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帰還を拒否した先で見た世界  作者:
第十二章 七味たちと成樹祭
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屋台に巻き込まれるクロたち



 肉串の感想を言い合い長い行列から離れようとするクロだったが袖を引かれ振り返る。


「ん?」


「キュウ?」


 白亜も袖を引いている存在に気が付いたのかリュックから顔を出す。そこには犬耳をした少女がおり、クロと視線を合わせると「こっちのキノコもおいしいよ」と口にして行列が全くない隣の露店を指差す。


「キノコの串焼きだな。美味しいのならそっちも買おうか」


 そう声に出すとパッと表情を明るくし、親だろう同じ犬耳をした母親は急いで串に刺さったキノコを焼き始める。


「あら珍しいキノコね。コブネダケじゃない」


 キノコに詳しいビスチェの言葉にキノコの形が小さな船を連想させ、確かにと思うクロ。


「コブネダケは洪水が起こるとよく流れてくるのよ。軸の部分がすぐに取れて船のように水面に進んで広い地域に流れ着いて川岸の木陰に胞子を飛ばすのよ」


「池のまわりでもよく取れるキノコなのじゃ。焼いて食べるとキノコらしい味がして美味いのじゃ」


「海岸近くのコブネダケはしょっぱい事があるから注意しなさいよ。前に母さんが酷い目に遭ったと言っていたわ」


 ビスチェとロザリアの話を聞いていると醤油の香りに混じってキノコの焼ける香りが鼻腔をくすぐり、何とも食欲のそそりキュロットから盛大なお腹の音が響く。


「前にクロが作ったキノコの肉詰めが食べたいのだ!」


「キュウキュウ~」


 白亜も同意見なのか甘えた鳴き声を上げ笑って誤魔化すクロ。


「あれも美味しかったが我はすき焼きが食べたいのじゃ」


「すき焼きよりもちらし寿司が食べたいわ。サーモンとイクラをたっぷりと乗せたちらし寿司が食べたいわ!」


「酢飯は美味しいですよね。僕はまたマグロのお寿司が食べたいです」


 コブネダケが焼き上がるのを待ちながら好き勝手話す皆の意見に耳を澄ませていると塩を振ったコブネダケが焼き上がり料金を払い口にする一行。


「うむ、この味なのじゃ。素朴でありながらも奥深いキノコの香りと旨味が確りと感じるのじゃ」


「懐かしい味だわ……」


「美味しいけどあまり美味しくないのだ……」


「うふふ、まわりから味噌や醤油の香りがするとインパクトが弱く感じますねぇ」


「それだけ味噌と醤油の香りが強いと味が負けちゃいます……僕は美味しいと思いますよ」


 ロザリアとビスチェには好評だが他の者にはありふれた味に感じてしまい好評とは言えないコブネダケ。クロは自分ならどうやって料理するか考えながら口にし、素朴なキノコの風味と柔らかな食感に「バターソテーか天ぷらか炊き込みご飯か」とひとり呟く。


「バターソテー? 天ぷら? 炊き込みご飯?」


 犬耳をピクピクと動かし聞き耳を立てる少女と母親。少女は目をキラキラとさせクロの腰に抱き着く。


「お兄ちゃんはコブネダケで色んな料理が作れるの?」


「ああ、作れるぞ。ただ、コブネダケの柔らかな食感と風味を考えると今みたいに串にして焼くのが一番……そうだな、ひっくり返らないように串を二本差して、バターを乗せて焼いて、最後に醤油と柑橘系の皮を少し振りかけるともっと美味くなるかもな。少しいいですか?」


 母親に断りを入れると屋台にまわりコブネダケの両端に串を刺して焼いて行くクロ。火が入り始めると内側から水分が出始めそこにバターを入れ溶けた所に醤油を少量かけると何とも言えない香りが広がり、最後に柚子の皮の粉末を少量振り焼き上げる。


