クロ歴史 5
「ビスチェ! クロ! 狩りに行こう!」
クロが錬金工房『草原の若葉』での生活が落ち着き始め、自身の仕事が食事作りと掃除に洗濯といった家事と、薬草を潰す係に、ビスチェとの模擬戦という日課を過ごす日々が続いていた。
そんな日々が一週間ほど過ぎた朝食後にエルフェリーンが二人に呼び掛けたのだ。
「狩りですか?」
使った食器をキッチンへと運んでいたクロが振り返り、ビスチェは食後のお茶を冷ましながら口にする。
「そうだぜ~狩りだぜ~僕は薬作りに疲れたからね~心のリフレッシュを要求する! 今日は薬作りをお休みして狩りに行く!」
笑顔で叫ぶエルフェリーンにビスチェも笑顔に変わり、クロは狩りという単語に眉を顰める。
こちらの世界へとやってくる前はコンビニ店員として働き狩りなどはやった事はなく、戦った経験はほぼほぼアンデットである。生きている生物や魔物を殺すという経験がないクロが不安に思うのは仕方のない事だろう。
「クロは狩りをした事があるかい?」
笑顔の問いにクロは顔を横に振りビスチェが口を開く。
「狩りも戦闘訓練に丁度いいわね。クロの目標は一人で一匹倒すことね!」
勝手に目標を決められ困った事になったと思いながら大きくため息を吐きキッチンへ向かうクロ。
「ビスチェはクロを鍛えてどうする心算だい?」
「強くなるのは良い事だわ。自分の身ひとつ守れないとか、ここで住むには危険だもの」
「あははは、そうだね。この辺りの魔物は強いからね~強くなっておくことは大切かもしれないね~」
二人の会話を耳に入れながら食器を洗うクロ。一人で一匹というノルマに頭を回転させる。
狩りに行かなくても魔力創造で食材や料理を出せるが、一匹か……拳銃とかが魔力創造できれば安全に遠距離攻撃で倒すことができるが……いや、銃じゃなくても弓とか……ボーガンやスリングショットとかでも倒せるか?
洗い物を終えたクロは記憶にあるスリングショットとボーガンを魔力創造で創造し手に取って確かめる。黒いボディーには黒いボムチューブが繋がり試しに引いてみると思っていたよりも力が必要で、限界まで引き指を離すとバチンとキッチン内に音が木霊する。
「鳥ぐらいなら落とせるか……」
ひとり呟くクロ。音に気が付いたのかビスチェとエルフェリーンがキッチンへとやってきてキッチンテーブルにあるボーガンを手に取り口を開く。
「こんなに小さな弓で魔物にダメージを与えられるかしら?」
「どうだろうね~それにここ、滑車があるけど……なんでかな?」
ボーガンの滑車部分を指差すエルフェリーン。
「それは弓部分を引く力を軽くするためですね。井戸などでも滑車を使って水を汲むじゃないですか。それを同じで引く力が少なく済みますが引く長さが長くなるだっけかな?」
滑車の原理を簡単に説明するクロにエルフェリーンは感心したような声を上げる。
「なるほどね~軽く引けるのなら力の弱い子供でも武器として使えるね!」
「ええ、なので自分の住んでいた世界では規制されています。所持も禁止だったかな」
「あら、所持ができないとか自己防衛できないじゃない」
「それだけ平和ですね。国によって違いますが日本刀……剣の所持とかも申請しないとダメですから」
「へぇ~そんなに平和なのかぁ~じゃあ、狩りをする時はどうするんだい?」
日本の平和さに首を傾けたエルフェリーンからの言葉に、クロはどう説明したものかと顎に手を当てて口を開く。
「えっと、一般人は基本的に狩りをしませんね。狩りは猟師が免許を取ってするものだし、狩りに使う道具はライフルを使って遠距離から打つ感じですね」
「ライフル?」
今度はビスチェが首を傾げる。
「ライフルは弓の凄いヤツかな。火薬を使って小さな玉を飛ばす武器ですね。ほら、こんな感じの玉が飛んで行きます」
スリングショットと共に魔力創造した玉を見せるクロ。
「こんなに小さな玉が当たったぐらいでダメージを与えられるかしら?」
