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帰還を拒否した先で見た世界  作者:
第十二章 七味たちと成樹祭
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ターベスト王国の新年祭



 一方、クロたちはターベスト王国の王都で再会を喜んでいた。


「クロ殿! 収穫祭では貴重なレシピを教わりありがとうございます。湖畔の村の皆も感謝しておりました!」


「クロ~クロ~今年は屋台の数も増やしたよ~」


 多くの屋台が並ぶエリアでは定番の肉串や煮込み料理に加え、クロが教え商業ギルドが講習会を開き広めた揚げ物の屋台が並び人気を博している。そんな屋台の一角から声を掛けられたクロは、手を振る親子の顔を覚えていたのか手を振り返して足を向ける。


「エイラもすっかり女の子ね!」


「お久しぶりです。今年は良い場所を引き当てましたね」


 ビスチェは屋台を手伝う少女のエイラの服装と髪飾りを褒めながら笑顔を向け、料理を渡していたエイラは笑顔でターンしてスカートをヒラリとさせカーテシーをして笑い、クロは小魚のから揚げを揚げている店主のガラハラに向け口を開く。


「ああ、俺らがから揚げの初代店主みたいな扱いを受けていて心苦しいが、クロ殿のお陰でこの通り盛況だよ! マイラは商業ギルドと協力して各屋台をまわり油の温度に注意するよう声を掛けているよ! それにだ、今年は俺の家族以外にも屋台を出したいという申し出があってな、料理を教えて五店舗も出店しているよ」


「それは凄いですね。ここは商業ギルドも近く大通りに面していますから人通りも絶えない人気の場所ですし、売り上げも期待できそうですね」


 既に長い列を作っておりその人気ぶりにクロは感心していると、屋台をまわって注意喚起をしていた母親のマイラが現れ丁寧に頭を下げる。


「これはクロさん、収穫祭ではお世話になりました。村では魚のから揚げや野菜のから揚げが流行って大変でしたわ。あんたは話をしてないでさっさとから揚げを揚げる! エイラは笑顔で愛想よくしなさい!」


 手を止めていたガラハラは妻からの注意を受け小魚のから揚げに集中し、エイラもビスチェから離れ乾燥させた葉の皿にから揚げを盛り提供し料金を受け取る。


「忙しい時に顔を出してしまってすみません」


「いえ、クロさんのお陰でこの通りです! 他にも湖畔の村から屋台を出していますので、そちらものぞいて見て下さい。他の店では小魚以外にも芋を使ったから揚げや食べられる木の根を使った素揚げなどもありますのでお勧めですよ」


 商売人として優秀なのか、芋を使ったから揚げや食べられる木の根という宣伝を大きな声でするマイラ。その逞しさに思わず微笑むクロとビスチェ。白亜はキャロットやアイリーンたち行動を共にしておりこの場にはおらず、後ろで微笑む伊達眼鏡と猫耳を付け変装したメリリと師であるエルフェリーンは行動を共にしている。

 シャロンとメルフェルンは王城に向かいハミル王女とアリル王女の教育方針を王妃方から聞かれサキュバニア帝国側からの意見を求め会議中である。


「それは楽しみですね。食べられる木の根というのはゴボウの事かな?」


「ゴボウ? わかりませんが、クアルと呼ばれ昔から食べられている根菜ですね。木の根というのは誤解で、初めて見る人から見れば木の根に見える野菜ですからそう宣伝文句にして興味を引いています。味はとっても美味しいですから一度食べて下さいね」


 マイラに微笑まれクロも興味を持ったのか屋台の場所を聞きビスチェやエルフェリーンたちと共に移動を開始する。


 人で混雑する新年祭。年始ではなく春になり気候が落ち着いた頃に行われるようになったのは先々代の国王の誕生日を祝う事から始まり今では新年祭と呼ばれている。この日をもって市民たちはひとつ年を取る事になっており、成人する者たちはこの祭りで初めて酒の味を知るものも多く、中には酔い潰れている若者や冒険者などは邪魔にならないよう休憩所に運ばれている。


