女神の私室とすき焼きの〆
「すき焼きうまぁ~~~~~~~」
「この味は確かに別格の美味さがあるな……」
「お肉が蕩けますぅ~」
天界では女神ベステルの私室に置かれたカセットコンロの上で湯気を上げるすき焼きを口にする三女神。
解いた玉子に肉を付け口に入れては美味いと叫ぶ女神ベステル。同じく叡智の女神ウィキールも肉の出汁が染みた白菜や豆腐を口にしては熱くなった口の中を梅酒サワーで冷やし笑みを浮かべ、アナグマの肉の脂の甘さを舌で感じ虜になった女神フウリンの姿があった。
「あの凶悪で有名なアナグマがぁこれほどまでに美味だとは知りませんでしたぁ~」
「アナグマは爪が鋭く恐ろしい魔物だと思われがちだが、基本的には果実を主食としているからな。他には芋などを食べ冬眠し、春に起きると石胡桃や木苺などをたっぷりと食べ、その身に脂肪を増やすから肉に臭みは付きにくい」
「私は牛肉の方が美味しいと思うけど……味の染みた豆腐も美味しいわね。それに甘く蕩けた長ネギもビールによく合うわ」
アナグマのすき焼きは好評なようで三女神の箸は止まることなく具材を食べ終え、〆には残ったすき焼きの鍋に新たなアナグマの肉と豆腐を入れて煮込み、火が入った所で生卵を流し入れ蓋をして一分待ちライスの上にかけて口にする。
「うはっ! これはヤバイわ! ライスと半熟の玉子が最高に合うわ!」
「肉や野菜から出た旨味が全て集まり無駄なく米と共に食べられるのだな……」
「こっちも美味しいですぅ~」
〆の卵とじをライスにかけて口にする女神たちは最後まですき焼きを楽しみ、火照る体をビールやサワーで冷やしながら満足したのか大きく息を吐きその場に横になる女神ベステル。
「それにしてもエルフェリーンが戦車に興味を持つとは……」
「戦車は危険ですぅ。そこに使われているぅ大砲や機関銃の技術はぁそれこそ世界を変える殺戮兵器になりかねないですぅ」
「勘違いした軽トラを作っているぐらいなら見逃せるけどねぇ~銃とか作りはじめたらこっちから警告する心算だったけどクロが止めていたわ」
その言葉に安堵した二柱は微笑みを浮かべる。
「クロには感謝だな。今日のすき焼きといい銃の事まで解決してくれるとは……」
「そうですねぇ~クロが止めていなかったらぁそれこそ世界を巻き込んだ戦争が数年後には起きていましたねぇ」
「まあ、クロが提供した雑誌に書かれていたからクロが原因ともいえるけど……こっちとしても助かったわ。最悪は精霊たちに命令して製造した火薬全てに水の精霊の加護を付けようかとも思ったけど……」
「確かにそれなら火薬が爆発する仕組みは使えなくなるな」
「そうなるとドワーフたちが困りますぅ。採掘には火薬が必須ですしぃ、火薬作りを生業にしているドワーフたちの生活もぉ廃業ですぅ」
「そういうことよ。地球は科学で進歩した星だから火薬という文化が進歩したのよ。こっちで銃をチラつかせても魔法や強靭な盾で防ぐことも可能かもしれない。でも、暗殺に使われればその有用性が示されるわ。更に進化して原子爆弾や水素爆弾になったら手が付けられないわね……」
女神ベステルの言葉に眉を顰める二柱。
「破壊の一撃は魔術でも早々辿りつけない破壊力があるからな……」
「資料に目を通し知っていますがぁ、あれは使用後も放射線をまき散らす極悪兵器ですぅ。こちらの世界で使われれば地脈にまで影響がでてぇ世界各地に放射能がまき散らされますぅ」
「そういうことよ……こちらの世界では絶対に使用させてはいけない技術って事よ……」