「バターと醤油の香りがいいわね!」


「バター醤油とか最強の組み合わせですねぇ~」


「うむ、我も一本欲しいのじゃ」


 試しに作った一本を犬耳親子に渡すとクロは串を刺してコブネダケのバター醤油焼きを量産し始め、最初の一本を二人で食べた親子はその味に目を見開き「美味しい!」と声に出し、メリリとメルフェルンが串打ちを手伝い焼きと味付けに専念するクロ。


「これは確かに美味しいですね。マヨをかけて焼いても美味しい気がします!」


「マーヨマーヨマヨ、マヨヨヨヨ~」


 焼き上がったコブネダケのバター焼きを口にしたハミル王女とアリル王女も味が気に入ったのか感想を口にして微笑み歌い、ビスチェやロザリアたちも焼き上がったそれを口にして表情を溶かす。警備していた近衛兵たちにも配りその味に満足したのか何度も頷き、その後ろには長い列がいつの間にかできており犬耳親子と共に屋台を手伝いコブネダケのバター醤油焼きを量産する。


「我らがいては邪魔になるのじゃ。我らは少し離れた場所へ移動するのじゃ」


「そうね。メリリとメルフェルンが手伝っているし、王女やシャロンの事を考えると人の少ない場所へ行きましょ」


「あっちのお肉も美味しそうなのだ!」


「キュウキュウ~」


 リュックをクロから受け取ったキャロットは湯気を上げる肉串の屋台へ走りビスチェは迷子にならないよう追い掛け、ロザリアとシャロンに王女たちは馬車へ戻り安全を確保し、アイリーンと七味たちは屋台をまわり悲鳴を上げられながらも陽気に踊る七味たちに笑い声が湧き上がり、悲鳴を上げていた子供たちだったが楽しそうに踊る七味たちと同じように両手を上げてお尻を振るダンスを踊り、小雪の前にはいつの間にやらオヒネリが集まっている。


「凄い行列の屋台があるかと思ったらクロ先輩は何をしているのですか……」


 小一時間ほど屋台を手伝っていたクロの前に客として現れたルビーにツッコミを入れられ苦笑いを浮かべながらも注文を受けるクロ。隣にはその叔父のドワーフの男がおり会釈をし、クロも同じように会釈を返す。


「前に貰ったウイスキーの礼をと思ったが忙しそうだな」


「どうしてもお礼が言いたいと……」


「ああ、別に気にしないで下さい。ルビーには色々とお世話になっていますし、ゴーレム馬車は見ましたか? あれは凄かったですよ」


「おお、見せてもらったよ! ありゃ馬車業界に革命が起こるぞ! 馬なしで馬車が引けるのはもちろんのことだが、サスペンションとかいう技術やキャタピラという技術は圧巻だった! パワーもあるからあれに荷台を付けても十分に走れるだろう! 流通業界にも革命が起こるぞ!」


 先見の明があるのかゴーレム馬車の可能性を興奮気味に話すルビーの叔父。それを黙らせるために焼き上がったコブネダケのバター醬油焼きとウイスキーの瓶を数本持たせるクロ。


「いや、我はお礼を言いに来たのだが……まあ、貰えるものはありがたく貰うが……すまん……」


「クロ先輩はわかっていますね~これからドワーフの集まりがあるので、明日の昼にでもお迎えをお願いします」


 そう口にしてウイスキーの瓶を大事そうに抱き込むルビーに相変わらずだなと思うクロ。


「行列が終わりを見せませんね……」


「うふふ、クロさまがいうようにこの伊達眼鏡と付け耳を装備すれば私だと気が付かれませんね」


 行列が減る所が長くなることに顔を引き攣らせるメルフェルン。メリリは王都へ向かうなら変装か紙袋の二択を迫られ黒縁眼鏡と犬耳のアクセサリーを付け参加しており正体がばれずに済んでいる。もし、素顔のメリリが屋台の手伝いをしていれば半径三十メートル以内に入って来るものは皆無だっただろう。


「凄いね! こんなに売れるのは初めて見るよ!」


「そ、そうね。でも、用意していたコブネダケがもう残り少ないわ……」


 少女は喜び尻尾を揺らし、母親は完売間近のコブネダケに驚きながらも、明日からバター醬油焼きを売ろうと心に決めるのであった。







 もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。

 

 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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