謁見の間とサロン
駄菓子を食べながら馬車は進み王城の大きな門を潜ると、楽団から壮大な曲が流れ始めた事に驚くビスチェ。
「急に何! 敵襲なの!? 敵なの!」
「ははは、これは英雄を迎える時や他国の王を迎える時に奏でる曲だね。僕がお城に行く時は何度か鳴らされた事があるよ……ん? 何でだろう?」
「そりゃ、師匠がネクロマンサーなんてのを倒したからじゃないですか?」
「ええっ!? 倒したのは僕じゃなくてクロだし、ネクロマンサーなんてのは魔道士がネクロミノコンを手にしたら誰にだってなれる役職だよ。こんな壮大な迎えをするほどの功績じゃないよ~」
エルフェリーンの言葉にビスチェとクロはネクロミノコンという伝説的な魔道書を手にする事がまず難しいと思い、ハミルとダリルはそれ以上に魔道士になる事自体才能がないと難しいだろうと思う。
≪ネクロマンサーとか少し憧れる≫
「アイリーンも頼むから変な文字とか浮かせるなよ。ビスチェも貴族に喧嘩を売ったりしないでくれな」
クロの心からの言葉にビスチェは「しないわよ!」と口を尖らし、アイリーンは≪フリですね≫と新たな文字を浮かせる。
「フリじゃねーよ! 白亜はリュックでいい子にして様な」
「キュウキュウ」
リュックを抱いているクロへ鳴く白亜は、わかっていると言いたげな鳴き声を上げる。
「ついたようですね。王からは感謝を伝えたいとだけ窺っています。簡単な式典があるかもしれませんが……」
「あむあむ……私がエスコート致しますね」
駄菓子カスまで綺麗に食べたハミル王女は騎士が馬車のドアを開けると先に降り手を差し伸べる。
「お手をどうぞ」
差し出した手に青のりと塩に油が付いている事に気が付いたクロは、ダリル王子へと視線を向ける。
「どうぞ、クロの兄貴がお先に」
イケメンスマイルを向けてくるダリル王子に、クロは頬笑みを返し口を開く。
「えっと、王子様より先に降りるのはちょっと……お願いだから先に降りて下さい」
そう頭を下げるとハミル王女の手を取らずに降りるダリル王子。ハミル王女は次に降りてくるだろうクロを見つめ、クロはエルフェリーンを見つめるが笑顔のまま首を振り、ビスチェとアイリーンも同じ様に首を横に振る。
「結局は俺かよ……」
シットリとするのり塩味の手を取り降りるクロにハミル王女は頬を軽く染め歩きだし、エルフェリーンたちがその後を続き、開け放たれている謁見の間へと足を進める。
体育館ほどの広い室内には多くの貴族や騎士が少し段の高くなった壁際に並び、エルフェリーン立ちの登場にざわつき、国王は椅子から立ち上がる。
「我が国の英雄が足を運んで下さったのだ。鎮まるのだ!」
その声が響くとぴたりと歓迎の曲と雑音はなくなり、ふかふかとした赤い絨毯の上を歩く静かな足音だけが耳に届いた。
「エルフェリーンさま、ネクロマンサーの討伐感謝いたします。それに天から女神さまが降臨なされ、王都は良い意味でも悪い意味でも混乱しております。どうかご説明願えませんか?」
少し距離のある所でハミル王女とダリル王子が停止するとクロたちから別れ、王妃の横へと向かいレッドカーペットに残されるクロたち。やや空気に飲まれていたクロはキョロキョロとしながらも王さまの声に耳にして顔を青くする。
これは俺の事だよな……俺が教会へ行かなかったから女神ベステルが大きな顔を夜空に出した訳だし……
「それは、」
「いいよ、クロ。僕から説明するよ」
一歩前に出るとエルフェリーンは口を開く。
「女神ベステルからは今回の討伐の感謝と、蜘蛛の魔物が新しい亜人種へと進化する条件を聞き、ここにいるアイリーンは無事に新たな亜人種へと進化したのさ。その事を大変喜んだ女神ベステルは僕たちを天界へ招待してくれたんだ。亜人種名はアラクネ。蜘蛛の特性を持った新たな亜人種。まだ言葉が上手く発声できないけど、練習次第でははなせるようになるらしいよ。
もうひとつは今回の首謀者であるネクロマンサーから取り上げたネクロミノコンなる魔道書の処遇だね。これは危険だから僕に預けると言われたよ。この魔道書は魔道士をネクロマンサーに変えアンデットを意のままに操るのだけれど、それの効果で純魔族の中でも死霊系のものへと不の感情を流すパイプがあってね。いわば純魔族へエネルギーを供給し続けるネクロマンサーを誕生させるモノといえば解りやすいかな。そういう魔道書なんだよ。これが事の顛末かな」
クロが転移者である事実や女神に毎週お酒を奉納する話やネクロミノコンをどさくさに紛れて自分の物にしている事実などは上手く隠され説明するエルフェリーン。
この時クロは思った。これが詐欺師の手口であると……
「そうですか……その様な事が……エルフェリーンさま、それに友の者たちよ、感謝する。アイリーンも娘の呪いの解呪に力を貸してくれたと耳にしている。本当にありがとう……」
