決闘
引きずられ辿り着いたのは教会裏から少し離れた広い演習場で、冒険者ギルドの近くにある訓練場と併設してあり数名の冒険者がチームワークの訓練や自主トレーニングに励む姿が遠目に見えた。
「ここから広いし、お前も魔法が使えるだろ?」
レーベスはそういうとニッカリと笑い、悔しさというよりも戦うのが楽しくてしょうがないという表情でクロと視線を合わせる。
ああ、やっぱりこの人は脳が筋肉で構成されるそっち側の人なのか……
そんな感想を抱いたクロはうんざりとしながらも、歩みを進め適度な距離を取る。
「ルールは相手を気絶させるか、まいったと言わせるかだな。あくまでも訓練であり相手を殺す様な攻撃はなしだからな! 」
サライの言葉にクロは頭の中でデュラハンと戦っていたレーベスの動きを思い出し、使ってきそうな手と行動を思案するのだが、笑顔で魔剣を抜いたレーベスに声を上げる。
「ちょっ!? 魔剣を使うのかよ! そんなのが当たったら確実に死ぬだろ!」
魔剣を指差し吠えるクロに、いい笑顔を向けるレーベスは肩に魔剣を担ぐと口を開く。
「大丈夫! 寸止めするからな。振り切るような一撃はしない! と思う……」
「おいコラッ! ちゃんと断言しろ! 思うって何だ!」
クロの叫びにビスチェとアイリーンは肩を揺らし、付いてきた聖騎士たちも笑いを堪えている。そんな姿を見ている者は他にもあり、冒険者ギルドで訓練をしていた者やギルド関係者たちも何かしら有るのだろうと外に出て視線を向けていた。
「おい、あれって剣聖の娘だろ……」
「また血生臭い訓練場かよ……」
「いい加減相手を選んで戦えよな……」
そんな声が耳に入るクロに笑顔を向けてくるレーベス。審判役を務めるサライは懐から王国銀貨を取り出すと表と裏を二人に見せる。
「この銀貨が地面に落ちたら開始にするが、クロはもう少し離れないでも大丈夫なのか?」
互いの距離は十メートルほど離れており、魔法主体の戦いをするだろうクロを心配し声をかけるサライ。
「ここで大丈夫です」
「そうか、なら武運を祈る」
サライは銀貨を親指で弾くと数歩後ろへ下がりクロが身構え、レーベスはリラックスした表情へと変わるが楽しさを押さえきれないのか口角だけが上がり、その表情にクロは恐怖を覚える。
おいおい、本物の戦闘狂かよ……今日はついてない日だな……
銀貨が地面に落ちると同時に駆けだすレーベスに対し、クロは構えたまま動かず六角形のシールドを三枚展開し水平に飛ばす。
「シールドを飛ばした!?」
「防御に使うシールドを飛ばすとか、どういう事だ?」
そんな声が聖騎士や冒険者から上がり、レーベスは軽くジャンプで避けると目の前には新たなシールドが迫っており魔剣を振り下ろす。
「おりゃぁぁぁぁぁ!」
振り下ろした魔剣が呆気なくシールドを粉砕し、レーベスは思った。
おいおい、こいつは魔法使いタイプだが、何だこの脆いシールドは……魔剣に魔力を注いでいないのに、こんなにも呆気なく砕けるシールドに意味なんてないだろ……次はあの禍々しい女に……
そんな事を考えていたレーベスが着地したのは地面ではなく先に飛ばされていたシールドであり、後方から戻ってきたシールドに足をつくと慣性の法則が働き重心が後ろへと傾き、慌てて飛び退こうとするが既に遅く体が後方へ倒れる。
「よし! 展開!」
右手をシールドに向けると球体へと変わったシールドがレーベスを包み込み、中で急ぎ立ち上がったレーベスは魔剣に魔力を慌てて注ぐ。が、球体は小さくなり剣を振るスペースが一気に無くなるなか、青白い光が発生する魔剣だったが、球体になったシールドに隙間が生まれ魔剣の剣先だけが外へ露見すると一気に剣の柄まで露出した。
「勝負あったね」
「クロの勝ちだわ!」
エルフェリーンとビスチェが勝利を確信し胸を張り、アイリーンは魔剣の光を興味深く見つめながらリュックに入った白亜を抱きしめる。
「便利な捕獲法ですね……」
「シールド魔法の新しい可能性を感じます……」
聖女が感心した様に見つめ、聖騎士の中でも魔法をメインに戦う魔道士はクロのシールドの使い方に研究してみる価値があると口にする。
「おい、てめぇー卑怯だぞ! 戦えよ! 斬り合えよ!」
