ビスチェの父とやってきたフランとクラン
「改めまして、ビスチェの父のランクス・ペルチ・マシュリームである……」
そう自己紹介したビスチェの父ランクス。現在は錬金工房『草原の若葉』のリビングの床に転がされている。手足を土製のバインドと呼ばれる拘束魔術で縛られており身動きができない状況で、ここへ運ばれる時は口まで塞がれていたのだ。
「えっと、お茶を出す用意を致しますね」
「僕も手伝うよ」
そう言ってメルフェルンとシャロンはキッチンへと消え、代わりにやって来たのは鍛冶をしていたルビーと見学をしていたロザリアであり、縛られているイケメンエルフであるランクスを見て首を傾げている。
「何か悪さを下のですか?」
「顔は良いが傲慢そうなのじゃ……」
事情を知っているだろうクロの後ろへとまわり小声で呟く二人にクロが事情を説明すると「ああ……」と声が重なり眉間に深い皺を作っているビスチェへと視線を向ける。
「それで、パパは私を連れ戻してどうしたかったの?」
椅子に座りイラついていますと言わんばかりの態度で口にするビスチェ。
「そんなのは決まっている! そこのクロという男に汚される前に連れ戻すだけだ!」
何やら誤解しているなぁ、と思うクロに対して頬を染めるビスチェ。更にニヤニヤと笑みを浮かべるビスチェの母のキュロット。
他の者たちはそんな光景を目にしながらまだ設置されている炬燵に入りメルフェルンが入れた緑茶に手を付ける。
「汚されるって何? クロは瘴気を出さないわ! 出すとしても美味しい料理と白ワインよ!」
意味を理解していないビスチェらしい言葉にランクスが呆れた表情を作り、キュロットは「それはいいわね!」と声に出しクロへと視線を向ける。
「えっと、前にかなりの数を持ち帰ったと思うのですが……」
「あんなのすぐに飲み終わってしまったわ。雪がなくなったらすぐにでもお邪魔させていただこうと思っていたけどねぇ。そうそう、私を追ってフランとクランも来るはずだから、そろそろじゃないかしら」
「それなら俺が、」
≪いやいや、クロ先輩がこの修羅場を逃げ出してどうするのです!? 私が代わりに外で待っていますからクロ先輩は修羅場をどうぞご堪能して下さいね~≫
総文字を残し小雪を抱えて外へ向かい、キャロットと白亜も先ほど自供し怒られた事もありアイリーンと一緒に外に向かう。
「修羅場って……」
そう呟くクロだったが、修羅の如き視線を向けるランクスに確かにと思いながらもひとつ提案する。
「あの、そろそろ拘束を解きませんか?」
その言葉に唖然とした表情を浮かべるビスチェとキュロット。拘束されているランクスも一瞬表情が緩むが再度クロを厳しい視線を向け直す。
「ダメよ! もし、ここで暴れたらみんなで建てた家が壊れちゃうもの」
「そうね。家が壊れたらエルフェリーンさまにどう言い訳したらいいか……最悪、ぺプチの森が焼土に変わるかも……」
ビスチェとキュロットの言葉にクロが一瞬カイザール帝国の事を頭に浮かべるも顔を横に振り口を開く。
「それはないですよ……ないですよね?」
「我に聞かれても……エルフェリーンさまは過去にカイザール帝国の城が溶けるほどの火球を打ち下ろしたのじゃ……そして、二百年後にはカイザール帝国を潰し新たにエルカイ国を作っておるのじゃ……ぺプチの森がどうなるかは我はわからんが、燃やす時は協力するのじゃ」
何故か乗り気に話すロザリアにクロが顔を引き攣らせる。
「あ、暴れはしない……それは誓おう……」
拘束されているランクスから言葉が漏れビスチェは目を細める。
「それなら私の名に誓って暴れないと宣言してね。もし暴れたらパパとは絶縁よ!」
「なっ!? ぜ、絶縁!! そ、それは言い過ぎじゃないか?」