深く頭を下げる国王の行動に多くの貴族がざわつくが、そんなこと気にしていないと思えるほどの態度で頭を下げ、二人の王妃や王子たちも深く頭を下げる。
「私としては何か褒美を取らせたいのだが……爵位などを受け取ってくれる種族ではないのは知っている。エルフは種族を地位を好まず……クロとアイリーンは名誉男爵などの爵位は欲しいかね?」
≪私には持て余します≫
「じ、自分も爵位よりも地下水道の整備や、恵まれない子供たちの救済を求めます」
宙に浮く文字を見た貴族からは小さく歓声が上がり、クロの上ずった声に小さく笑い声も聞こえたが、言葉の内容に笑う者はおらず何度か頭を上下させた。
「そうか……ならば、そう取り計ろう。これを持ってこの度の件は終結とする。態々王城まで足を運んで頂き感謝する」
再度頭を下げる国王陛下にクロとアイリーンも頭を下げ、ビスチェは腕組みをしたまま動じず、エルフェリーンは笑顔で微笑む。
「ふぅ……国王の仮面を被るのも疲れるものだな……」
そう呟きながら王家専用のサロンへと現れた国王陛下を出迎えたのは王妃二人であり、謁見の間から退出するとすぐに会議が行われグッタリと疲れた表情で姿を現したのだ。
「本当にお疲れ様です」
「あれほどの出来事がこんなにも早く解決したのもエルフェリーンさまのお陰ですね」
「そうだな……数が数えられないほどのレイスにネクロマンサー……騎士や聖騎士で事にあたったとしても、犠牲者がどれほどでたか……しかもだ、その場で死した者はアンデットとなり甦る……まさに死の悪循環……本当にどれほど感謝してもしきれないな……」
「僕としては、ありがとうの言葉だけで十分だからね~」
奥の椅子に座りエルフェリーンは笑顔でウイスキーのロックを掲げ、クロとアイリーンは立ち上がり頭を下げる。ビスチェはミカンゼリーに夢中であり、白亜は口を開けあ~ん待ちである。
「この度は本当にありがとうございます。多くの民の命に騎士たちの命まで……深く御礼申し上げます」
「ついでだからねぇ~ハミルの様子見で事件に巻き込まれただけだし、ネクロミノコンが手に入ったのは嬉しいし、クロの魔力が上がって、アイリーンが進化して新たな亜人種だよ。困る事なんて何もなかったよ~むしろプラス収支だね! ぷはぁ~」
「そういって頂けると、こちらも気が楽になります……」
頭を上げた国王陛下がエルフェリーン立ちの元へ足を進めると、エルフェリーンは新しいグラスに氷とウイスキーを注ぎ入れ手渡す。
「これは僕からの褒美かな? クロが用意したものだけど一杯どうだい?」
「それではありがたく……ぷはぁっ!? 強い酒ですな。まるでドワーフの酒のようだ……だが、香りが堪らない……美味い!」
「そうだろう、そうだろう。これはウイスキーと呼ばれる異世界の酒だよ。女神ベステルが求めた酒だね」
エルフェリーンの言葉を聞いた国王の瞳が大きく開かれクロを見つめる。この時点でエルフェリーンが謁見の間で説明した事に嘘が混じっていた事を推測する国王陛下は眉間に深い皺を作る。
「これは内緒だぜ~こんな便利な能力がばれたらどうなると思う? その先は言わなくてもわかるだろうけど……僕はこの国が好きだし、今の王族を気に入っているんだ」
エルフェリーンはここに集まる王族の一人一人と視線を合わせてから言葉を続ける。
「クロは僕の家族だし、アイリーンもそうだ。もちろんビスチェと白亜もだよ。僕にとって国とは大きな家族だからね……間違った者には怒るし、頑張った者たちは褒めたいんだよ。この国は成り立ちから知っているし、力を貸したいと思うのは当時と同じだけどね……失望させないでくれよ」
「はっ! この命に変えましてもご期待に添える国にして見せます!」
グラスを心臓の位置にあて宣言する国王陛下。その後ろでは王妃二人が頭を下げる。
「うんうん、無理はしちゃダメだけど力は尽くさないとね! 今日はクロからいっぱい美味しいお酒を出してもらって飲み明かそうか!」
「私は白いワインがいいわ! あれは飲みやすくて美味しいのよ」
≪私はカルーアミルクとモスコミュール≫
「キュウキュウ」
「色々な味のポテチが食べたいです!」
ハミル王女までがリクエストの輪に加わりクロは意識を集中させ魔力創造で酒やお菓子を創造すると、国王や王妃は確かに凄い能力だと感心した瞳を向け、ダリル王子はキラキラとした尊敬の瞳を向ける。
「二日酔いには注意して飲み食いして下さいよ……はぁ……ダンジョンは明日以降か……」
クロの口から漏れるのだった。
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