教会へ
コブネダケを売り切り閉店となった屋台では犬耳親子からお礼を言われ、クロも「楽しかったです」と逆にお礼を言い出すと目を丸くする犬耳母。少女は別れが寂しいのか仲良くなったメルフェルンとハグし、微笑むメリリにも抱き着き付くと大きな胸に埋もれながらも目を赤くしながら別れを惜しむ。
「お姉ちゃんたちもありがとう」
「屋台を手伝ったのは初めてのことですが皆さん喜んでくれ私も楽しかったです」
「うふふ、私もです。門番の経験はありましたが、あれよりも遥かに遣り甲斐のあるお仕事ですねぇ」
そんなやり取りをしていると踊っていたアイリーンと七味が現れ、その横には複雑そうな表情を浮かべた聖女と聖騎士たちの姿があり、クロは慌てて聖女の前に立ち七味たちの潔白を証明しようと早口で捲し立てる。
「すみません、アイリーンと七味が迷惑を掛けたみたいで、申し訳ないです。七味たちは凶悪そうな見た目ですが魔獣登録も済ませています。何か問題があったのなら俺が、」
「いえ、アイリーンさまに話を聞き問題などは特にありませんが、通報があったので確認の為に私と聖騎士たちが派遣されただけですので……」
「そう言うことだ。子供たちと一緒に踊っていた時は驚いたがアイリーン殿から魔獣証明を見せてもらったし、リボンを巻いているから野生の魔物と見られる事もないだろう」
聖女と聖騎士団長からの言葉にアクシデントはなかったことを知ると胸を撫で下ろすクロ。
「そっちよりこっちの方が問題なのだ!」
「キュウキュウ!!」
白亜を抱くキャロットが現れその手には大量の肉串が握られており、更に後ろには眉間に深い皺を作るおばちゃんの姿がある。
「お金が足らなかったのだ! 金貨を出したら怒られたのだ!」
「屋台で金貨を出す馬鹿はいないよ! エルフェリーンさまの連れだとみんなが言うから売ったが、建て替えて貰えるかい?」
「はい、面倒をかけて申し訳ないです……」
料金を支払うとホクホク顔で去って行くおばちゃんに一礼して見送ったクロは、大きな口を開けて肉串を咀嚼するキャロットへと向き直る。
「俺が支払いと謝罪をしている横で堂々と肉串を食うとは……」
「冷めると固くなるのだ! クロにも一本あげるのだ!」
「キュウキュウ~」
差し出してくる肉串は醤油が塗られており鳥系の魔物の肉を使っているのか焼き鳥に近い見た目であり、その味に興味を持ったクロは受け取るか説教を続けるか一瞬迷い、その一瞬をつきビスチェが手にすると一口食べて表情を変える。
「微妙ね……はい、クロに返すわ」
「いや、俺はまだ受け取って……はぁ……まあいいか、あむあむ……ただ醤油を塗って焼いただけだな……香ばしさと肉の旨味はあるが甘さが少ないからあまり美味しくはないかも……」
屋台のおばちゃんがいないこともあり感想を口にするクロ。アイリーンは鼻息を荒げているが焼き鳥のように一つ一つが離れているので間接キスという訳でもないだろうと思うクロ。
「クロ先輩! シャロンくんにも買って帰りましょう! 二人であ~んし合って下さい!」
どうやら間接キスというよりもビスチェではなくシャロンに置き換えて鼻息を荒げていたようである。
「そんな事しないからな……はぁ……聖女さま方がいるし、お布施を渡して屋台の探索に戻ろうか」
用意していたお布施を入れた小さな袋をポケットから取り出すクロ。すると、残念そうな表情を浮かべる聖女は口を開く。
「えっ……教会へは来て下さらないのですか?」
「俺たちも教皇から是非教会へいらして欲しいとお願いされているぞ」
「アタシは再戦希望だな!」
聖騎士団長の横から顔を出したのは以前決闘をした剣聖の娘であるレーベス。前よりも大人びた風貌で落ち着いた雰囲気をしており、鋭かった目つきではなくなりどこか優しさを感じるものと変わっていた。
「丸くなった?」
「あぁ~テメ~やんのかっ!」