いつになく真面目な話をしている女神ベステルは横になっていた体を起こすと左手を振り払う仕草をする。すると、食べ散らかされていた炬燵の上は一瞬で片付き、新たに手を振り払うと炬燵の上には三つのお高いアイスが姿を現す。
「私は抹茶味を」
「キャラメル味を頂きますぅ~」
素早く手を出し自身が好む味を手にする二柱に片眉を釣り上げながらも残ったバニラ味を手に取り開封する女神ベステル。
「スプーンを入れる前に二分待ちなさい。その方が柔らかくなって美味しいから」
「前に食べた時もぉクロからそう教わりましたねぇ」
「この待つ時間も楽しめるとは……やはり地球の料理は素晴らしいものだな……ん? 今日はこのアイスも奉納された物なのですか?」
叡智の女神ウィキールの小さな疑問に愛の女神フウリンも興味を持ったのか女神ベステルへと視線を向ける。
「ふっふっふ、これは地球の神との交渉で手に入れたものよ。こちらからはアイリーンとクロの現状を報告しただけで高級アイスのセットを貰ったわ!」
そう口にしドヤ顔を浮かべる女神ベステル。
「地球の神は多くいると聞くが……」
「七柱が船に乗っていたわね。御利益がありそうな装いだったわ」
「こちらとは違いぃ八百万と呼ばれるほど神が多いと聞きますぅ」
「太陽神をトップとして君臨しているわね。他にも国によって信仰される神が違うからごちゃごちゃと多くいるわね。優秀な神がいればこちらに引き込みたいわね」
女神ベステルの言葉に頷く二柱。
「優秀といえば世界樹の女神が前に挨拶に来たが、成樹祭だったか?」
「世界に五本ある世界樹へ感謝をするお祭りですぅ。そのうちの一本は複数のエルフが持ち回りで守りぃ、今回はペプチの里のエルフが幹事ですぅ」
「ペプチということはビスチェの里よね?」
「そうですぅ。ですがぁ、本人は行く気がない様子でしたねぇ」
「成樹祭はエルフのお見合いの場でもあるのに参加しないとか大丈夫なのか? そうでなくともビスチェはペプチの村の村長の娘なのだろう?」
「そこは問題ないんじゃない? 姉であるシュミーズもエルフの里を出て冒険者をしているわ」
「本人はぁ精霊に好かれていないと思い込んでいますぅ。あの子にはぁ珍しい影の精霊が付いているのですよぉ」
「影の精霊とは珍しいな……あむあむ……」
「あむあむ……本来はぁヴァンパイアに好かれることが多いのですけどねぇ~あむあむ」
「バニラも美味しいわね。原点というべき香りと甘さにコクのあるミルクが最高ね」
「二分待つだけでぇこんなにも口溶けが違うのですねぇ」
お高いアイスを口にする三柱。そこへノックの音が響き武具の女神フランベルジュが顔を出す。
「なっ!? それはクロからの差し入れですのっ!? 残っているのなら頂きたいですわ!」
「あむあむ……」
「あむあむ……」
「あむあむ……」
「ちょっとっ! 聞いてますのっ!?」
スプーンが止まる事はなくアイスを食べながら表情を溶かす三柱。武具の女神フランベルジュは一番話が通じるだろう叡智の女神ウィキールの後ろへとまわり肩を揺らすが、アイスを食べる手を止めず最後まで食べきり蓋をする。他の女神も食べ終え武具の女神フランベルジュへ視線を向けて口を開く女神ベステル。
「あら、これはクロから奉納された物ではないわよ。はぁ~美味しかったわ~」
自慢するように笑みを浮かべる女神ベステル。それを鬼の形相で見つめる武具の女神フランベルジュ。叡智の女神ウィキールと愛の女神フウリンは音もなく立ち上がるとその場を後にし、後ろから聞こえる日本刀を抜く音と拳を鳴らす音には触れずに自身たちの持ち場へと足を進めるのであった。
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