「どうだろうね~急所に当たれば倒せるかもしれないけど魔物の皮や毛は頑丈だからね~鱗のある魔物やゴーレムなんかには効かないかもしれないね~」
「昆虫系の魔物の甲殻も無理そうね。鳥系の魔物になら効果があるかもしれないわ」
クロは思う。俺に倒せる魔物とかいるのかと……
「はぁ……アンデットならこれで一発なのにな……」
大きなため息と共に女神シールドを発生させるクロ。それを見た二人は目を大きく見開き口をあんぐりと開け固まり、クロは女神シールドのお陰で死者のダンジョンを突破した事を伝えるのだった。
一行が森に入るとビスチェが精霊を飛ばし辺りを警戒し、エルフェリーンは杖を肩に担ぎながら足を進め、クロはスリングショットを手にいつでも発射できるよう神経を集中させる。
「少し行った先にアーマードボアがいるわ。岩のように硬い皮膚を持つ猪型の魔物ね。大きさもそれほど大きくないわよ」
そう言いながら振り向きクロへ視線を向けるビスチェ。
「う~ん、アーマードボアだとその武器じゃダメージが与えられるか……」
手にしているスリングショットへ視線を落としたクロは腰に装着しているナイフを取るか迷うが「これを試して無理そうならナイフにしてみます」と口にする。
「それがいいね。危険だと思ったら僕が魔術でフォローするから思いっきりやればいいよ」
「怪我しても生きてさえいれば私がポーションをぶっかけてあげるわ」
上級のポーションを手に持ちフリフリと振って見せるビスチェに、その前に助けてくれと思うクロ。
ゆっくりと足を進め木々の間を抜けて行き、五十メートルほど先に背の低い木に実を貪る魔物を発見する。アーマードボアと呼ばれる猪の魔物は額からお尻にかけ硬い外皮に覆われ腹まわりには多くの毛で守られている。騎士殺しなどと呼ばれる別名があり、硬い外皮は剣を弾き分厚い盾を凹ませるほどの突撃力がある。
冒険者ギルドでは中級冒険者数名で戦い討伐するほどの危険な魔物なのだが、Fランクのクロならまず勝てない相手だろう。
そんな相手にスリングショットを力いっぱい引き、狙いを定めて指を放つ。
ゴムの弾む音と風を切る音が聞こえた次の瞬間、アーマードボアのこめかみに命中しポトリと落ちるスチール弾。アーマードボアはといえば辺りを探るように首を動かし再び木の実を食べ始める。
「まったく効かなかったわね」
「う~ん、丸い弾ではなく尖った弾にすれば刺さるかもしれないね~」
後ろから聞こえる声とアーマードボアのリアクションに肩をガックリと落とすクロ。スリングショットをアイテムボックスに入れ腰に装備しているロングナイフに手をかけ引き抜く。
木々の間から射す光でギラリと光ったロングナイフを手にしたクロは心を落ち着けて一気に駆け出し、エルフェリーンは杖を手に土魔法を唱える。すると地面を光が走りアーマードボアの足元が変化し柔らかくなり、走り寄るクロの存在に気が付き威嚇の叫びを上げ突進しようとするが足を取られ身動きが取れず、柔らかくなった土が蛇のように絡まり動きを阻害する。
鳴き声を上げ暴れるアーマードボアを前にしたクロはロングナイフを構えながらその大きさに顔を引き攣らせる。
遠くからじゃわからなかったが、でかすぎるだろ……
軽トラサイズのアーマードボアがクラクションよりも大きな叫びを上げ、クロはロングナイフを持った震える右手を上げ、ぎゅっと握ると頭部目がけて力いっぱい振り下ろす。
ガキン!!
金属同士がぶつかり合う音が響きクロの右手が痺れ、アーマードボアは叫びを上げ殺意の籠った瞳を向け、その視線を真正面から見たクロは後退りながら土魔法を制御するエルフェリーンの横に並び尻もちをつき、ビスチェは呆れ顔をしながらレイピアを抜くと素早く走りその首を刎ねるのであった。
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