「パパが暴れなければそれでいいの! 何を勘違いしているかは知らないけど、私は精霊たちに恥じない生活をしているわ! それは神に誓ってもいいし、精霊たちにも誓えるわ!」
ビスチェの言葉に反応してキラキラと精霊たちが小さな光を生み出し幻想的なエフェクトが掛かり思わず見惚れるクロ。他の者たちも同じように見つめ、父であるランクスはその姿に「おおお、我が娘は精霊に愛されているのだな……」と涙を滲ませる。
「私と違って契約以上の関係の様ね。本当に精霊に愛されているわ」
「そんな事はいいの! 誓うの? 誓わないの?」
「誓おう……我が娘、ビスチェに誓い、この家の中では暴れたりはしない……これでいいか?」
「ええ、いいわ。もし暴れたら私はパパとの縁を切るし、師匠と一緒にぺプチの森に強襲するから!」
「森は関係ないだろ! 約束する! 絶対に暴れはしない!」
「なら、拘束を解きましょうか。それと、クロ。 お願いしていいかしら?」
キュロットが指を弾くとロープ状になり拘束していた土が解け立ち上がるランクス。クロは慌てて立ち上がったランクスへと声を掛ける。
「ちょっと待って下さい! 土で部屋が汚れるので先にお風呂に入ってもらってもいいですか?」
思いもしなかった提案を口にするクロに目を点にするランクス。クロ的にはアイリーンが居れば浄化魔法をお願いしたのだろうが外に出ているため、お風呂という選択肢を取ったのである。
「そ、それは構わないが……」
「ここは自分が片付けますので、ビスチェはお湯をお願いできるか?」
「任せて! パパ! うちの自慢のお風呂に入るといいわ!」
クロがビスチェを呼んだ時に片眉が上がったが、ビスチェにパパと呼ばれそれもすぐに下がり親ばかであることが窺える。そもそも、ここへ怒りに任せてやってくるあたり親ばか確定なのだが、二人は脱衣所へと消え、クロは残された土を箒で集めながらヴァルを召喚する。
「我こそは主さまの求める声に呼ばれしホーリーナイト!」
三等身のゆるキャラが魔法陣から登場し名乗りを上げ、興味深げに見つめるキュロットだったがその姿に笑いを堪えて肩を揺らす。
「ここから脱衣所までを浄化してくれ。土汚れは床の溝に入りやすいから注意深く頼むな」
「………………………………はい」
思っていたよりも地味なお願いに数秒ほど返事が遅れたヴァルは、宙に浮きながら浄化魔法を使いゆっくりと脱衣所へと向かう。
「これでいいかな。あの、お願いって何ですか? 白ワインですか?」
箒をアイテムボックスへ片付けながらキュロットへと振り返るクロ。
「えっと、そうね。お願いはしたけど内容は言わなかったわね! 内容は、」
「来たのだ! フランとクランとユニコーンが来たのだ! でもシャロンのグリフォンが厩舎から威嚇してユニコーンが怖がっているのだ!」
玄関から現れたキャロットの叫びに慌ててシャロンが飛び出して行く。
「来たようね! クロへのお願いは――――」
「「「カンパーイ!」」」
フランとクランを迎えグラスを合わせる『草原の若葉』たちとエルフ一行。フランとクランは再会を白ワインで喜び、キュロットとランクスは二人寄り添い白ワインと赤ワインで頬を染める。
「肉が美味いのだ!」
「キュウキュウ~~~」
「わふっ!」
キャロットと白亜に小雪もご機嫌で骨付き肉であるスペアリブに齧り付く。そんな光景を眺めながらクロはビスチェの横に並び口を開く。
「ビスチェの親父さんが来た時は驚いたが、娘思いの良いエルフだな」
「むぅ……過保護過ぎるわ。娘の方が色々と気を遣うの……」
「そういう物なのかもな……」
ビスチェは白ワインを口にしながら仲睦ましい両親を眺めるのであった。
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