特別
「特別……研究対象……」
そう小さく呟いたクロは下を向きながらとぼとぼと屋敷へ向け足を進め、眉間に深い皺を作ったエルフェリーンはエルカジールへと詰め寄り襟を掴むと声を荒げる。
「エルカジールはクロに何を吹き込んだのかな?」
エルフェリーンから魔力が噴き上がり一同が振り返り、滝を逆再生したかのような魔力の高まりを感じたゼギンとロザリアは素早く後方へと飛び去り、七味たちも同じように距離を取る。
「うふふ、エルフェリーンさまが珍しく怒っているように見えますが……」
「わ、私もエルフェリーンさまが怒るところは見た事がないです……」
「あ、あの、シャロンさまは私が御守り致しますので、その、私の前に出るのは……すごく嬉しいのですが……ご遠慮ください」
シャロンが両手を広げメルフェルンの前に立った事を注意するが、メルフェルンは頬を染め嬉しさのあまりに両手で口元を押さえつつ目を赤くする。
「師匠が怒るとか、エルカジールさまは何を言ったのだか……」
「あの御方は挑発する事が得意でから……はぁ……無事に治まればいいけど……」
ルビーに運転方法を教わっていたエルフ二人も怪訝そうな瞳を向け、キャロットと白亜も異常を察知しクラッシュパッドから起き上がり、怯える白亜はクロの元へ飛び去りキャロットは慌ててそれを追う。
「エルフェリーンさまが怒ってカイザール帝国が滅びましたが……エルフェリーンさまの怒りを鎮める方法とか……クロ先輩に任せれば……ん? クロ先輩?」
ひとり屋敷に向け歩く姿を捉えたアイリーンは足元で怯える小雪を抱き上げると空に糸を飛ばして跳び上がりクロの元を目指す。
「私は事実を言ったまでだよ」
「だから何を言ったのさ!」
襟を掴んで声を荒げるエルフェリーンは殺気の籠った視線を向ける。が、エルカジールはそれをすべて受け流すかのように笑みを浮かべる。
「クロは特別だと教えたのさ。エルフェリーンの特別。君の研究対象だとね」
勝ち誇ったかのように口にするエルカジール。エルフェリーンはゆっくりとその手を放すと、ふぅと小さく息を吐いて笑みを浮かべる。
「なんだ、そんな事か……はぁ……確かに出会った時は面白い人族がいると思ったけどねぇ。今は違うぜ~ふふ、ふふふ、クロが特別なのは変わらないけど研究対象とかじゃないよ~ふふ、ふふふふ、あはははは。君はそんなことで勝ち誇った顔をしていたのか~はぁ……馬鹿らしい……」
そう話し終えるとエルカジールの表情は先ほどとは違い歯を喰いしばり睨むような視線を向け、逆にエルフェリーンは笑みを浮かべて背を向け走り出す。
「私の思い違いだと思わないけど……」
エルカジールは小さくなってゆくエルフェリーンを見つめ、クロの元に辿り着いたエルフェリーンが背中に飛び付き、白亜がその頭に着地し、キャロットが二人と一匹を両手で抱き締め倒れる姿を見つめ思わず笑みを漏らす。
「いつ見てもエルフェリーンのまわりは面白いねぇ」
そう言葉を漏らすのであった。
「ごめんなのだ……」
キャロットのタックルでクロとエルフェリーンに白亜を巻き込み転がった事への反省を口にするキャロット。白亜は素早く飛び去ろうとしたが、転びそうになり慌てたクロが白亜の尻尾を掴み結局は転びそのまま団子状態で五メートルほど転がって停止したのだ。
「いてて、白亜と師匠は大丈ですか?」
「キュキュウ!!」
「白亜さまは尻尾を掴まれて痛かったといっているのだ! クロも謝るのだ!」
自身の尻尾を抱いて鳴き声を上げる白亜。クロは頭を下げ、エルフェリーンは心配してくるクロに笑い声を上げる。
「あはははは、僕は頑丈だからね~これぐらいじゃ怪我しないよ~クロは大丈夫かい? ドラゴニュートとドラゴンは生まれ持っての打たれ強さがあるけどクロは人族だからね。僕は心配だよ」
