七味たちのキッチン
蜘蛛の女王と別れ、オーガの村からフランとクランを連れ帰ったクロたちは数日が経過し日常生活へと戻っていた。ルビーとエルフェリーンは多くの鉱石とムカデの甲殻を使い何やら作り始め、ビスチェは菜園と薬草の手入れへ、キャロットと白亜は果樹園で妖精やアルラウネのアルーの元へ向かい帰還の報告。アイリーンは連れて帰ってきた子蜘蛛たちに文字を教えたり、裁縫仕事や狩りも教えたりと忙しい日々を過ごしている。
「うむ、このテラス席は良いものじゃな。直射日光を遮る天井があるのは良い事じゃ」
「そうですね。暑い季節でも日陰になって優雅にお茶が楽しめそうですね」
「うふふ、シンプルな造りなのに気品を感じます」
公園などによく作られている休憩所をクロが魔力創造で作ったのだが、それに群がるお嬢さまとメイドたち。季節的にも暖かくなり始め寒さに弱いラミア族のメリリも昼間ならメイド服姿で寛げるほどである。
「ああ、悪い。そこは改造するから別の所で休憩してもらってもいいか」
「うむ? 改造するとは?」
クロの言葉に頭を傾げるロザリア。メルフェルンとメリリは素早く立ち上がり自分たちが飲んでいた紅茶のセットを片付け始める。
「ここは七味たちのキッチンに改造する予定で……」
「うむ、それは残念なのじゃ……こんなにも居心地の良い場所じゃったが……」
そう口に出しチラチラとクロへ視線を送るロザリアにクロは「それなら別のどこかに同じものを建てますから」と口にする。
「うむ、それなら菜園の近くかアルーの近くじゃな。あの辺りなら花を見ながらお茶ができるのじゃ」
「綺麗な花を見ながらお茶をするのは良い考えですね」
「うふふ、アイリーンさまも花見がどうとか仰っておりましたねぇ」
お茶のセットを片付けながら会話に混じる二人。特にメリリの言葉に出た花見という単語に、もう四月かと季節の移り変わりの速さを感じるクロ。
「花見か……桜の花とかもう何年も見てないな……お花見か……」
「クロさま? お花見とはどういったものなのでしょうか?」
「ん? ああ、お花見はみんなで集まって桜という気に咲く花を見てお酒を……お茶を飲む会ですね」
「今、酒と申したのじゃ。態々お茶を言い直さなくても良いと思うのじゃが?」
「えっと、それはそうですが……蜘蛛たちの所から帰って皆さん飲み過ぎじゃないですか?」
ジト目を向けるクロに二名が視線を逸らす。
「そ、そんな事はないのじゃ」
「うふふ、私はお酒が弱いので飲み過ぎという事はないですねぇ」
「メリリは飲み過ぎというよりも食べ過ぎでは? こっそりアイリーンさまにお願いしてウエストのサイズを大きくしたと耳に入っておりますが……」
「ギクゥッ!? にゃ、にゃにゃにゃにゃんの事でしょうくわぁ? 今の体重は現状維持です! まだセーフです! 最近は七味たちが多くの料理を作るのでその手伝いをしていると味見の機会や料理のボリュームが増えて、いつの間にか少しだけ、ちょっとだけ食べ過ぎるだけです! 顎だってまだ二重になっていません!」
完全に上を向いて話すメリリ。その言葉に説得力など皆無である。
「七味たちがクロに料理を教わるようになってからは確かに料理の品数が増えたのじゃ。我も気を付けねばすぐに太りそうなのじゃ……」
「特にプリンやクッキーといった甘味はやばいですね……」
ロザリアとメルフェルンも覚えがあるのか顔を引き攣らせながらも、クロが七味たちに教えている料理を思い出し自身のお腹をさりげなく触り体型を確かめる。
「その七味たちが自由に料理できるようここを改造します。あっちのキッチンだと竈に落ちる危険もありますし、上から糸を出すにも換気扇があって糸が張れないので七味たちが扱いやすいように改造します」
「うむ、七味たちの為ならば我も手伝うのじゃ」
「うふふ、私も手伝いますねぇ。力仕事ならお任せ下さい! ついでに脂肪も燃焼させましょう!」
「私も手伝いたいのですがそろそろシャロンさまの様子を見て参ります」