「本当に人が多いですね」


「はぐれないように注意しなさい。迷子になったらお城で落ち合う事になっているけど、ほら、手」


 頬染めたビスチェから差し出された手を掴むクロ。エルフェリーンはニシシと口角を上げるとクロの背中に飛びつく。


「うわっ!? ちょっと、師匠!!」


「僕は小さいからね~迷子になったら大変だろう?」


「そりゃそうですが……そうですね。師匠は背中にしがみ付いていた方が安全ですね」


 クロの言葉に違和感を持ったエルフェリーン。よく見れば人波の中には腰に武器を携帯している者や背中に大きなバスターソードを背負っている冒険者などが視界に入り、大切にされている実感が湧いたのか「えへへ」と表情を解す。ビスチェは手を繋ぎながらも口を尖らせ握力を込めようかとも思ったが、伝わる温もりと多少の緊張もあり足を急がせ目的の屋台へと向かう。


「クロ! あっちにはドライフルーツとナッツが見えるぜ~」


「あら、アプルの実を使ったお酒もあるわ!」


「今は目的の屋台に向かいますからね。後から寄りましょう」


 背中と前から発せられ声に、今はクアルの根の素揚げが気になっているクロは二人の意見を却下して先を急ぐ。


「うふふ、それを買ったら公園に入って少し休憩しましょうか。この人の多さではゆっくりと食べることができそうもありません」


 クロの後を付いてまわるメリリの声に「その方がいいかもしれませんね」と応えるクロ。


「それならアプルのお酒を買ってからね!」


「僕はクロのウイスキーがあればツマミはなんでもいいぜ~クアルの根も気になるし、定番の肉串でも美味しいからね~」


 二人の言葉にクロは飲み過ぎないように注意しなければと思いながらも足を進め、王都入り口近くの大通りへと辿り着く。屋台はそこら中に出店しているが、どちらかといえばハズレの出店場所である検問の見えるロータリーの様な広場に目当ての屋台を発見するクロ。


「あれね! こっちはあまり人がいないわね」


「でも、いい香りがするぜ~これは醤油の香りかな?」


「醤油を焦がしたような香りですね。あっちの屋台は醤油を使った肉串を売っていますよ」


 香ばしい匂いに自然と足が向きそうになるがビスチェの手を引きお目当ての屋台へと辿り着く四人。屋台には若い男女数名がお目当てのクアルの根を使った素揚げと山芋に似た粘りの強い芋をポテトフライにして揚げている。


「えっと、マイラさんからの紹介でクアルの根を使った料理があると聞いて来ました」


 クロの言葉に目を丸くする。


「え、エルフェリーンさま!?」


「それって、錬金術師さまのエルフェリーンさまだよね!!」


「私は前に薬師ギルドで見たことがあって、あの、流行り病の時には何度もお世話になって、その、あの、ありがとうございます!」


「薬作りは僕の仕事だからね~それに元気が一番だぜ~」


 急なお礼にも笑顔で対応するエルフェリーン。クロの背中から降りると感動している若い女性から握手を求められそれに応じる。


「握手もいいけどお目当ての料理を買いにきたぜ~クアルの根を使ったのと芋のやつを買わせてくれないか」


「はひ、すぐにご用意します! 急いで揚げたてを!」


 油の前に立つ男に叫び揚げた手を用意するよう声を掛け、男は「あいよ!」と元気な返事をすると薄くスライスしてある真っ黒なものを揚げ始めそれがクアルの根なのだろうと推測するクロ。

 クアルの根はゴボウに近い食感だがポリフェノールの含有量が多く、茶色い皮を剥けば真っ黒な中身が姿を現す。煮て食べるのが一般的だが油で揚げると風味が立ち独特の灰汁も抜け美味しく食べられると湖畔の村では大好評である。


「最後に塩を振って完成だ! 熱々を食べてくれ!」


 薄い木皿に盛られたそれを受け取り口に運ぶ一同は自然と表情が緩み、サクサクとした歯応えと塩が引き出す優しい甘さに一つ食べると止まらなくなる。


「これは美味しいね! サクサクで止まらなくなるよ~」


「ポテチよりも美味しいかも……」


「うふふ、これはビールによく合うかもしれませんね!」


「ウイスキーにも絶対に合うはずだぜ~優しいクロはウイスキーを出してくれるだろ?」


「あら、白ワインだって絶対に合うはずよ!」


 エルフェリーンとビスチェからお願いされクロはアイテムボックスから瓶を取り出しカップに注ぎ入れ、それを受け取って表情を溶かす二人。見た事のない酒と合わせる二人に屋台のものたちは生唾を飲み込み羨ましそうな視線を向けるが、すぐに次の芋のから揚げが揚がり薄い木皿に盛られ受け取り料金を支払うのであった。






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 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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