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帰還を拒否した先で見た世界  作者:
第十一章 春のダンジョン戦争
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精霊花



 月明かりの差し込むビスチェの私室にノックの音が響きベッドに横になっていた体を起こし立ち上がり、その唇もピンと尖らせている。先ほどクロに「ランクスさんを怒るのはもう許してやれ」と言われその事に引っ掛かっているのだ。


 ドアのカギを開けると予想通りにクロがおり、その手には湯気を上げるカップと蜂蜜を入れた瓶がトレーに乗っている。


「食後のお茶だけど飲むだろ?」


 クロの言葉にジト目を向け数秒間の抵抗をするが紅茶の香りにコクリと頷くビスチェ。


「まだ熱いから注意しろよ」


「うん……入って……」


 ビスチェの私室の間取りはクロの部屋と変わらないが、窓際に寄せてあるデスクには小さな鉢植えがあり棘のないサボテンのような多肉植物が月明かりと精霊たちの光に煌めいていた。


「明かりをつけないのか?」


 招かれた部屋に入りながらドアを閉めるクロ。


「ええ、こっちの方が綺麗に見えるもの……」


 月明かりに照らされたビスチェの表情にドキッとするも、デスクの上に紅茶と蜂蜜を置きキラキラとした鉢植えの植物と精霊の光に目を奪われるクロ。


「うん、いい香りがするわ」


 カップを取り香りを確かめるビスチェ。鉢植えからビスチェの持つ紅茶へと精霊の光が移動し、薄暗い部屋の中で光を発する精霊たちは喜んでいるのか、それとも紅茶の香りに興味があるのか、カップのまわりを不規則に飛びまわる。


「その鉢植えは初めて見るな」


「ええ、これは精霊花と呼ばれる植物よ。精霊が好む香りを出す大きな花が咲くわ。夏ごろに蕾を付けるから秋には咲くわね」


 ビスチェの説明を聞きながら精霊花を見つめるクロ。武骨な形をしているそれは所々が凹んでおり、そこから蕾が現れて花が咲く。薄っすら甘い香りが漂いそれに紅茶と蜂蜜の香りが混ざり、クロは目の前で起こる奇跡に目を見開く。


「えっ……花が……咲いた……」


「ふふ、驚いた? 精霊花が咲くとこんな感じね」


 鉢植えに鎮座する武骨な緑のこぶだったものから手のひら大の紫の花が三輪開き、クロは瞬きも忘れ食い入るように見つめる。


「精霊花は精霊の寝床と呼ばれる事もあって、精霊が精霊花に入るとその魔力に応じて幻影を見せるの。明るいと幻影が薄まってしまうから暗い方が見やすくて綺麗なのよ」


 月明かりに浮かぶビスチェのドヤ顔に機嫌が直った事を確信するクロ。


「やっぱりこの世界は不思議だよな……こんなにも不思議で美しいものに溢れているとか、自分が異世界人だと改めて自覚させられるな……」


「あら、異世界人さんはこっちの世界に住む事に決めたんだから、もう異世界人じゃないわ。こっちの住民よ」


 ドヤ顔から微笑みを浮かべたビスチェにクロは「そうだな……」と呟き目の前を光の粒子が通り甘い香りを届けるように鼻先をかすめる。


「ふふ、風の精霊もクロの事を気に入っているのね。精霊花の香りを届けようとクロのまわりを飛んでいるわ」


「ああ、甘い香りがする……ん?」


 鼻先を掠めた光が渦を作りその光の粒子が蜂蜜の瓶へと集まるとランプのような光を発し、精霊花の幻影は消え失せるが琥珀色に輝く蜂蜜の瓶は美しく思わず見惚れるクロ。ビスチェも初めて見る光景に微笑みながら目を細め、いつしか蜂蜜の瓶を至近距離で覗き込む二人。


