下りてきた蜘蛛と小部屋の乙女たち
見上げるほど大きなジョロウグモは糸にぶら下がりクロの目の前に現れ、八つの瞳と二つの瞳が見つめ合う。黒曜石のように真っ黒な瞳を見たクロは恐怖よりも不思議と美しさを感じ、八つの目に映った自分の姿が口を開けている事に気が付き思わず吹き出す。
「ぷはっ!? あははは」
急に吹き出し笑うクロにジョロウグモは首を傾げるが、音もなくゆっくりと地面に降りるとクロの前にバスケットボールほどの石を置き、黒く巨大な蜘蛛へと向き直り前足を高速で動かす。
『ほうほう、クロが皆に配った飲み物をこの石と交換して欲しいと。どれ、ほうほう、その石は綺麗な石が混じっているのだな。ああ、ドワーフが逃げ帰った時に拾っていったものか。クロがその石を気に入ったのなら先ほどの飲み物と交換してやってほしい』
黒く巨大な蜘蛛からの念話にクロは魔力創造でオレンジジュースを作ると鍋に移し替え、それを待つジョロウグモは待ち遠しいのかお尻をピクピクと動かし、傍にいたエルフェリーンは差し出してきたバスケットボールほどの大きさの石を見つめる。
「へぇ~これは魔鉄とミスリルに青い宝石? 値打ちは十分にありそうだね」
「あら、こっちには赤い宝石かしら……」
「うむ、ミスリルの入った石とは驚きなのじゃ。このような石がここには多いのかの?」
乙女たちは石に集まり話し合い、クロは鍋に注ぎ終え目の前のジョロウグモにオレンジジュースを入れた鍋を掲げると、前足で受け取り口へと運び口にしてお尻を揺らす。
≪クロ先輩のオレンジジュースは100%ですからね~それに魔力創造で作られていますから100%魔力で作られています。元気になりますよ~≫
「うふふ、喜んでいるようですねぇ。クロさんのオレンジジュースは味が濃いので美味しいですよね」
アイリーンとメリリはクロのオレンジジュースを自慢げに語り、黒く巨大な蜘蛛と子蜘蛛たちはコクコクと頷く。
「オレンジジュースぐらいでミスリルや宝石が入る石を貰ってもいいものかね」
そう口にするクロは石を持ち上げようとするが中身の成分がほぼ鉄な事もあってか持ち上げることができずアイテムボックスに入れ、飲み終わってもお尻を振っているジョロウグモを見上げる。
「気に入ってもらえたのなら良かったよ。貴重な石をありがとな」
その言葉にジョロウグモは両手を上げてお尻を振り喜びを表し、他の蜘蛛たちも同じように両手を上げてお尻を振りダンス会場のような光景に笑みを浮かべるクロ。エルフェリーンやメリリにアイリーンとキャロットも同じような動きで踊りビスチェは笑い声を上げる。
何とも不思議な光景なのじゃ……クロの魔力創造で作り出したジュースを皆で飲み魔物すらも虜にするとは……『草原の若葉』は非常識と言っておった爺さまの話を色々と思い出すのじゃが、この光景はそれ以上だと思うのじゃが……
蜘蛛たちと楽しそうに踊る光景を見ながら呆れるロザリアだったが、楽しそうに踊るリズムを足で刻んでいる自分に気が付くことはなく踊りが終わるまで見つめるのであった。
「クロさんたちは大丈夫でしょうか?」
そう口にしたのはシャロンであり女神の小部屋の中では小雪を膝に乗せ正面に座るメルフェルンへと口を開く。
「あの数の蜘蛛を相手にするという事はないと思いますが、アイリーンさまが間を取り持っていたようですが……」
「今頃は何かしらの鉱石を手に入れているかもしれませんね!」
ひとりテンションの違うルビーはラライの膝に乗せた白亜を撫で、白く美しい鱗に触れる度に鼻の穴を膨らませる。
「クロは凄いから今頃は蜘蛛たちと仲良くなっているよ!」
「アイリーンさまが仲を取り持つとしても、それはないと思いますが……」
ラライの言葉に訝しげな表情を浮かべるメルフェルン。
「でも、クロさんならあり得そうですね。グリフォンたちとも仲良くなりましたし、アルーさんともすぐに打ち解けていましたから可能性は高そうですね」
