レーシングカートと執着
シュミーズと共にコースへ向かうと既に完成しているのか試走をするエルカジールとルビーの姿があった。エルカジールの乗るレーシングカートは直線でスピードを上げカーブに入る直前に速度を落として曲がり、ルビーの乗るレーシングカートはお尻を滑らせカーブへと入り大きく膨らみながらクラッシュする。
「おいっ! 大丈夫か!」
「思っていたよりもスピオードが出ていましたが……」
「ふぅ、立ち上がりましたね……大丈夫そうです……」
レーシングカートから投げ出されたルビーが立ち上がりカートを確認して乗り込むと、急いでコースへと復帰し走り出す。
「怪我がないといいが……それにしてももうドリフト走行とか……まずは普通に走りをマスターしてからする事じゃないのか……」
走り出したルビーはS字カーブに入りエルカジールを追うが、エルカジールは最後のヘアピンカーブへ突入し綺麗なコース取りで抜け最後の直線を走りゴールし、レーシングカートから手を振るとコースの端に止め降りヘルメットを取る。
「これは凄く楽しいよ! この競技は絶対に流行るよ! 私の遊び場でも使いたい!」
興奮しながら叫ぶエルカジールはエルフェリーンへと詰め寄り、エルフェリーンは眉間に深い皺を作り素早くヘルメットを奪うとコースに止めているレーシングカートへ逃げるように向かいコースを走り出す。
「むっ、逃げられた……私は諦めないからね!」
直線へ向かいスピードを上げるエルフェリーンへ叫ぶエルカジール。すると、ルビーが目の前を猛スピードで通り過ぎ、慌ててコースから出るエルカジール。
「気を付けないと危ないね……ん? クロたちも来たんだね! これは凄いよ! 楽しくて、早くて、私は風の精霊にでもなったかと思ったよ!」
近づいて来たクロに迂回走り飛びつくとテンションを上げたまま話すエルカジール。その姿にビスチェの片眉がピクピクとしシャロンがソワソワとするなか、アイリーンがニヤニヤとした視線を向ける。
「それは良かったですね。ですが、まだ走っているカートがある時はコース内に侵入しちゃダメですよ。どうしてもコース内に入る時は必ず安全確認をしてから入るようにして下さいね」
「うん、わかったよ! 危うく引かれるところだったからね!」
直線という事もありスピードの出ていたルビーはそれなりに間隔を開けエルカジールを避けて進んだのだが体感ではもっと近くに感じたのだろう。
「ああ、そう言えばこれを設置しないとだな。ヘルメットはロザリアさんに届けて貰いましたが、これは大きいので」
エルカジールを丁寧に降ろしたクロはアイテムボックスからクラッシュパッドと呼ばれるコースアウトした際に衝撃を和らげる緩衝材を大量に取り出す。これは朝食を作り終わった合間に魔力創造で創り出したもので、ビニールのシートに包まれており雨にも強く、重さも見た目ほどではなく二人で持ち運べる。
それをアイテムボックスから大量に取り出すとキャロットと白亜が興味を持ったのか近づきキャロットが手にすると柔らかな感触に気が付き上に乗り横になる。
「これはベッドなのだ!」
「キュウキュウ~」
ベッド代わりに横になったキャロットとそれに寄り添う白亜。クロは仕方ないなと思いながらもクラッシュパッドを出し続け、その光景に皆が集まり首を傾げる。
「ここでお昼寝って訳じゃないわよね?」
「ああ、これはクラッシュパッドといってルビーがコースアウトしただろ。そんな時に役に立つ衝撃吸収材だな。今走っている二人がこっちに来たらコースに設置するから手伝ってくれ」
「クラッシュパッドも置くのなら地面をアスファルトで舗装したくなりますね~」
「アスファルトの舗装とかは素人には無理だろ。アスファルトは熱して定着させないといけないし、オフロードコースだと思えばこのままでも楽しめるからな」
「確かにそうですが……ああ、なるほど! ドリフト走行ならアスファルトよりもオフロードの方がいいですよね!」
アイリーンが煙を上げてドリフト走行するエルフェリーンとアイリーンに視線を向け納得し、クロはそうじゃないと思いながらも綺麗にドリフトしながらカーブを曲がる二人に感心する。
「土煙を上げ走るとは面白いのじゃ。尻を震わせ進むのじゃな」
「うふふ、七味たちみたいですね」
「土の精霊が喜んでいるわ。風の精霊も楽し気に一緒について行っているわよ」
「クロ、クロ、あれはどういう理屈で滑っているのかな? お尻がグリリリーってなっているけどカーブを出る時にグンってスピードが上がった気がするけど、どうなっているのかな?」
ドリフト走行を知らないエルカジールはクロの裾をクイクイと引っ張り疑問を投げかける。
「えっと、アレはドリフト走行と呼ばれるもので後輪を滑らせてカーブを曲がるテクニックです。スピードを落とさずにカーブに入れて小回りが利くそうです。とても難しいと書いてあったが……」
「書いてあった?」
「はい、この雑誌に……」
アイテムボックスから雑誌を取り出すと素早くそれを取り上げて目を通すエルカジール。他の者たちは二人のレースに夢中になりコースの試運転から本気で競い合うレースへと昇華されたそれを見て興奮気味に応援している。
「なるほど……さっぱりわからない……ただ、クロが特別だという事だけはわかったかな……」
雑誌からクロへ視線を向けニヤリと笑うエルカジールに対して背筋に冷たいものを感じるクロ。
「特別ですか?」
「ああ、クロは特別だね。クロは勇者に巻き込まれた異世界人なのだろう?」
エルカジールの言葉に心臓がドクンと跳ねるのを感じるが平静を装いながら口を開く。
「そ、それはどうしてですか?」
「どうしてって、あはははは、ほら、この本だよ~これは僕が知っている絵とはまるで違う。例えるなら本物を張り付けてあるような作りじゃないか。それに見た事のない文字や記号。多くの人が写っているが普通人族しかいないのもあるかな。こんなにも面白い遊びを人族だけしか興味がないとは思えないからね~」
エルカジールの考察に肩をガックリと落とすクロ。
「やっぱり特別だったね~料理や酒からもそう感じたからね~エルフェリーンがクロに執着する気持ちもわかるってものさ」
腕を組んでドヤ顔をするエルカジール。クロは顔を上げ「執着?」と口にする。
「ああ、執着しているぜ~エルフェリーンは弟子を育てるのが好きだけどクロへ向ける視線はそれとは違って見えたからね~私はこう見えてもエルフェリーンのお姉さんだし、長年一緒に暮らしていたから色々とわかるし感じるんだよ。エルフェリーンが最も好きなものは未知だからね。知らない物、珍しい物、初めて見る物を見つけて調べることが何よりも好きだからね~まさにクロ、君のことだね」
エルカジールの言葉に目を見開くクロは思い当たる事が多くゆっくりと視線をコースへ向ける。そこには直線を走る二台のレーシングカートがゴールし、僅差でエルフェリーンが前を走り両手を上げる姿があった。
「次は私が乗るわ!」
「あら、私にも乗り方を教えなさい!」
ビスチェとシュミーズが姉妹で走り出しレーシングカートから降りたルビーに操作を教わり、エルフェリーンは汗を拭いながらコースを出ると虚ろな視線を向けるクロに気が付き首を傾げ、クロの傍で雑誌を見つめるエルカジールの姿に眉間に深い皺を作るのだった。
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