「眩しいわね……でも、綺麗な光だわ……」


「これも精霊が光らせているのか?」


「ええ、風の精霊と土の精霊が楽しそうに蜂蜜の瓶の中に入っているわね。こんなに自己主張するような事はなかったけど、ふふ、喜んでいるわね。あら、水の精霊も入ったわ」


「水の精霊が蜂蜜の瓶の中に入るとか、味が薄まったりしないのか?」


「ふふふ、精霊が干渉しない限りないわよ。今はすごく喜んでいるのかしらね?」


 顎に手を当てて瓶を覗き込むビスチェ。エルフ特有の美しい顔立ちが琥珀色した蜂蜜の瓶の発光を受け照らされ、隣にいるクロはやっぱりビスチェは美少女だなと見惚れ、不意に振り向き目が合いビスチェが微笑むとクロは大きく身を仰け反らせる。


「ん? どうしたのかしら?」


 クロの不自然なリアクションに目をぱちくりさせるビスチェ。


「いや、その、何でもない……何でもないが、ビスチェの顔が至近距離にあってビックリしただけだから」


 その言葉に口を尖らせるビスチェ。


「それは私が至近距離にあると嫌って事かしら?」


「いや、そうじゃなく……」


 首を横に振り両手を前に出して振るクロ。


「あら、ならどうして驚くのよ!」


「そ、そりゃ、ビスチェが美人だからだろ……」


 クロの言葉に再度目をぱちくりさせ三秒ほど経過すると顔を真っ赤に変えるビスチェ。


「あ、あああ、当たり前じゃない! 私はエルフの中でも飛び切りの美人だもの! ママも村では有名な美人で多くの村々から縁談が来て大変だったからね! 私にも多くの縁談が今でもきているはずよ!」


 クロの言葉に最初は慌てていたが話しているうちに落ち着き、婚約を複数申し込まれている現状を報告するビスチェ。薬を取りに来るフランとクランや、最近よく来るようになったキュロットからその事を伝えられておりクロへと報告したのだ。


「あれ? 村を出たエルフは結婚相手を探すのに苦労するとかキュロットさんが言ってなかったか?」


「ええ、それはあるわね。村を出たエルフは調和を乱すとか、人間に穢されたとか、ありもしない事を言われるけど、私の場合は違うもの」


 腕組みをして仁王立ちするビスチェの顔色は既に普段通りに戻っており自信満々に口を開く。


「違うのか? この前だって色々な国に行っただろ?」


「ふふん、だって私はハイエルフであるエルフェリーンさまの弟子として村を出たのよ。他のエルフからしたら神と同等に敬われている師匠の元で錬金術を学んでいる私は特別視されるというものよ! だからクロも敬ってもいいからね」


 渾身のドヤ顔をするビスチェに思わず吹き出すクロ。


「むっ! 笑ったわね!」


 そう言いながらもビスチェは笑顔へと変わり二人で笑い合う。


 いつしか精霊たちが光らせていた蜂蜜の瓶からの発光は消え、精霊花は幻想的な花の幻影を作り出しそれを見つめる二人。


「ほんと不思議な花だよな。手で触ることができないのもだけど、淡く輝いているのが不思議過ぎる」


「秋になったら幻影じゃなくて本物の花が咲くわ。それはそれで美しいからクロにも見せてあげるからね~」


 月光を受け精霊花を眺める二人。精霊が宿ると言われるこの花はエルフたちが大切に育てている。ちなみに、この花は父であるランクスがビスチェの為にと持って来たのである。


≪何やらいい雰囲気ですね~≫


「声があまり漏れてこなくなりましたが……」


「ん……ビスチェ……頑張れ……」


「頑張れって……まぁ、ビスチェがクロを射止めれば美味しい料理と酒が手に入れやすくなるのも事実だけどさ~」


 こそこそとドア越しに聞こえる声に二人は顔を見合わせ笑い出し、立ち上がったビスチェは風の精霊にお願いして足音を消し進み勢いよくドアを開ける。


「あっ……」


 そこにはアイリーンとメルフェルンにフランとクランが雪崩のように倒れ込み、仁王立ちするビスチェを見上げて謝罪の言葉を一斉に口にするのであった。






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 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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