昼食はパスタです
魔方陣の輝きが治まるとビスチェを含めたメイドや女騎士たちが走り寄り、ダリルの無事を確認できると叫び心配していたメイドが真っ先に抱きつきダリルに怪我がないかと声をかける。
「良かったです。良かったですぅ」
泣きながら心配してくれたメイドに抱きつかれた第二王子ダリルを羨ましそうに見つめるクロ。
「よくやったわね! 私はお腹が空いたわ」
「僕も朝から何も食べていないから空腹だよ~」
「はぁ……何でなにもしてない第二王子さまは心配されて、俺は昼食作りが確定してるんだよ……」
ガックリと肩を落とすクロだったが、ひとりクロを真剣な瞳で見つめる第二王子ダリル。
「クロさん! 何か手伝える事はありますか?」
メイドに抱きつかれたままそう言葉にするダリルに、クロは振り向かずに手を振り先に屋敷へと歩き出す。
「食事の用意など我々にお任せ下さい」
「殿下は安静にしていただければ、明日は王家の試練があるのですから」
メイドと女騎士からの言葉を受け小さく「わかった……」と口にする第二王子ダリル。その態度に頭を傾げるビスチェ。
「さぁ、帰って食事を取ったら純魔族の素材を使って、何か作るぞ~」
歩きながら両手を上げ叫ぶエルフェリーン。
「前も作ったわねぇ。確か、呪い耐性の高いネックレスを王家に送ったけどなぁ」
「こんな事が起きない様に五つも送ったのにね~」
エルフェリーンに続きビスチェも屋敷に向かって歩きはじめる。
「それって、二百年前から伝わって宝物殿に飾られている……」
「ああ、ホーリーリングと呼ばれている国宝が宝物殿には飾られているな……ここが出所だったのか……」
「二百年前にも同じ様な不祥事があったのでしょう……それなら殿下にもホーリーリングを貸し与えて下されば、この様な事が起きなかったのに……」
「二百年も前の事だ。伝承が失われていても仕方がない……それにしてもクロさんは凄かったな……」
先を行くクロを後ろから見つめる第二王子ダリルは小さく呟くのだった。
屋敷に戻ったクロは竈に火を入れて湯を沸かしテキパキと昼食の準備を進めて行き、肉を炒め始めた所でダリルやメイドたちが屋敷へと足を踏み入れ肉の焼ける香りとハーブの匂いに、緊張感のあった為か感じていなかった空腹に気が付きお腹の音が部屋に漏れた。
「いい香りですね」
「肉とハーブを炒めているのか?」
「微かに胡椒の香りもしますね……ごくり……」
キッチンで手際よく料理する後ろ姿を見つめるダリルはビスチェに椅子を進められ腰を降ろし、メイドたちもテーブル付近の椅子やリビングのソファーに腰掛ける。
「ビスチェは冷蔵庫から飲み物を出してくれ、オレンジを戻したジュースがあるだろ」
「は~い、師匠は氷の準備をして下さいね」
「ああ、それぐらいは任せろ」
ビスチェが冷蔵庫と呼ばれている大きな観音開きする木製の箱を開くと多くの調味料や果実が保管され、中にはガラス製のドリンクポットが数種類ありそれをひとつ取るとテーブルへ運びグラスを用意する。師匠は魔法で氷の塊を用意し指でなぞるとピキピキと音を立てて氷が粉砕されスプーンを使いビスチェの用意したグラスへと入れて行き、オレンジの液体が注がれた。
「それにしてもクロは魔道保冷庫を冷蔵庫だといつまで言い張るのよ。いい加減に冷蔵庫って呼ぶのをやめて欲しいわね」
「ははは、慣れた言い方というものがあるのは仕方のない事だよ。そういう名称で呼ばれた世界の住人何だから言い直さなくてもいいだろう」
「そうですが……何か引っ掛かるのっ! 引っ掛かるのっ! こっちの世界に来た事を悔いているみたいで気になるのっ!」
「悔いていないという事がない者などいないだろうに、急に違う世界に連れてこられたんだ。無理もない」
「でもでも、帰らなかったんだよ! それなら……」
「彼にも色々あるのさ……ビスチェだってひとに知られたくない秘密ぐらいあるだろ?」
「それは……」
頬を染め俯きがちになるビスチェ。他の者たちは今までの会話に引っ掛かる事があるのか口をパクパクさせる。
「クロは転移者と呼ばれる勇者なのか?」
第二王子ダリルが代表して疑問を口に出しニヤリと口角を上げるエルフェリーン。
