クロVSランクス
「ふむ、決闘なのじゃな。ワクワクするのじゃ!」
集まってきた皆に状況を説明するとシャロン以外は興味があるのかワクワク感を出し、逆にシャロンはひとり不安そうな表情を浮かべる。
「クロさん、怪我だけは注意して下さいね……」
「ああ、それはもちろん。夕食の支度もあるし、フランとクランにも料理を教えないとだしな」
そうじゃないだろうと思うシャロンであったが、アイリーンが文字を浮かせある程度は納得する。
≪生きてさえいれば私のエクスヒールで治療しますので、腕の五本や六本失くしても大丈夫ですからね~≫
「足をたしてもそんなにないからな……はぁ……ルールはどうしますか?」
「うむ、それなら基本的には寸止めにして、致命傷だと思われる一撃を受けたり気を失ったりしたら、そこで勝負は終わりでどうじゃ?」
「それでよかろう。無駄に命を取る事もあるまい……」
そう口にして睨むように視線をクロへと変えるランクス。クロはといえばその視線を受けながらも後ろでニヤニヤと笑うキュロットに多少なり怒りを覚えている。
ビスチェが心配なのは理解できるが決闘とか……ランクスさんに何を吹き込んだらこんな事になるんだか……はぁ……
「ママほど理不尽に強くはないけど魔術の腕はペプチの森でも五本の指に入るわ。この際だからクロの実力を思う存分にぶつけてパパを懲らしめてやりなさい!」
ビスチェからの飛んできた激に、ランクスさんがアンデットだったらなぁと思うクロ。事実クロの実力はアンデットなら天敵といえるほどの強さがあるが、一般的な模擬戦としての実力は下から数えた方が早くルビーの次である。
クロとランクスで足を進め適度な距離を取ると互いに向き直り視線を合わせる。クロの手には短剣よりもやや長いナイフが握られ、ルビーが作りエンチャントを施した炎を刀身に宿す魔剣がキラリと輝き、ランクスは三十センチほどの指し棒のような枝が握られショートスタッフと呼ばれる魔術士が主に使う杖を二本取り出し左右で構える。
「変わった構え方ですね」
フェンシングの様に左足を下げ右手を前に出して左手を高く上げる構えにクロが口を開くと、ランクスはニヤリと口角を上げる。
「ふふ、これはエルフの中でも伝統的な構えなのだよ。左右で同時に魔術を使い、敵を近づけずに制する事が魔術の本質である。それを体現した構えといっていいだろうな」
遠距離攻撃を主とする魔術士はランクスが言うように敵を近づかせないことが重要であり、本来ならひとりで戦う事は少なく仲間をフォローし後ろから狙撃する役職である。それをひとりで完成させたのがこのショートスタッフ二刀流である。
二本あるショートスタッフを使い違う魔術を同時に使う事で遠距離から至近距離まで対応するというものであり、伝統を重んじるエルフが受け継いできた奥義とも呼べる戦い方でそれをこのような模擬戦で披露する事は珍しくランクスの本気度合いが窺える。
「うむ、それでは両者、悔いを残さず全力で戦うがよいのじゃ! はじめっ!」
ロザリアからの開始の言葉が荒野に響きクロは複数のシールドを展開する。ランクスは開始と同時に右手でマジックアローを三本ほど打ち、左手で土魔法の石礫を発動し複数の石が弧を描き上からクロを襲う。
「ちょっ!? 二つ同時に魔術を発動させるための二刀流かよっ!」
慌ててシールドを足場に上へと逃れるクロ。シールドで五段ほど高く上がり新たに半球状のシールドを展開させる。
「へぇ~前にも見たけどクロのシールドは種類が豊富ね。足場に使って空に逃げるのも面白い発想だわ」
「あれは木の実を採る時にも便利だわ。風の精霊にお願いして風を纏って木の実を採取するとどうしても風の影響を受けて木から木の実が落ちちゃうもの」
「むっ! 土が盛り上がっておるのじゃ!」
キュロットとビスチェがクロのシールドの話をしていると、僅かに盛り上がった地面が急成長するように空へと昇り細い土の柱が出来上がりクロは慌ててシールドを足場に距離を取る。が、それを逃がすまいとマジックアローが真逆からクロを襲う。
「威力はなさそうだが警戒するに越したことはないのじゃ。逆から飛んでくるマジックアローもいやらしい攻め方なのじゃ」
「あれをされると殆どの対戦相手は動きを封じられるのよね~ほら、土の柱がしなって鞭のように攻撃してくる」
「あれってパパの得意な土系統の魔術! クロ相手にパパは本気出し過ぎっ! クロも頑張りなさいっ!」
ビスチェからの激に応えるようにクロが態勢を整え半球状だったシールドを完全な球体にするとナイフに魔力を通しオレンジに輝きを放つ。
「ほぅ、やっと本気で戦う気になったようだな。だが、その前にそのシールドごと遠くに吹き飛べ!」
土の柱が鞭のようにしなりクロへ襲う。それも態勢を整えていた時に柱は三本に増え一斉に襲い、土埃を上げ視界が悪く現状が把握できないロザリアは探索の魔術を使い現状を把握する。
「うむ、クロは無事なのじゃ……ふぅ……安易に審判など引き受けると心臓に悪いのじゃ……」
その呟きに安堵するシャロン。決闘を見学し始めてからずっと拳を握りクロを応援していた事もありロザリアの呟きを耳にし脱力しながらも目を凝らす。
「無事だとしてもこの視界の悪さはパパに有利過ぎるわ! クロ! 早く逃げなさい!」
大きく叫ぶビスチェの言うことは尤もで、ランクスの得意とする魔術は土系統であり、加えて土の精霊と契約している。土の精霊と契約している者は地面に何か埋まっているかを知ることができ、土埃に包まれているクロの場所や行動は土の精霊によって完璧に把握できる状態にある。
「そこだっ!」
マジックアローが十本ほど土埃に向かい放たれ勝利を確信するランクスだったが、その場を左に避け今までいた場所を通り過ぎるオレンジに輝くナイフ。クロが魔力を通していたナイフである。
「何とも思い切った事をする……」
そう呟くランクスがクロの気配を探り土の精霊の力を使うが姿が見つからず、慌てたランクスは二本ある杖を構え警戒する。
「いったい……どこへ……そこかっ!」
新たにマジックアローを複数浮かせ放つランクス。今度は手ごたえがあったのか連続して三十本ものマジックアローが晴れ始めた土埃に向かう。
「これではクロに勝ち目はないのじゃ……」
「そうね。近づくこともできないし、クロのシールドが強力だとしてもあれほどのマジックアローを受ければシールドは破壊されるわね。アイリーンは治療の用意をっ!? えっ!? ランクスっ!!!」
ロザリアとキュロットでクロの勝利はないと話していたが視界に映る光景に驚きの声を上げる。
マジックアローを打っていたランクスの姿が消えたのである。
「何が起こったのっ!」
クロを詳しく知るだろうビスチェに声を上げるキュロット。ビスチェは頭を傾げるがすぐにドヤ顔を浮かべる。
「わからないけど……クロの勝ちだわ!」
何故か勝ちを確信するビスチェ。
「はぁ……一応は自分の勝ちでいいですかね?」
土埃が完全に晴れ皆の元へと歩きながら口を開いたクロ。土まみれになってはいるが無傷でありシールドを解除すると土埃が新たにクロの頭を襲いシールドの上に乗っていた土が降り注ぐ。
「うへぇ……口の中がジャリジャリする……」
勝者というよりもその汚れ具合に辟易するクロ。だが、次の瞬間抱き締められ驚きの声を上げるのだった。
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