を退けてくれないか?」
クロの言葉がフリーズの解除条件だったのかビスチェが再起動し足が上がる。が、そこからはクロの額を連続で踏みつける。
「クロのバカ! スケベ! 変態! スカートの中を覗くとか最低よ!」
三発ほど連続蹴りを額に受けたクロは横へ転がり素早く立ち上がるとダッシュでその場を離れ、鬼の形相を浮かべるビスチェは精霊に声を掛ける。
「土の精霊よ! クロを穴に落として!」
その言葉に精霊が反応しキラキラと光の粒子が舞い、次の瞬間には走る足元が消え穴へと変わり「ぐぇ!?」と呻き声を上げるクロ。
「顔以外を土で覆いなさい! その姿でそろそろ来るだろうお客を迎えなさい!」
穴に落ちたクロが痛みに耐えているとまわりの土が動き出し、下から上へとせり上がる土。十秒ほど痛みに堪えていたクロはビスチェが言うように頭部を残して土に埋まる事となったのだ。
「なあ、これって俺が悪いか?」
クロの問いにポンニルは笑い出し、チーランダは顎に手を当て考え込む。ロンダルは頬を染めており思春期真っただ中なのだろう。
「あははは、何かと思えばくだらないね。悪いといえば悪いが、スカートで模擬戦をしていたビスチェも悪いね」
「う~ん、乙女の下着を見るのはダメだと思うけど……」
ポンニルは笑いながらビスチェが悪いと口にし、チーランダは乙女であるビスチェの下着を見るのはダメだと口にする。
「でもよ。その下着やらスカートを洗っているのは俺だからな。それなのに頭を何度も蹴って、挙句にはこの有様だからな……はぁ……もういい加減寒くなってきた……」
初夏を迎え始めたとはいえ土の中はひんやりとしており、既に一時間近く埋まっているクロの体は冷えている。
「でもでも、スカートの中を覗くのはダメだと思うわ! 乙女の敵ね!」
「あははは、そう言われたら言い返せないね。まあ、あれだ。ビスチェが許すまでは私らからはどうもできないね。エルフェリーンさまは中にいるかい?」
「はい、中で疲れ果てています。流行り病の特効薬は予定量作り終えたので明日には王都に向かうと言っていましたよ」
「そうかい、クロだったね。覚えたからこれから宜しく頼むね」
「宜しく! 私はズボンしか履かないからね~」
「よ、宜しくお願いします」
片手を上げ屋敷へと向かう三名のコボルトを見送ったクロはこの状況をどうにかすべく頭を捻る。
まわりの土さえ何とかなれば脱出できそうだが……うん、無理。腕すら動かないな……いっそ小部屋のスキルを使って入り口を足元に出現させて土と一緒に小部屋に入るか……砂なら上手く行きそうだが土だと粘度があって落ちない可能性も……
ああ、アイテムボックスのスキルで手元の土を回収すれば……おっ! 動く動く。これなら体のまわりも回収して……
「はぁ……ひどい目に遭った……支給された鎧や服が土でドロドロでやんの……」
脚立を魔力創造したクロは穴から這い上がり脚立をアイテムボックスへ入れ、穴の開いた場所へ回収した土を入れ上から踏み固める。
「なんだろう……疲れたけど不思議と達成感があるな……」
途中からスコップを使い丁寧に平らに均した地面を見つめ達成感を得るクロはいつも以上の疲労を覚えつつ屋敷へと足を向ける。土まみれの衣服や靴に、これは擦り洗いをしなきゃ落ちないだろうと思い、鎧や服を脱ぎアイテムボックスへと収納し、代わりにガウンとスリッパを魔力創造して中へ入る。
ビスチェの入れたお茶を飲む一行から視線を受けつつも素通りして風呂場へと直行し、衣服を脱ぎ洗っていない浴槽に絶望するが、このままでは風邪を引くかもと急いで浴槽を洗い魔力創造でお湯を入れる。
「ふぅ……やっぱりお湯に浸かるのは最高だな……心まで温まる……」
髪や体を急いで洗い浴槽に浸かるクロ。何度洗っても髪から土が出てくる現状に絶望したが五度目の洗髪でジャリジャリ感がなくなり、浴槽に浸かりながら茶色く染まった鎧へと視線を向ける。
「ブラシで擦ればある程度落ちるだろうが……服の方はもう無理だよな……」
泥で茶色く染まった衣服を見ながら、これはもう無理だと悟ったクロは魔力創造でできるだけこちらの世界で浮かないだろう衣服を創造しようと思案するのであった。
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