お騒がせな王都デビュー
「おい、あれりゃ何だ?」
「魔物っ!? 虫系の魔物だっ!」
「検問中止! 今すぐ避難をっ! 兵士を呼べつ!」
王都の入り口では大きな声で叫ぶ門番たちと慌てながら避難誘導される商人や冒険者たち。なかには腕利きの冒険者も混じっているのか初めて見る黒い魔物らしきそれに剣を構え、兵士と一緒に迎え撃つ姿勢を取る。
「お~い、これは最新のゴーレム馬車だからね~」
そんな叫びは自走するキャラピラの音でかき消されているが、黒い物体の上部には梯子が取り付けられておりそこに掴まりながらアイリーンが糸ででかでかと文字を浮かべ、一定の距離で停車すると中から飛び出て手を振り叫ぶエルフェリーン。
≪錬金工房草原の若葉の最新作ですのでご安心を~≫
浮かぶ文字と降りてきたエルフェリーンの姿に安堵する兵士たちと冒険者。なかでもドワーフの男たちで構成されている『熱い鉄』の三名は新たに開発したキャタピラ装甲ゴーレム馬車に駆け寄ると目を輝かせて観察を始め、出てきたクロと挨拶を交わすと質問攻めが始まるのであった。
「ゴーレムを使い馬が必要な糸は驚いたぞ! これは馬車なのか?」
「車輪ではないこれはいったい何だ!」
「上に梯子を付ける意味がよくわからん! 詳しく教えてくれ!」
以前ダンジョンでお世話になった事もあり、顔見知りな『熱い鉄』の三名にクロが丁寧に説明をする。
「えっと、ゴーレムを動力とした馬車ですね。自走式なのでキャタピラと呼ばれる特殊な車輪を使い悪路でも走行可能で、左右のキャラピラが独自に動き方向転換も自由に行えます。装甲は巨大なムカデの甲殻を使い、高い所の果実も収穫できるよう梯子を付けました。内装はレッドカウの皮を使ったソファーと運転席にはシートベルトも付け安全性にも気を配っています」
クロの説明を耳にしながら外装やキャタピラを見つめるドワーフたち。兵士はエルフェリーンから話を聞き、避難していた者たちも安心だと解るとエルフェリーンのまわりに現れ遠目にゴーレム装甲馬車を興味深げに見つめる。
「エルフェリーンさま、できたらで構わないので、ああいった珍しい馬車で来られるときは先に一報いただけると嬉しいのですが……」
強く言えない兵士長からの遠回しなお小言に、エルフェリーンは両手を合わせて「ごめんよ~」と謝罪する。
「以前も蜘蛛の魔物を連れ現れた時も申したではありませんか……はぁ……」
「そうだね~アイリーンが蜘蛛だった時だね~ちなみに蜘蛛が増えてね~今じゃ七匹の蜘蛛も一緒に行動しているぜ~ほら、馬車から出てきたぜ~」
エルフェリーンの言葉に兵士長と兵士たちは顔を引き攣らせ、わらわら出てきた七味たちが整列すると一斉に立ち上がり両手で履いていないスカートを摘まむ仕草をしてエアカーテシーを決め、アイリーンが文字を浮かべる。
≪七匹揃って七味です。どうぞよろしく。悪い蜘蛛じゃないよ≫
「ああ、思い出した。前にも同じことをした蜘蛛がいたな……」
「あはははは、そうだね。アイリーンが同じようにカーテシーを決めていたね。あはははは」
「あはははは、じゃないですよ! テイムした魔物が一緒ならあちらの門を使って下さいと前にも言ったじゃないですか!」
遠くに見える別の大きな門を指差す兵士長。あちらの門は今いる門よりも大きく常用される獣魔以外の大型の獣魔や、それを引く馬車などが王都に入る際に使われる入り口であり以前にも同じことで怒られている『草原の若葉』たち。
「ごめん、ごめん、ちゃんとこれから獣魔登録へ向かうから許してくれよ~」
『騒がせた、ゴメン、気を付ける』
両手を合わせて頭を下げるエルフェリーン。それに加え兵士たちの頭の中に流れる念話の声にギョッとする兵士たち。兵士長も驚きはしたが目の前のエルフェリーンなら何でもあり得ると頭を瞬時に切り替え、兵士たちを落ち着かせる。
「狼狽えるなお前たち! これは確か念話と呼ばれるスキルだ! おそらくは七味とよばれる蜘蛛たちからなのだろう?」
兵士長の言葉に肯定するように七味たちは片手を上げてお尻を振る。
「はぁ……カーテシーに加えて念話すらも使う蜘蛛とか……はぁ……俺なのかの常識がどんどん崩れて行くな……」
「あははは、非常識なんて慣れれば常識だよ~君たちは門番としてまた一つ成長したぜ~」
「………………」
笑いながら話すエルフェリーンに、これ以上関わるのは辞めようと思う門番なのであった。
「あれが馬車だと……」
「まるで魔物ね……」
「重厚感がありながらも光沢のある外装が美しいな……」
「ひっ!? 上の梯子に蜘蛛がいっぱい……」
「わぁ~蜘蛛さんとお姉ちゃんが手を振ってるよ~」
「目を合わせちゃいけません!!」
≪この蜘蛛たちは良い子たちですよ~≫
「エルフェリーンさまカワイイ~」
「アイリーンちゃんまた食べにきてね~」
街中を進む許可がおりゴーレム馬車は石畳を進み冒険者ギルドを目指す。石畳という事もあり速度を落とし路面を掘らないよう慎重に進み、窓からはエルフェリーンが手を振り上の梯子にはアイリーンが手を振り七味たちも愛想よく手を振っている。
その光景に町の者たちの視線を集める事となるが噂というものはゴーレム馬車の速度よりも早く伝わり、錬金工房『草原の若葉』が乗っているという事実に安堵する王都の住民たち。なかには手を振るものや拍手をして叫ぶ者も現れパレードのような状況で街中を進み辿り着く冒険者ギルド。
「『草原の若葉』の皆さま、お久しぶりです。随分と派手なご到着で……」
「あはははは、派手にする心算はなかったんだけどさ、みんなが呼ぶから手を振ってたらこの通りだよ~」
冒険者ギルドの外では珍しいゴーレム馬車を見ようと市民が駆け寄り観光名所と化していた。それに伴い交通整理をする冒険者ギルド職員と善意で行動する冒険者たち。
「クロさま、クロさま、どうして貴方がいながらもっと穏便に済ませられないのですか? 前にもお願いしましたよね? 王都の平穏はクロさまに掛っていると!」
エルフェリーンを通り越しクロへ説教を始める受付嬢。クロはといえば怒られている自覚があるようで頭を下げ、背負ったリュックから白亜も顔を出して頭を下げる。
「あはははは、クロが怒られちゃったね」
「師匠……怒られちゃったじゃないですよ……はぁ……」
エルフェリーンが嬉しそうにクロを弄るが、原因はエルフェリーンと表に停車いているゴーレム馬車である。
「受付嬢さん、それよりも七味たちの獣魔登録をお願いしたいのですが……」
「そうですね。クロさまは厳重注意で済ませますが次はないですからね!」
うさ耳をピンと立てて威嚇する受付嬢に理不尽さを感じるクロ。そんなことお構いなしに受付のテーブルに上がり揉み手を披露する七味たち。
『登録、お願い、みんな、良い子』
七味たちのポーズにアイリーンがはじめて冒険者ギルドへとやって来た時を思い出していると、目の前の受付嬢は急に脳内に響いた聞きなれない声に目をキョロキョロと動かし軽いパニックに陥るのであった。
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