蜘蛛の巣へ
「わぁ~蜘蛛さんがいっぱいだ~」
女神の小部屋から出たラライの叫びに子蜘蛛たちが片手を上げ、ラライも同じように片手を上げて挨拶を交わす。その後ろからメルフェルンが続き、シャロンも同じように手を上げると子蜘蛛たちは嬉しいのか両手を上げてお尻を振り、その光景を見たクロは海外の有名なアーティストが来日する空港が思い出され、何とも不思議な気分を味わいながらエルフェリーンたちと合流した。
「あれ? ルビーの姿が見えないけど」
「えっと、先ほどの石を渡してしまい……」
「ああ、なるほど……ドワーフにあの鉱石を渡せば夢中になるのは仕方のない事だね~僕も鉱石としてミスリルを見るのは久しぶりだし、中に埋まる宝石をどうやって取り出すかとか考えるだけで楽しくなってくるよ~」
鉱石を見つめニヤニヤしながら女神の小部屋に引きこもっているルビーに声を掛けたのだが、夢中になったルビーに声は届かず仕方なく放置して外に出てきた四名。白亜はクロの背中にくっ付きまだ蜘蛛が怖いのか小刻みに震え振動が肩と背中に伝わりマッサージ器のような心地よさを感じ、手には小雪が丸くなり尻尾を萎ませている。
「白亜と小雪には刺激が強いようじゃの」
「そうですね。自然界でであったなら互いに餌という認識でしょうし、打ち解けられたらラッキーぐらいな気持ちで暴れ出さないように目を光らせますね」
「うむ、それが良かろう。もしあれなら、その、小雪を預かるが?」
ロザリアはクロの腕の中で丸くなる小雪を見つめ手をワキワキとさせ、あまり小雪を抱くことのないロザリアもそれなりに興味があるらしく、クロは空気を読んで小雪を手渡すと目を輝かせながら小雪を受け取り優しく撫でて落ち着かせる。
「うむうむ、よき手触りなのじゃ……」
「くうぅ」
小さな鳴き声を上げる小雪を撫でていると念話が頭に響き黒く巨大な蜘蛛へと向き直る一同。
『そろそろ中へと案内しよう。我らの縄張りはこの渓谷を五段階に分け暮らしている。地上付近では罠を張り大型の鳥やワイバーンなどを捉え、その下は横穴を使った獲物を解体したり怪我をしたものを癒したり、子蜘蛛たちが生活する空間がある。更に下には大型の蜘蛛が巣を張り万が一落ちてきた蜘蛛や獲物を捕獲し、その下では我らの女王が子を産み増やし、最下層では谷から流れてくるムカデや蜥蜴との戦いに明け暮れ過酷な生存競争が行われているな』
念話での説明を聞きながら蜘蛛の社会は女王を中心とし、子蜘蛛たちを育て最終的には最下層で戦う戦士となるのだと知り、クロはアイリーンへと視線を向ける。
≪私は最下層へ行く前に逃げ出しましたけどね~軽く二十メートル越えのムカデとか当時は勝てる気がしませんでしたよ~≫
『逃げ出すものも多いのは事実であるな。私も嘗ては逃げ出したが、強くなりこの地へ戻ったからな……外の世界も過酷である……』
昔を思い出すように空を見上げ念話を送る黒く巨大な蜘蛛。アイリーンも念話に頷き蜘蛛の社会の過酷さを知るクロたち。
「案内してくれるそうだがシャロンとメルフェルンはどうする? 怖いようならまた女神の小部屋を開けるが」
「僕は大丈夫です。蜘蛛さんもよく見れば可愛い気がしてきました」
「わ、私はシャロンさまが行くのなら必ずお供すると決めておりますので」
シャロンは蜘蛛を撫でた事で怖さがなくなり、メルフェルンは震える声でシャロンの専属メイド兼護衛としてお供を志願する。
「はい! はい! 私も行く~蜘蛛さんたちがどんな生活をしているのか見たい! それに光る石を持って帰るとお母さんと約束したから頑張らないと!」
「ああ、夜のトイレに行く時に便利だもんな」
「うん!」
太陽のような笑みを浮かべるラライ。その手には先ほどの子蜘蛛がおり両手を上げる。
『それでは皆が参加という事でいいのだな』
「そうね。でも、谷を降りるのよね? クロのシールドに乗って降りるのかしら?」
『そこはこの子蜘蛛たちに任せて貰いたい。あなた方の背中に糸を巻きゆっくりと下ろせば問題ないだろう』