「彼は五年前の魔王討伐に参加しなかったし、勇者でもないよ。ただ、異世界召喚という儀式に巻き込まれた不幸な青年だ。勇者たちは全員帰還を果たしたが、彼だけはそれを拒否してこの国に残った変わり者だよ」
「勝手に人の過去を語るのはいい女とは言えないですよ。こっちが鹿を使ったパスタで、塩気が足らない時はチーズでも掛けて下さい。それと卵スープにそれっぽい葉の炒め物です」
料理を運び始めたクロは第二王子ダリルへと一番に料理を並べ、エルフェリーンに届け、女騎士やメイドへと料理を運び、最後にビスチェへ届ける。
「何で私が最後なのよ!」
年功序列でいえばビスチェが二番目にくるのだが、「俺が最後だよ」とクロが口を開く。
「そうだけど……あむっ、美味しい! ニンニクの香りと鹿が甘く感じるし、パスタの茹で加減が最高よ! あむあむ」
「デザートにパンケーキを焼くから機嫌直せよな」
「あむあむ……」
「夢中かよ……はぁ……」
ため息を吐き卵を割る音が響くなか、第二王子ダリルもフォークを持ち運ばれてきたパスタを口にする。
「確かに素晴らしい味です……」
「ニンニクの香りを胡椒の香りが引き立てていますね……」
「食感も素晴らしいですが、これを彼が……」
「パスタは五年前に流行り出しましたが、まさか……」
「そうだね。彼が広めた物のひとつだよ。あむあむ……鼻を抜ける香りが堪らないね。それに隠し味で薬草を粉にした物を入れているからかな、魔力が回復している気がするよ」
「それでここまで鮮やかな緑色をしているのか。手を出すのが躊躇われるほどの緑色だったが、癖になる香りと味だ。もし可能ならクロを私の料理人として欲しいぐらいだよ」
味の感想のあとに漏らした本音を耳に入れたビスチェは立ち上がりキッチンとリビングの間に立って両手を広げ、第二王子ダリルへと眉間の皺を最大限深くして抗議する。
「それはダメ! クロのパンケーキは渡さない!」
その行動と言葉に笑いはじめるエルフェリーン。第二王子ダリルは驚きながらも「冗談だよ」と優しく声をかけ、メイドたちは肩を震わせ笑いはじめる。
「はぁ……パンケーキ=俺なのか……」
そうボヤキながらもパンケーキを裏返すと綺麗な焼き色が現れた事にため息を追加するクロ。
「こちらの冷たい飲み物も美味ですね」
「ドライオレンジを蜂蜜で戻しているから少し甘過ぎるが、疲れているのなら美味しく感じるはずですよ」
キッチンから声が掛かり目を見開くメイドや女騎士。
ドライオレンジはその名の通りにオレンジを天日で乾燥させた物でありふれたものなのだが、蜂蜜は貴重であり同じ重さの金貨と取引される事もある高価な物である。相手が第二王子ということもあるが、普段から使っているのは貴族の中でも上級と呼ばれる一部の者たちだけだろう。
「何だか普段よりも美味しい料理を食べている気がします……」
そう漏らした女騎士の言葉にパンケーキを重ねたクロはガッツポーズを取る。
「料理もそうですが飲み物も……今更ですがこの屋敷内も空気の淀みがないというか、見た目以上に空気が澄んでいますね」
メイドの一人がそう口にするとエルフェリーンはフォークで部屋の一角を指差す。
「あれは空気清浄機といって、クロが思い付きで作った物だよ。部屋の中に漂う埃や花粉を集める魔道機だね。私がたばこを吸うのを嫌って作ったのだから嫌味にしか取れないが、空気が新鮮な気がするよ」
誰もが空気清浄機を見つめるなか、ビスチェはキッチンへと向かい焼き上がって行くパンケーキを見つめ、にやけた顔で赤い宝石の様に輝く木苺のひとつを口に入れる。
「うまっ」
思わず声に出し慌てて両手を口に当てると振り向いたクロと視線が合い、頬笑みを浮かべ誤魔化しゆっくりと後ずさる。
「摘まみ食いするなよ……もう少しの辛抱だから野菜も食べて来なさい……」
「は~い」
逃げる様にテーブルに戻り葉野菜の炒め物を口にするビスチェ。
「クロさんと君とのやり取りは見ていて飽きないよ」
そうイケメンスマイルを浮かべた第二王子ダリルに、頬を染め葉野菜の炒め物を素早く口に入れるビスチェだった。
お読み頂きありがとうございます。
一時間後にあと一話上がりますので、もしよかったらお付き合いください。