「卑怯と言われても……そもそも、俺は魔法使いや剣士の様な戦闘員ではないです。それなのに強制的に決闘とかいう方がどうかしてますよ! 俺は錬金術師であって、」
「ゴリゴリ係ね!」
「そうですよ! ゴリゴリ係ですよ! それなのに決闘だの戦闘だの言われても、困るのはこっちです!」
「知るかっ! 斬り合えっ! 馬鹿!」
物騒な言葉を投げかけるレーベスは萎んだシールドでほぼ動けない状態であり、クロは魔剣の射程には入らずに審判であるダライへ向けて口を開く。
「ああ、そうだ。これって引き分けを想定していませんでしたが、正午の鐘が鳴ったら引き分けにしませんか?」
「クロ殿の勝ちではなく引き分けなのかね?」
「はい、変に恨まれたくないですし、こっちから攻撃らしい攻撃はしていません。勝っても負けても遺恨が残りそうですし、引き分けでお願いします」
「何が引き分けだ! 戦え! おいコラッ! おい、」
クロの言葉にレーベスは抗議の声を上げているが、シールドに手を翳すと声が消える。
「このままの方が遺恨を残しそうだが……そうだな……あと一時間ほどで正午になるだろうし、抜け出せなければクロ殿の言う通りに引き分けにするとしよう」
審判であるサライが認めた事によりクロはアイテムボックスから椅子を取り出すと腰を降ろし、魔力創造で作られたポテチを開封するとひとりパリパリと口にする。
「何というか……クロ殿はマイペースなのだな……それに引き換えレーベスは……」
サライの視線の先にはシールドの中から直立のまま動けず何かを叫ぶレーベスの姿があり、それとは対照的に椅子で寛ぐクロの姿にどっちが勝ちかなど明白であった。
「キューキュー」
そんな中、白亜がリュックから飛び出すとクロの足元へと翼を羽ばたかせ抱きつき、大きく口を開ける姿にサライは更に驚く。
「それって……ドラゴン……」
「七大竜王の御息女らしいですよ。ほら少しだけだからな」
「キュキュウ!」
口にポテチを入れてやるとパリパリと音を立て咀嚼する白亜は尻尾を揺らし喜び、その姿に聖騎士たちも頬笑みを浮かべる。
≪私も食べたい! のりしおかコンソメが食べたい!≫
いつの間にかクロのまわりにはアイリーンたちが集まり魔力創造で作り出した様々なポテチを食べ始める姿に、シールドで捕獲されたレーベスは死んだような瞳を向ける。
何だよあれは……私が一切相手にされていない……決闘中だってのに相手にされて……剣聖の娘である私が……相手に……くそっ!
棒立ちのままその光景を視界に入れるレーベスの瞳には、敗北という言葉よりも相手にされていない現実が怖かった。決闘というルールに縛られているが途中まではクロという存在を認識し、意識し、やり合うのだと思っていた。が、蓋を開ければそれはほんの一瞬で、今は勝負の途中だというのに寛ぎ仲間とお茶をする姿に、今までになり虚無感を覚えていた。
「キュウキュウ」
白亜が鳴き指差す先にはレーベスの姿があり、指で一枚摘まんだポテチを持ち二本足で近づくと、キュウキュウと鳴き声を上げる。
キラキラとした白亜の瞳を視界に捉えたレーベスは、今まで相手にされていなかった事もあり目頭が熱くなるのを感じた。
「白亜は優しいな~喧嘩を売ってきた相手にもポテチを食べさせてやりたいのか……はぁ……仕方ないな」
シールドに手を翳し口元だけを開けると嗚咽が聞こえ、後頭部を描くクロ。まさか涙を流しているとは思わなかったのだ。
「ほら白亜、抱っこ」
「キュウ!」
嬉しそうにクロに抱きつき抱き上げられると、その手でポテチを口元へと運ぶ白亜。
「あははは、白亜は彼女の前で自慢して食べたかったみたいだよ」
エルフェリーンの言葉通りに白亜は自信の口元へとポテチを運び噛み砕く。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
驚きと裏切りの入り混じった叫びを上げるレーベス。
「もっと厳しく育てないとだな……まずは道徳から教えないと……」
クロの呟きにレーベスも動かせる範囲で小さく頷くのだった。
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