家に残り読書をしているシャロンを気に掛けるメルフェルンは使ったティーセットを持つと立ち上がりそそくさとその場を離れる。
「まだ七味たちのことを怖がっていますね……」
「うむ、本来はあり得ん状況じゃからの。苦手意識があるのは仕方のない事じゃ」
「うふふ、グリフォンやユニコーンは大丈夫なのに不思議ですねぇ」
「魔物といってもグリフォンとユニコーンは神獣と呼ばれる部類じゃからの。体系が虫として見えるのじゃから仕方のない事かもしれん。まぁ、時間が経てば慣れるのじゃ」
楽観的に口にするロザリアは立ち上がりテーブルをメリリと共に運び出すと、サイズを計り内部に入れるBBQ用コンロに合わせて線を引き大工道具を取り出す。
「ほぉ、それをテーブルの中に入れるのじゃな」
「簡単な改造で七味たちが安全に使えるようになりますからね。上と手前から隅が入れられるようにすれば使い勝手も良くなりますし、高さも考えればテーブルサイズにして、サイドテーブル的なものも必要かな」
線を引いた場所にノミと金槌で掘り始めるクロ。するとメリリが口を開く。
「それでしたら私にお任せ下さい」
湾曲するタルワールを一本取り出したメリリにクロが数歩後退ると刀身が輝き、バターを斬るように刃が入る。一分後にはクロが求めていたような穴が開き、試しにBBQコンロを入れるとすっぽりと収まり笑みを浮かべるクロとメリリ。
「うむ、これなら七味たちも喜ぶじゃろう」
「横にも穴を開けて灰の取り出し口を作りますので、メリリさんに任せても大丈夫ですか?」
「はい、線を引いていただければその通りにカット致します」
タルワールが輝きクロはすぐに作業に取り掛かり高さを合わせて線を引き、メリリは輝くタルワールを突き刺すと線に沿って動かしカットする。
「強化魔法はお手の物なのじゃな」
「うふふ、ラミア族は魔力が高く幼少の頃から魔力を扱う方法を教え込まれます。私は特に魔力が高かったので色々と苦労しましたがこの程度には扱えるようになりました」
話しながらも綺麗にカットするメリリ。横穴を確認し最後に火が燃え移らないよう接着剤を付け銅板でまわりを囲むクロ。
「ギギギギギ~」
七味の鳴き声が聞こえ作業を中断して顔を上げるとこちらに向かってくるアイリーンの姿が見え、その頭や肩に太ももには七味たちの姿があり腰のクビレには色の違うリボンが巻かれている。
≪もう七味たちのキッチンを作ってくれているのですか。仕事が早いですね~≫
「ああ、その方が七味たちも喜ぶだろ。ん? 色分けしてくれたのか」
≪そうですよ~人族から見れば蜘蛛の容姿の違いは分かりづらいですからね~というか、私にも見分けは付きませんからね~≫
浮かぶ文字を見つめアイリーンもアラクネ種だろうというツッコミを入れそうになるが、押さえていないと銅板が落ちそうになり視線を戻すクロ。
「ギギギギ~」
七味の数匹がアイリーンから飛び出しクロが押さえる作業台へと集まり飛び掛かる事はないが一定の距離を保ち囲い両手を上げてお尻を振り嬉しさを表現し、アイリーンもその出来に目を輝かせる。
「何だかオシャレな焼き肉テラスになりそうです!」
「焼き肉テラスという言葉を初めて聞くが、間違ってないか……使わない時用の蓋も用意しないとな」
「ギギギギ~」
七味たちが歓喜する姿に専用の竈を作って良かったと思うクロは、銅板が接着されと最後に釘で打ち付け七味たちに使い心地を確かめてもらうのであった。
第十二章の始まりです。
ネトコンは残念でしたが更新は続けますので読んで頂けたら嬉しいです。七味たちの生態と成樹祭やらの話になる予定です。
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誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。
お読み頂きありがとうございます。