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帰還を拒否した先で見た世界  作者:
第十二章 七味たちと成樹祭
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成樹祭



 壮大という単語がぴったりな世界樹の根本には三百人ほどのエルフが集まり成樹祭が行われていた。根元から見た世界樹は巨大な壁の如き壮大さで始めて来る若いエルフたちは目を見開き固まり、各村から来た長老たちは懐かしい再会に喜びを分かち合う。


「ペプチの森の長老、成樹祭を楽しみにしていたぞ」


「十年振りの祭りだ。皆で騒ぎ世界樹さまを楽しませようぞ!」


「何やら見慣れぬ酒があるようだが……」


「それにこの香りはいったい……」


「ペプチの森では特別な酒と新しい料理を披露させてもらったわ!」


 長老たちの前で自信満々に宣言するキュロット。同じペプチの森出身のものたちがガラスのグラスに白ワインを注ぎ入れ流れてくる香りに葡萄だと理解するがその黄金の色に目が釘付けになる。


「あれが酒だというのか……」


「まるで金のような色合いだぞ……」


「赤くない酒は珍しいが……」


 エルフたちの間では酒=赤ワインであり他の酒はあまり好んで飲むことはない。他にも酒はあるのだが基本ワインという世界で白ワインの登場に驚きが隠せないのだろう。


「それにこの香りは薬草を使っているのか?」


「薬草の香りなのに胃を刺激するな……」


「見たことのない酒に料理とは驚いたが肝心な味はどうなのかの?」


 世界樹の広場では多くのエルフたちが白ワインと料理に視線を向けており、早く食べさせろという長老たちの声に口には出さないが心の中で同意している。


「酒と料理は世界樹神さまが降臨されてからでしょう。それまでは待ちなさい」


 そう言いなが口角を上げサディスティックな表情を浮かべるキュロット。その横では申し訳なさそうにするランクスの姿があり、世界樹の女神に早く来てくれと心の中で何度も願う。

 その祈りが通じたのか世界樹が発光し、まわりに浮遊していた精霊たちもキラキラと輝き登場する世界樹の女神シソリンヌ。


「お待たせしたようですね。多くのエルフたちよ、常日頃から世界樹を守り、育て、共に生きて行く事に感謝を……」


 深く頭を下げる世界樹の女神にエルフたちも深く頭を下げ、若いエルフたちは自分たちが信仰する女神のその言葉を受け涙する者もおり、厳かな雰囲気のまま顔を上げるシソリンヌ。


「ペプチの森が主催でしたね」


「はい、特別な酒と料理をお持ち致しました。是非、お召し上がり下さい」


 キュロットが答えるとランクスが急ぎ白ワインをグラスに注ぎ入れ、フランとクランがから揚げと焼うどんを持ち世界樹の女神の前に向かう。


「こちらが本日用意した白ワインとから揚げに焼うどんと呼ばれるものです。この世界広しといえどこの白ワインは我らにも作ることができず、ある者の協力を仰ぎ手に入れることができました。赤ワインよりも渋みが少なく飲みやすい白ワインをどうかお召し上がり下さい」


 震える手でランクスが進み手渡すとクスリと笑い、口元に近づけ香りを楽しむとそれを口に入れ上品に飲み込む。


「ふふ、とても美味しいわ。貴重なワインをありがとう」


 その言葉に会場が盛り上がりペプチの森の若いエルフたちは涙をする。フランとクランは早く自分が作った料理を食べて欲しいのか皿を持ち待ち続け、二人へ歩み寄った世界樹の女神が串の刺さった唐揚げを手に取り口にし微笑み、フォークを手にして焼うどんを口に運び何度も頷く姿に、他の村のエルフたちはどんな味だろうかと想像しながらすぐにでも会場に設置されている屋台へ走りたい気持ちを抑え込む。


「どちらも大変美味で美味しいですね。フランとクラン、とても美味し料理をありがとう」


 その言葉を受け決壊したように涙が流れるフラン。クランは「ん……」とマイペースに返事をすると世界樹の女神用に用意されているテーブルに残りを置き、フランが手にしている焼うどんも置くとフランの背を押し屋台の方へと退場する。ランクスは白ワインを片手に持ったままテーブルの脇に佇みソムリエのような立ち位置で世界樹の女神に仕えるべく残る。


「お酒も料理も本当に美味しいわ。皆も味わい楽しんで下さい」


 優しい声が響きエルフたちが一斉に動き出す。白ワインを求め走り、から揚げを求め飛翔し、焼うどんを求め魔力を開放する。長老たちは自分たちの子孫である若いエルフが酒や料理を求める姿に笑い声を上げるが次第に盛り上がる争奪戦に熱を帯び始め声援を送る。


「そこだ! 他のエルフに負けるな!」


「空から屋台に並ぶとかマナーを知らんのか!」


「早く黄金のワインをもって来ぬかっ!」


「前に並ぶものを押しのけろっ!」


 長老たちの言葉に呆れたような顔をするキュロットだが、自身が他の集落で主催された成樹祭では多くのエルフを物理的に地に沈めた事など覚えてはいないのだろう。


「キュロットよ。少し来なさい」


 手招きをする世界樹の女神に、何か問題があるのかしら? と首を傾げながらも歩みを進める。


「キュロットよ、この白ワインはクロから分けていただいたのですね?」


 世界樹の女神の座る席の前に立ったキュロットはその言葉を聞きハッとする。クロが神さま相手に奉納している事を口にしており、中には女神と対峙したと話していた事やビスチェが自慢げに三人の女神とお酒を飲んだ話を聞いていたのだ。世界樹の女神がその中に含まれている話は聞いていなかったが、その可能性があることを考えていなかったのだ。


「は、い……確かにクロに用意させました……」


「やっぱりそうですか……この白ワインは赤くないブドウから作られこの世界には存在しない物……そうですね……新たな葡萄を私が作りますのでペプチの森で白ワインを作ってはどうでしょう」


 そう口にすると右手を高く掲げ光に覆われ、次の瞬間には大ぶりの白い葡萄が実る葡萄の木が現れる。高さ二メートルはあるそれは鉢植えに入れられ添え木に巻き付き真っ白い実をいくつも実らせていた。


「白い葡萄……」


 そう口にするキュロットはその場で膝を折り女神の奇跡に頭を下げる。


「本来はもっと緑がかった色をした葡萄なのですが、こちらの品種の方がより黄金に輝くワインを作ることができるでしょう」


 キュロットと世界樹の女神のやり取りは屋台に並んでいた者たちの瞳も奪い、新たに誕生した白い葡萄の木に歓声が巻き起こる。


「新たな葡萄の誕生だ!」


「今年の成樹祭は今までになかった事が起こっているぞ!」


「新たな種の誕生に酒を捧げよ!」


「我らエルフは新たな酒を作ることができるぞ!」


 盛り上がる会場で微笑みを浮かべながら白い葡萄の木を地面に下ろし白ワインを口にする世界樹の女神シソリンヌ。


「少し前ですがクロの料理や酒を色々と御馳走になりました。どの料理も目新しくとても美味なものでした。今日用意された白ワインやから揚げに焼うどんもそれらに負けない美味しさがあり、料理をする二人が努力していることも耳に入っています。ペプチの森のキュロットよ。感謝を……」


 座りながらも深く頭を下げ、キュロットは薄っすら涙を浮かべながらも膝を付きお褒めの言葉を受け静かに頭を下げる。


「これからはクロの負担が少しでも減るよう白ワインを量産するのですよ」


 新たに手を天に掲げ光に包まれ現れる白い葡萄の木に、エルフたちの歓声はピークに達するのであった。






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 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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