ポンニルは乙女
山菜を採りに行ったシャロンたちも戻りクロは夕食の支度を開始する。すると、リンシャンが興味を持ったのか席を立ちキッチンカウンター席へ腰を下ろすとクロの手際を注意深く見つめる。
「山菜は村でもよく料理しますが、あのように大量の脂を使った料理は初めて見ます」
「これから作る料理は天ぷらといって野菜などに衣を付けて油で揚げる料理ですね。少しカロリーが高くなりがちですが、野菜の苦みなどが軽減されて美味しくいただけますよ」
タラの芽に似た野菜の下処理を終えてんぷら粉にくぐらせると手早く揚げてゆくクロ。その手際を見つめるリンシャン。その横にはキャロットが座り白亜もキッチンカウンターの席に立つと一緒になって見つめる。
「天ぷらは美味しいのだ。野菜はあまり美味しくないけど美味しくなるのだ」
「キュウキュウ!」
キャロットと白亜も天ぷらは好物なのようでクロが大量生産する天ぷらを見つめ尻尾が揺れ、その光景に微笑みを浮かべるリンシャン。
「ふふふ、クロさまは皆さまの母親役なのですね」
「あ~言われてみれば……この前はキャロットの取れたボタンを縫い直したし、白亜がつめに引っ掛けて破いたクッションも直したっけ……」
思い当たる事があるのか数例口に出すクロ。
「クロは何でも上手なのだ」
「キュウキュウ~」
お気に入りのクッションを直してもらった白亜は何度も頷きながらも揚げ上がる山菜を目で追っている。
「よかったら味見してみますか?」
そう口にしながら串に刺すと揚げたてに軽く塩を振りリンシャンへと渡し、キャロットと白亜にも串に刺し「熱いからな~」と注意を促す。
「まあ、これは美味しいですね。まわりがサクサクとしながらも中の山菜がほっくりとして、ほろ苦さもありますが塩が本来の甘さを引き立てているようです」
「美味いのだ!」
「キュウキュウ!」
リンシャンの言葉に胸を撫で下ろしたクロは天ぷらを量産し、揚げ終わると素早くアイテムボックスへと入れ冷めるのを防ぎ次の作業に取り掛かる」
「お湯は沸いているな」
「言われた通りに麺つゆの準備も整っております」
料理を手伝っていたメルフェルンからの言葉にクロは味を確かめ頷き、微笑みを浮かべたメルフェルンは食器を用意し始め、それを目にしていたメリリは炬燵の上を片付け始める。
「メルフェルンさん、ポンニルさんたちの器はドンブリではなく少し深い皿にして下さい。その方がフォークで食べやすいと思うので」
「わかりました。すぐに用意致しますね」
『草原の若葉』に住む者たちは料理にもよるが箸を使う事が多く、キャロットやシャロンも既に箸が使えるようになっている。メリリは練習中ではあるが本来の器用さもあってかほぼ問題なく扱えるようになっている。
「箸とは、その先ほどから使っている長い二本の棒ですよね? 凄く器用に扱っていて驚いていたのですが」
「これは地元の風習で箸といってこれを使い食事をしますね。慣れればナイフとフォークの代わりになりますし、魚の小骨とかも分けられるようになります」
「それは便利ですね。洗いものも減って楽そうです」
洗い物が減るという主婦らしい感想に共感するクロ。この世界のナイフは地球の様な切れ味を抑えたナイフではなく本物のナイフであり洗い物の際に手を切る事はよくあるのである。その為か、冒険者以外にも下級ポーションはよく売れるのだが在庫が乏しく、入荷待ちが発生しやすく見つけたら即買うというのが常識であった。
他にもコボルトの様な獣人種は爪が鋭く手入れを数日忘れればすぐに伸び、それを忘れてトイレなどで怪我をすることもあり需要は高くなっている。
「僕は前にクロ兄ちゃんから教えて貰ったけどすごく難しかった……」
「あれは無理よ。それこそ数ヶ月の訓練が必要になるわね!」
ロンダルとキョルシーも会話に加わり賑やかになるキッチンカウンター。そこへ帰ってきたアイリーンと小雪が加わり天ぷらの気配を感じたアイリーンが文字を躍らせる。
≪ちくわはありますよね? できたらサツマイモとカボチャにエビとナス!≫
「揚げてあるから手を洗ってこいよ。うどんが茹で上がったらすぐに夕食にするからな~」
その言葉を受け洗面所へと走るアイリーン。
「本当に母親のようですね」
「キュウキュウ~」
「クロは兄ちゃんだよ。男として尊敬してるんだから」
「ロンダルはクロのこと好きよね。早く春になれ~って、いつも言っていたし、冒険者ギルドで単独突破の事を耳にした時だって自分の事のように喜んでいたもんね」
「そりゃ、喜ぶだろう普通。クロ兄ちゃんが英雄になったんだから」
キラキラした瞳をキッチンカウンター越しに受け居心地の悪さを感じながらもうどんを茹でて行くクロ。
「こんな光景も見納めになるのか……」
炬燵に入り言葉を漏らしたポンニルにビスチェの目が光り口を開く。
「そうそう、ポンニルの婚約相手ってどんな人なの? 知りたいわ!」
「うむ、我も気になるのじゃ。同じコボルト族かの?」
乙女らしい瞳を向ける二人と乙女っぽい表情を浮かべるシャルルから迫られ、ポンニルは相手の顔を思い出して頬を染める。
「そ、その、あれだな。いい奴だよ! 私らはさ、『若葉の使い』として危険な魔境に入っているだろ。だからさ、私が行くたびに心配してさ、帰ってくるとスゲー喜んでくれるんだよ……Cランクだから心配ないといってもさ、毎回喜んでくれて……プロポーズされて……だな……」
普段はリーダーという事もあり強気な発言をするポンニルだが恋愛の話は恥ずかしいらしく顔を真っ赤に変え、それを聞いたビスチェとロザリアにシャロンは詳しく聞くために追撃を始める。
「良い感じじゃない! どんな言葉を貰ったのよ!」
「うむうむ、それは是非聞きたいのじゃ」
「ワクワクしますね!」
「…………………………………………」
真っ赤な顔で黙り込むポンニル。ビスチェとロザリアは聞き逃さないよう集中し、シャロンも興味があるのかワクワクが止まらない。聞き耳を立てて歯を喰いしばり拳を握り締めるメリリ。
何ともカオスな状況ではあるがメルフェルンが炬燵の上に皿を並べ始め救いが来たと手伝いを申し出るポンニル。普段はそんな事はしないが、今ならお嫁に行くためにも必要だ。という言い訳が使える状況に立ち上がり口を開く。
「て、手伝います……」
長く沈黙をしていた事もあり、ややどもりながらも口にし逃げるようにキッチンへ向かうポンニル。あからさまに残念だという表情を浮かべるビスチェとロザリアにシャロン。メリリはゆっくりと拳を開き表情を戻すと大きく息を吸い吐き出し冷静さを取り戻す。
「うふふ、ポンニルさんは素晴らしい相手を見つけたのかもしれませんねぇ」
嫉妬など一切していないという口ぶりだが無表情で話すその言葉に一緒に、炬燵に入っていた三名がぞくりとしたものを感じたのは仕方のない事だろう。
数分後、茹でたてのうどんと山菜やエビなどの天ぷらが炬燵の上に並び夕食を開始する一同。昆布と鰹に鳥を使った出汁をたっぷりドンブリに入れうどんを食べ表情を緩める一同に、クロは婚約が決まったポンニルに何かできないかとひとりキッチンに残りデザートを用意するのであった。
もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。
誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。
お読み頂きありがとうございます。