古い仕来たり
「マッシュポテトっていうのも美味しいわね! パンに塗って食べると固いパンがシットリとしてよかったわ」
「ここのマッシュポテトはチーズが入っているからね。久しぶりに食べたけど昔のままの味で嬉しかったよ」
ビスチェとエルフェリーンが教会で出された朝食に喜び、白後アイリーンもマッシュポテトの味に大満足だったらしくお腹を摩っている。
「口に合ったのなら良かったです。このマッシュポテトは伝統ある料理ですから調理したシスターたちにも後で伝えましょう」
聖女の言葉にエルフェリーンが何度か頷きながらも口を開く。
「夕食だとあのマッシュポテトを焼いてくれるのかな?」
「なっ!? ど、どうしてそれ知っているのですか! マッシュポテトをこんがりと焼くのは数十年も前に禁止されたのに!?」
口を拭いていた教皇が立ち上がり驚きの声を上げ、その事に驚くエルフェリーンは飲んでいた白湯を落としそうになるが何とかバランスを保つ。
「禁止されているのかい? 勿体無いね~あれはこんがりと焼くと中のチーズの油がじゅわじゅわしてきて、ハフハフ食べるのが本来の味だったのにな~」
「そ、その通りです。ですが、当時の聖女であった者が口内を酷く火傷しオーブンで焼く事を禁止したのです。あの御方はとても優しくも厳しい人でした……私と同じような事がないようにと禁止したのです……私が目指した聖女様でした……もう五十年以上も昔の話です……」
「そっか……セルラーは行ってしまったのか……」
白湯の入ったカップを口にして目頭が熱くなる顔を隠すエルフェリーン。
「やはりご存じだったのですね……セルラーさまは規律を重んじる聖女であり、今の聖女であるレイチェルの様に聖剣に認められた聖女ではなく、ホーリーレイの使い手であり神の聖女です。剣の聖女と聖の聖女と呼ばれますが、魔の聖女は歴史上でも四名しか存在しなかった特別な聖女……勇者愛理さまが残って下されば……」
教皇が目を閉じ俯く中、クロたちは苦笑いを浮かべていた。事実、愛理はアイリーンと名と種族を変えこの場にいるのだから……
≪教皇さま、これからも女神ベステルさまの教えを胸に人々の民に尽くして行きましょう≫
アイリーンは魔力で作り出した糸を宙に描くが、教皇はまだ目を閉じており聖女が慌てて肩を揺らす。
「あら、何かしら? まぁ、アイリーンといいましたか、あなたはとても優しい子ね。ありがとう」
聖女に揺さぶられ糸文字を目にした教皇はアイリーンに微笑みかけ、アイリーンは親指を立て笑顔を向ける。
「そ、それじゃあ、そろそろ王宮にも顔を出さなきゃだし」
「そ、そうね! それがいいわね! ご馳走さまでした!」
「ほら、白亜もお礼をいってリュックにないろうな~」
「キュウキュウ」
ぺこりと頭を下げる白亜の姿に教皇は正体を知っている事もあり頭を下げる。
「いつでもいらして下さいね。その時まで生きている自信はないけれど、あなた方には敬意を払うように伝えます」
立ち上がり部屋から見送る教皇にお礼をいって逃げる様にその場を後にするクロたちだったが、部屋を出た先にはサライとレーベスの姿があり嫌な予感を覚えるクロ。
「よう! 昨日は助かったよ。それに悪かったな」
「あなた達はどうしたのですか? 別れの挨拶なら外でするべきですよ」
サライの言葉に聖女が声を被せると、レーベスが一歩前に出てクロへと殺気の籠った視線を向ける。
「やっぱり気に入らねえ……クロっていったよな? 決闘は言い過ぎかもしれないが、一戦交えよーぜ」
「えっ!? 嫌だけど」
即答するクロにレーベスは虚をつかれたのかキョトン顔で目をパチパチとさせる。
「ほら、断られたんだから戻ろうな。いや~平和に住んで良かったよ。じゃあな」
「じゃあなじゃねーよ! 隊長だって水を差されたんだろうが!」
「差されたけどお前ほど根に持っちゃいない。それよりも感謝の方が大きいね。昨晩から嫌な気配が一切しないからな。街に取り付いていたレイスやアンデットが残らず浄化されたんじゃねえかな。がははは」
大きな体に似合った笑い声を上げるサライ聖騎士長。レーベスは気に入らないという態度を崩さず、クロは早く教皇に敬意を払うよう伝えて欲しいと思いながらも、突っかかって来る聖騎士レーベスをどうかわすか考えていた。
「それじゃあ、僕たちはこれで……」
「待てよ! クロって奴は飛んだ腑抜けなのか?」
通り過ぎようとしたクロに挑発的な言葉を投げかけるレーベス。
「使徒さまに向かい不敬な……殺すぞ!」
そう口にしたのは聖女だったが、口にした途端にクロたちの前である事を思い出し咳払いをして言葉を続ける。
「おっほん、クロさまは腑抜けなどではありません!」
「そうよ! ゴリゴリ係よ!」
≪クロは腑抜けではなく間抜け≫
「キュウキュウ!」
ビスチェにアイリーンがフォローするが、言葉を選べと思うクロ。もちろん聖女へもそう思うのだが、あまりにも座った眼と威圧感のある表情で口にはできない状況であった。
「いや、あの、聖女さまが何でそんなに……」
「あのさ、君は何か勘違いしているよ。クロは腑抜けじゃないし、そもそも君よりも強いよ。水を差されたとか、そんなのは言い訳にもならないよ。あの場は女神シールドを張っていたからアンデッドであるデュラハンの力は減退していた。それなのに仕留められなかったと口にしてクロを恨むのは筋違いだからね」
エルフェリーンがそう説明するとレーベスは歯を食いしばりクロを見つめる。
「こんなに冴えない奴よりも私の方が弱いだと!」
「うん、髪の毛一本斬る前に負けねぇ~」
「そうだーやれーやれー」
≪クロ先輩を舐めるなよ! やれーやれー≫
「ちょっと、師匠! 煽らないで下さいよ! ビスチェとアイリーンも後ろでやれやれいうな!」
クロが後ろで煽る二人を止めようとしたが、あっさりと襟を掴まれ至近距離で般若の如き威圧感のある顔をするレーベス。
「それなら決闘だな!」
「えぇぇぇぇ……」
力なく肩を落とすクロは引きずられる様に聖騎士たちが普段訓練している場所へと連行されるのであった。
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