カリフェルの憂鬱
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! 私はいったい何をしているのかしらっ!」
広い執務室でひとり叫んだのはサキュバニア帝国の元皇帝であるカリフェル・フォン・サキュバニアその人であった。
「元皇帝と商人に市民の代表の三人をトップとしてエルカイ国を作ったのはいいとして、どうして予算を管理する部署の管理を私がひとりで執り行っているのよっ!! デスクを埋め尽くす書類、書類、書類ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!! 私はやっと政から引退できると思ったのにどうして他国の経理をしているのよっ! これからは再婚して新しい人生を過ごす予定だったのにっ! 何が悲しくて予算のダメだし係をしなきゃならないのよ!
商人なのに予算の見積もりが甘く、市民の代表は予算の意味すら解らず、元王族のゼリールが出してきた企画書はお花畑………………だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! お前の頭の中がお花畑じゃっ! やってられないわ!
エルフェリーンさまが返る前にサキュバニア帝国から財務大臣を誘拐してくるんだった!」
普段なら長く美しい髪なのだが、それもお構いなしに頭を掻きむしり提出された企画書や予算申請に赤字で修正して提出した者へ送り返させているのだ。
「ラルフはラルフで忙しそうだし、誰か適任者はいないものかしらね……はぁ!? 商人の通行税を完全撤廃させる法案だとぅ!!! 商人にだけ配慮した法律を作る馬鹿がどこにいるのよ! そんなことしたら市民から税は撤廃しろって法案が持ち上がるでしょうがっ! そういった事は国が経営できるようになってからにしなさいよ! いえ、私が居なくなってからにしなさいよ!」
赤いインクを羽ペンに浸し大きくバツと書き殴るカリフェル。傍に控えるメイドはその姿に慣れているのか扇を手にインクが早く乾くよう優しく風を送る。
「もう三週間以上休みがないのだけれど……貴女も損な役回りに付いたわね……はぁ……」
風を送ってくるメイドへと視線を向けて口を開くカリフェルにメイドは微笑みながら小さく頷く。
「お疲れのようでしたら何か温かいお飲み物でもお入れいたしますが、如何されますか?」
「お願い……少し休みたいわ……」
メイドが執務室から出て行きそれを目で見送ったカリフェルは椅子から降りると大きく腕を回して肩を解し上半身を後ろに反らして腰を解す。
「はぁ……体中ガチガチね……私ももう若くないのに……はぁ……」
カーテンからは月明かりが差し込み足を進め、カーテンを開くとそこから見える景色を瞳に映す。カイザール帝国時代の城を新たなエルカイ国の議員館として改装中であるが外の景色は前と変わらず、融解した城には結界が施されエルフェリーンが力を行使したままの状態で残されている。
「ふふ、あの融けた城を見ると少しだけ気が晴れるわね……はぁ……私も溶けてなくなりたいわ……」
自身の師であり友でもあるエルフェリーンが溶かした初代カイザール城を見て、忙しい自分と重ね、融解しながらも城の形をギリギリ保つ姿に共感を覚えるカリフェル。
「そのような事を仰らないで下さい。今、カリフェルさまに居なくなられてはこの国は一年と経たず崩壊してしまいます。どうか、どうか、この国の民たちの為に御力添えを……」
後ろからかけられた言葉に振り返るカリフェル。そこには先ほどのメイドが頭を下げながらもトレーを持ち湯気を上げるティーポットからは豊潤な茶葉の香りが鼻腔をくすぐる。
「そうね。中途半端に投げ出すのはよくないわね。ふふっ」
自身が思っていたよりも優しい声が出て思わず笑いそうになるカリフェルは来客用のソファーに腰かけ、頭を上げたメイドはお礼を口にしながらカリフェルに紅茶を入れ自身にも紅茶を入れると「失礼します」と一言添えると対面に腰を下ろす。普段ではありえない光景だが二人はここ二週間を共に戦い抜いた戦友であり、座らなければカリフェルの方から座るように口にするほどの仲になっている。