「はい、大丈夫です……」
そう口にしたクロは立ち上がり座っているエルフェリーンに手を差し出す。すると、エルフェリーンは笑顔でクロの手を取ると立ち上がりそのままクロに抱きつき、白亜は抗議の鳴き声を上げる。
「キュキュキュキュ!!!」
「あははは、ごめんよ。今はクロを独り占めさせてくれ」
「独り占めって……」
尻尾をバジバジと地面に叩きつける白亜を両手で掴み抱き上げるキャロット。
「私が白亜さまを守るのだ! ん? 守るのだ?」
先ほどの増大した魔力の発生源であったエルフェリーンは既に魔力を治めており何から守るのかと首を傾げるキャロット。エルフェリーンはクロに抱きつきお姫様抱っこの状態へ移行し近距離からクロを見つめ、クロは特別、研究対象、という単語が脳裏にちらつくが近距離で微笑みを浮かべるエルフェリーンに気まずさを感じながらも落とさないよう気を付けながら屋敷へと足を進める。
「これはどういう事でしょう? クロ先輩がエルフェリーンさまの機嫌を回復させた? それともキャロットのドジが良い方へ転がった? むむむ、私としてはシャロンくんと一緒に転がる姿が見たかったのですが……まぁ、いつも通りが一番ですね~」
一部始終を宙に浮き眺めていたアイリーンはどこまでも腐っていた………………
屋敷に辿り着いたクロは中へ入るとお茶でも用意しようとキッチンへ向かうが、クロに抱きついて離れないエルフェリーンに困り顔を浮かべる。
「あの、師匠、家にも付きましたので少し離れませんか?」
「えへへへへ、ダメだぜ~僕はクロから離れないぜ~どうしても離れて欲しい時は……」
「離れて欲しい時は?」
「離れないぜ~」
エルフェリーンが笑顔で口にした言葉にガックリと肩を落としそうになるが、それ以上に自然と笑みがこぼれ笑い声を上げるクロ。
「ははは、師匠、それじゃあお茶も入れられませんよ」
「うん、今はお茶よりもクロを感じていたいからね~クロにくっ付くと温かくて僕は幸せになるんだ~」
ほんのりと頬を染め抱き着くエルフェリーン。クロも顔を赤く染め魔力創造でペットボトルのお茶とジュースを出しリビングのソファーに腰を下ろす。
「ジュースなのだ!」
「キュウキュウ~」
キャロットと白亜にはジュースを進め歓喜の鳴き声を上げ、更に追加してペットボトルの飲料を魔力創造してキャロットに声を掛ける。
「みんなも喉が渇いているだろうからキャロットに任せてもいいか?」
「任せるのだ!」
「キュウキュウ!」
コンビニのビニール袋を魔力創造するとそれに入れキャロットに任せ、走り出すキャロットと白亜。屋敷には二人が残されエルフェリーンは口を開く。
「エルカジールに色々と言われたみたいだね……」
「はい……」
「僕にとって君は特別だし、研究対象だったのは本当の事だよ……」
「はい……そんな気がしていました。初めて会った時に助けていただき……その後はチラチラと自分を観察する姿があって……」
「そうだね……こっちに来てからはそうだったね。魔力創造を初めて見た時は驚いたし、クロの作る料理には驚いたね。何を食べても美味しかったからね。研究対象として魔力創造は素晴らしいものだと思うけど、それ以上にクロは僕の特別だからね……
特別………………それは今でも変わらない……いや、変わったかな……僕の一番の特別だからね……」
エルフェリーンは体を起こすとクロを見つめ頬に軽くキスをする。
「今は研究対象じゃなく一人の乙女として特別だからね~」
早口でそういうと振り返らずに部屋から走り去るエルフェリーン。残されたクロはキスされた頬に手を当て熱くなった自身の体温を自覚し、走り去った玄関を見つめるのだった。
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