クロの感想にヤンチャな声を上げるレーベス。まわりの聖騎士たちは素早く距離を取り聖騎士たちには恐れられているのだろう。
「やらんやらん、それよりも教会へ行くのならシャロンや王女さま方にも声を掛けてこないとな」
「まあ、それでは私は教会へ知らせて参ります!」
両手を合わせて喜ぶ聖女は一人走り出し慌てて聖騎士たちはその後を追い、いつもの様に教会へと行く流れになるのであった。
教会に到着すると真っ先にクロがおり子供たちが駆け寄ると飴を配り出し、その隙付いてアイリーンと七味たちが降りてひと固まりになり踊り始める。
≪七味たちと一緒に踊りたい人はいるかな~≫
先ほど広場で踊っていた事もあり、両手を上げてお尻を振り踊り始める七味たちとアイリーンに、クロの群がっていた子供たちはテンションを上げて踊り始める。
「体操のお姉さんみたいだな……」
ひとり呟くクロ。
「あらあら、前にきた時は鉄のような蜘蛛でしたが、今度は七匹もいるのですね」
教皇が姿を現すとクロは慌てて七味たちの説明を口にし、それを聞いた教皇は驚きながらも「魔物にも文化があるのですね」と感心したようにダンスを見つめる。
「子供たちが楽しそうで良かったです」
「子供たちの笑顔は大人が守るものですから、それにクロさまは神々すらも笑顔に変える素晴らしい魔法をお持ちです」
聖女の言葉に、笑顔というよりも貢がされているだけではと心の中で思うクロ。
「クロ! 折角だし手合わせしないか?」
聖女や教皇と話しているとレーベスから声が掛かり顔を引き攣らせるクロ。
「アイリーンは子供たちとダンスしているし、他に適任者がいれば……ん?」
「うふふ、私がお相手致しましょう」
一歩前に出たメリリがレーベスの瞳に写り、微笑む瞳の奥に死神のような気配を感じるとニヤリと口角を上げる。
「あんた強いな……目の奥にヤバイ気配を感じるよ……」
腰に差している魔剣に手を掛けメリリを見つめるレーベス。
「ちょっと待て、待て待て、やるにしても裏庭か冒険者ギルドの訓練場を借りてからだ!」
慌てて止めに入る聖騎士団長にクロはホッとしながらも「あの、これ、少ないですがお納めください」と口にして教皇へとお布施を渡し、教皇は両手でお布施を受け取るとクロの肩を押して教会へと入り、聖女やビスチェたちが中へと続くとメリリは殺気を収め後に続き、レーベスはその場で額から流れる冷や汗を左手で拭い、カチャカチャと音を立てる魔剣のグリップを持つ右手を左手で押さえる。
「あいつ何者だよ……クロとは違った凄味を感じた……エルフェリーンさまやビスチェのような威圧感とは違う……何か……得体のしれない……」
ひとり呟くレーベスに聖騎士団長が近づき口を開く。
「そりゃそうだ。あれは『双月』だな……」
「はぁあ!? 『双月』だって!?」
「ああ、間違いない。俺は一度だけだがカイザール帝国で見た事がある……あの目の奥は人を引き込む力がある……模擬戦をするにしてもあの瞳を見続けるのはやめろ……」
「いやいやいや、『双月』は貴族の門番として東の連合に……」
「コボルト風の耳を頭に付けちゃいるが間違いなく『双月』だ。俺も震えが治まらない……」
「クロたちはどうして『双月』何かを従えて……」
冒険者としての『双月』という悪名を知る者たちからすればクロがメリリと一緒に行動を共にしている事に疑問を抱くのは仕方のない事だろう。『草原の若葉』といえばこの地では救済者として有名でありエルフェリーンが作るポーションなどの薬は多くの民を救い続けている。夏前には流行り病の特効薬を作り感染予防法を広めたのも彼らであり、それが『双月』という悪名高い冒険者を従えている事に眉を顰めるレーベルと聖騎士団長。
そんな緊迫した空気を纏った二人とは対照的にアイリーンは七味たちと踊り続け、子供たちもテンション高く踊り続けるのであった。
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