念話は子蜘蛛たちにも送られているのか両手を上げてお尻を振る子蜘蛛たち。いつでも準備万端ですよ。とでも言っているようである。
「あら、私は風の精霊のお陰で飛べるわよ」
『飛べたとしても細い糸は無数に広がっている。安全の為にも子蜘蛛に任せて貰いたい』
「あら、そこまで言うのならお願いしようかしら」
「ギギギギ」
ビスチェの足元で手を上げる子蜘蛛。それに対して足を屈めて手を伸ばし、平然のように受け入れ肩に乗せるビスチェ。他の者たちも同じように足元へとやって来た子蜘蛛を片手で受け肩へと乗せる。
ただ一人を除いては……
「ひっ!? や、やっぱり私も小部屋の方で待機しております! クロさま、入口をお願いします!」
クロの襟を強く掴み懇願するメルフェルン。昆虫嫌いの彼女にはまだ蜘蛛を自身の背中に乗せるのは早すぎたようで顔を青くしながらクロへ叫び、襟を強く持たれたクロもまた息ができずに顔を青く染める。
「ちょっ!? メルっ! クロさんが苦しんでるよっ!!」
「えっ!? あっ!! すみません!!」
苦しむクロに気が付いたシャロンからの叫びにメルフェルンは両手を放し、ふらつくクロを支えるシャロン。その光景を見て鼻息を荒くするアイリーン。子蜘蛛たちはメルフェルンを危険人物と認定したのか、近くにいた子蜘蛛たちは散り散りに離れ距離を取る。
「うぐ、今、開けますからルビーが正気に戻っていたら状況を伝えて下さい……はぁはぁ……ああ、それと中にある飲み物や食べ物は好きにして大丈夫ですからゆっくり休んで下さいね」
現在の女神の小部屋の中は多くの飲料とお菓子が入れられ、絨毯が敷き詰められソファーが持ち込まれている。完全なリラックス空間になっているのである。
「お気遣いありがとうございます。ルビーさまには必ず伝えますので………………申し訳ありませんでした」
虫が苦手とはいえクロの首を絞めていた事実は変わらず反省していますという表情で頭を下げ女神の小部屋へと消えるメルフェルン。
「クロさんは大丈夫ですか?」
「ん? ああ、あのぐらいなら問題ないぞ。それよりもほら、白亜は前に来ような」
背中で震えている白亜をシャロンが剥がし改めて抱っこすると、子蜘蛛がクロの背中にくっ付き「ギギギ」と声を上げる。
『子蜘蛛たちが下へ降ろす間は暴れないように。そう簡単に切れる糸ではないが鋭利な岩などで切れる事もあるから出来るだけ動かないように』
念話が送られ頷く一同。その背には子蜘蛛が張り付き片手を上げ準備万全ですと鳴き声を上げる。
『では、ゆっくりと谷へ向かい歩いてくれたまえ』
さらりと恐ろしい事を口にする黒く巨大な蜘蛛。クロとシャロンにメリリが顔を引き攣らせる中、キャロットは笑顔で「行くのだ!」と口にすると谷に向かい一歩踏み出し姿が消える。
「躊躇わないのがキャロットの良い所ね……」
「ドランよりも勇気があるぜ~僕も先に行くぜ~」
キャロットに続きエルフェリーンが足を踏み出し崖へと消える。
「く、クロさんは怖いですか?」
クロの横で膝が笑っているシャロンが口を開き、クロは「少し怖いが蜘蛛さんは安全だと言っているから信じてみようと思えるな。もし襲う気があればあんなにも長々と話していないだろうし、子蜘蛛たちも嬉しそうにしている姿を見ていると頼れる気がする。ほら、グリフォンも信用できるだろ?」
「はい……あの子たちは信用できます……僕も子蜘蛛さんを信用しないとですね……」
「ギギギギ」
背中から聞こえる子蜘蛛の声にシャロンが一歩踏み出し、クロも歩幅を合わせ歩みを進め、それを見ていたアイリーンは一瞬も見逃すまいと集中しながら鼻息を荒げ、シャロンが勇気を出し崖から歩み、クロも同じタイミングで落下する。
≪ふぅ……ご馳走さまです……結構なお手前で……≫
消えた二人へ手を合わせて頭を下げるアイリーンは鼻息荒く、自身も崖から飛び降りるのであった。
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