「今日はもう遅いし、ここまでにしましょうか」
「畏まりました」
「紅茶にはこれを少し入れると美味しいわよ」
そう言いながらアイテムボックスのスキルでブランデーを取り出すとメイドがティーポットから注ぎ入れた紅茶へ少し入れ、メイドのカップにも同じように入れるとカップを手に取り香りを楽しむ。
「お酒が飲みたいが為に仕事を終わらせたのではないですよね?」
茶目っ気のある笑顔を浮かべながら話すメイドにカリフェルも微笑み「そうかもしれないわね」と肯定すると二人で紅茶に口を付ける。
「紅茶にアルコールを入れるという発想は素晴らしいと思います。味もそうですが香りが段違いに華やかになり、体も温まります。ですが、私の知る限りこのようなお酒はどこにも販売しておらず……カリフェルさまはこのお酒をどこで手に入れられたのですか?」
カリフェルとブランデーの瓶に交互に視線を送るメイド。するとカリフェルは先ほどとは違い期限が良いのか微笑みながら口にする。
「これは特別なお酒なのよ。この世界に作ることができるのは恐らく一人だけかしらね。作り方は教わってサキュバニア帝国で研究しているけど最低ででも三年以上時間が掛かるわ。ちなみにこのブランデーは十年以上寝かせたものね」
「十年ですか!? 腐ったりしないのでしょうか……」
「それは問題ないわよ。このお酒はアルコール度が高く樽で寝かされ売り出される際に瓶に詰められているわ。物によっては二十年や三十年寝かせる物もあるらしいわ」
「三十年っ!? そんなに寝かせる意味はあるのでしょうか?」
「さぁ、味の違いがあるとは思うわよ。私は飲み比べた事がないから解らないけど……今度お願いしてみようかしら」
悪い笑みを浮かべるカリフェルにメイドは肩を震わせる。
「その時は是非ともお供させて下さい」
「あら、私は構わないけど、貴女はここのメイドじゃない」
「私は既にカリフェルさま専属として配属されております。この命尽きるまでカリフェルさまと共にあると自負しておりますが……ダメでしょうか?」
「ふふ、構わないわよ。貴女もこのお酒が気に入ったのでしょう?」
「はい……この命を懸けるに値するかと……ぷっ」
「あははははは、まったくその通りね」
二人して声に出して笑い出し仲を深める二人。次第に紅茶も飲み終わりティーカップにはブランデーが注がれストレートで飲み始める。
「ぷはぁ~とても良い香りが鼻に抜けますが強いお酒ですね」
「飲みなれるまでは無理をしない方がいいわね……ねぇ、貴女は読み書きができたわよね?」
「はい、これでも商家の生まれで読み書きの外にも武術や交渉術に算術も教え込まれました」
その言葉に微笑みを浮かべていたカリフェルの表情が一変し、妖艶な瞳と唇が輝き異性であれば虜になっただろう表情を浮かべ立ち上がり、それを見たメイドは急な行動に驚きながらもカップを置くとその手をカリフェルの陶磁器のような白い手が包み込み、同性でありながらもドキリと心音が高鳴るメイド。
「ふふふふふ、こんな所に逸材がいたじゃない! 明日から私が貴女を鍛えるわ! そうすれば私の負担が減るし、貴女は次期財務大臣よ!」
高鳴っている心音とアルコール度の強いお酒を飲んでいた事もありテンションが上がるメイド。
「わ、私がカリフェルさまのお手伝いができるのでしょうか?」
「お手伝い何て生ぬるいものじゃないわ! 後継者よ! 金を牛耳ってこの国を裏から動かす影の支配者よ!」
大声で言っちゃいけないことを口にするカリフェル。だが、後継者と影の支配者という単語にテンションが上がっているメイドは目を輝かせ、コクリと首を縦に振るのであった。
後日、執務室から「くそっ! カリフェルさまが逃げやがったっ! 騙されたぁぁぁぁぁぁぁ」と叫ぶ新財務大臣の叫びが木霊したとか、しないとか……
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