シャロンの騎獣であるグリフォンは気難しい性格をしているが、それをニンジンひとつで手懐け、アルラウネのアルーが現れた時は家庭菜園用の肥料をチラつかせ仲良くなったのである。
「それは……確かに……グリフォンを手懐けたのは驚きましたね……」
顎に手を当て思い出すように口にするメルフェルン。
「ね! ね! クロは凄いんだよ! 今頃は蜘蛛さんと仲良くなってクロの手料理をご馳走してるって!」
ラライの嬉しそうな声が女神の小部屋に響き、「近い状態になっているぞ。みんなも蜘蛛さんたちに挨拶しないか?」そう言いながら白い渦を巻く出口が出現し顔を出すクロ。だが、その言葉に眉を顰める乙女たち。
「ちなみに蜘蛛さんからはこんなものを貰ったぞ」
アイテムボックスに入れたミスリルと宝石が入り混じる鉱石をルビーの前に置くと目を輝かせ手に取り、クロが持ち上げられなかった鉱石を軽々と持ち上げ三百六十度回転させながら確認する。
「この輝きはサファイヤにルビー! 鉄のように見えますがミスリルと魔鉄が入り混じっていますね!」
「ミスリルとは驚きましたが、それを蜘蛛たちから送られたのですか?」
「オレンジジュースと交換しましたね。前にドワーフの一団がこの渓谷を調査した時に持ち帰ったのを覚えていたようで、物々交換をお願いされまして」
簡単に事情を説明するクロ。その言葉にラライとシャロンは「やっぱり!」と声を重ね、メルフェルンは呆れたような表情を浮かべる。
「それよりも、挨拶というのは……ひっ!?」
メルフェルンが短い悲鳴を上げシャロンは絶句する。その原因はクロの肩にあり拳大の蜘蛛が一匹片手を上げているのだ。
「クロの肩に蜘蛛がいるよっ!!!」
ラライも驚きの声を上げ、その声に驚いた白亜が目を覚ましキョロキョロと辺りを見渡し、小雪も威嚇の唸り声を上げるが、ルビーは鉱石に夢中であった。
「クロ! 動かないでね!」
そう言って立ち上がったラライは斧に手を伸ばし立ち上がり、クロは慌ててシールドを発生させ口を開く。
「この蜘蛛さんは安全だから武器を下ろせ! 本当に常識のある蜘蛛さんだから武器を下ろしてくれ!」
クロの叫びにラライはシャロンやメルフェルンにどうします? という瞳を向け、白亜はクロの肩に乗る蜘蛛に気が付き後退る。
「ほ、本当に危険はないのですか?」
「蜘蛛は毒があったりしますけど……」
不安そうに声を掛けるメルフェルンとシャロンにクロは大きく頷き、自身の肩へと手の平を向けると拳大の蜘蛛が飛び乗り、その頭を優しく撫でると両手を上げお尻を振り喜ぶ。
「ほらほら、こう見ると可愛いだろ? 両手を上げてお尻を振って喜んでいるからさ。さっきは師匠たちもクロたちと一緒に踊って仲が良くなった……良くなったよな?」
「ギギギギ」
クロの疑問に踊りをピタリと止め頷く子蜘蛛。
「確かに少しだけ可愛く見えてきましたね……」
「踊る姿や頷く姿は可愛い気がします……」
「どれどれ~私も撫でていい?」
斧を置き笑顔を向けるラライ。クロの手に乗る子蜘蛛が頭を下げ撫でられる準備をすると、ゆっくりと手を伸ばしてその頭に触れる。
「うわぁ~少し毛があってサラサラしてる~思ってたよりも触り心地がいいね!」
「ギギギギ」
優しく頭を撫でるラライに感化されたのかシャロンが立ち上がりクロへと近づくと撫でられる子蜘蛛を見つめる。すると、子蜘蛛は顔を上げ片手を上げ、シャロンも同じように片手を上げ、その姿にメルフェルンは食い入るように見つめる。
「シャロンさま……可愛いです……」
そんな声がメルフェルンから漏れるなか、シャロンは子蜘蛛へと手を伸ばし優しく撫でると子蜘蛛は両手を上げてお尻を振るのであった。
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