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帰還を拒否した先で見た世界  作者:
第十一章 春のダンジョン戦争
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早春の来客


 

 枯草の間から新緑が目立ち始め雪が降る日もなくなった錬金工房『草原の若葉』では恒例の山菜摘みが行われていた。果樹園近くでも多くの種類の山菜が芽吹きワラビやコゴミに似た山菜やタラの芽などに似た新芽を摘み取り籠に入れて行く。


「あったのだ!」


 自慢気な表情で摘み取った雑草を掲げるキャロットに首を横に振る白亜。白亜は白亜で山菜よりも握りやすくカッコイイ棒を拾いご機嫌に振り回している。


「山菜摘みとは懐かしいです。小さい時は避暑地で山菜を採りや狩りに同行した事があります」


「へぇ~皇帝でもそういう事をするのか~」


「はい、帝国所有の山が複数あり、ひと月前から魔物狩りを開始し大規模な準備が必要です。あれは地獄です。兵士たちは重装備で、メイドたちは戦闘訓練も視野に入れた行事ですから……あの訓練がメイドとしての魂を強くさせたのかもしれません……」


 シャロンとクロの会話に死んだような瞳を浮かべながら山菜を摘み取るメルフェルン。もう一人のメイドであるメリリは妖精たちと話をしながら小さな果実を収穫し、口に入れ微笑みを浮かべている。


「うむ、これらの山菜はあまり口にした事がないのじゃが美味いものなのかの?」


 クロの顔を覗き込みながら話すロザリア。普段はフリフリとしたドレス姿なのだがそういった服を持っておらず、クロが急遽魔力創造で用意した学校指定のジャージを着ておりやや癖のある金髪と赤い瞳と相まってその姿が浮いていた。


「美味しいですよ。山菜は天ぷらでも美味しいですし、灰汁抜きすればおひたしにしても食べられますね。家ではよく近所の方から貰ったので作り方も大丈夫ですよ」


「うむ、それなら楽しみなのじゃ」


「天ぷらはどの食材でも美味しいですよね」


「私は前に食べたサツマイモと呼ばれる天ぷらが大変美味しゅうございました。甘芋に似た風味でさっくりとしながらも中がホクホクとし、塩で食べると甘さが引き立ちます」


 以前食べたサツマイモの天ぷらを思い出したのか山菜を摘む手が止まり呆けるメルフェルン。シャロンはそんなメルフェルンを見つめ微笑み、クロはそれなら今晩の夕飯に追加しようと思案する。


「それは我も気になるのじゃ。クロにお願いできるのじゃ?」


「はい、大丈夫ですよ。山菜の天ぷらにプラスするだけですから」


「それならエビが食べたいわ! 天ぷらはエビが最強なの! 絶対にエビは外せないわね!」


≪私的にはちくわの天ぷらが最強だと思います! 噛んだ瞬間に青のりの風味とさっくりとしながらも魚のすり身の旨味に適度な弾力。あれ以上の天ぷらは……とり天もありましたね! 玉ねぎを天ぷらにしても美味しいですし、レンコンの天ぷらも捨てがたい!≫


 ビスチェのエビトークに参戦したアイリーンはアラクネのアルーと共に小雪と遊んでおり、五百メートルほどは離れているのに糸で会話を拾っているらしく文字で会話に参加している。小雪はアルーに抱かれ優しく頭を撫でられており尻尾をゆっくりと揺らして小春日和を楽しんでいる。


「絶対エビね! あの食感と甘みは芸術作品ね! 尻尾までカリカリで美味しいの!」


≪ニンジンの天ぷらも美味しいです! 甘みと少しだけほっくりとした感じも美味しいです! ナスやシイタケにアスパラも美味しいです! あっ!? かき揚げの存在を忘れていました!! あれこそ天ぷらの大家族や~≫


 遠く離れたアイリーンにジト目を送りつつ浮いている文字を両手で丸めたクロは、夕食は天ぷらうどんにしようかと思案しながら膝を曲げ山菜取りに戻る。


「今度はもっと大きなエビを天ぷらにしてね。きっと美味しいはずよ! ん?」


 ビスチェが何かに気が付いたのか体を反転させ瞳に力を魔力を集め、それに気が付いた一行も同じように瞳を魔力で強化し視線を向ける。すると、視線の先には見慣れた三名の顔があり、この三名の来訪も春を告げる行事の一つとなっていた。


「ポンチーロンだわ!」


「そろそろだと思っていたが今日だったか。俺が行ってくるよ」


「それなら我も行くのじゃ。『草原の使い』の噂は耳にしておるからの~」


「うふふ、私も『草原の若葉』の一員として挨拶をしないとですね~」


 ロザリアとメリリが立ち上がり先を行くクロの後ろに付き『若葉の使い』を迎えるために動き出し、シャロンも立ち上がろうとしたがキャロットがまた雑草をカゴに入れ、それを指摘しタイミングを逃す。


「あっ! クロ兄ちゃん!」


「ふふ、英雄様だー」


「よぅ、久しぶりだな!」


 去年よりも背が伸びたのか精悍な顔立ちになったロンダルとツインテールがトレードマークのチーランダ。『若葉の使い』のリーダーでしっかり者の長女ポンニル。それに加えもう一人の女性が笑顔を向けて来る。種族はコボルトらしくピンとした犬耳があるのだが目の下にある涙黒子と片手を頬に添え滲み出る人妻感。装備も軽装でありながらも皮製のエプロンを付けている。


「えっと、こちらの方は?」


 走ってきた四名を迎えクロは人妻感が滲み出る女性へと口を開くと「母ですわ」と短く答え驚くクロ。ロザリアとメリリは初対面であり簡単な自己紹介をし合いながら足を進める。


「ロザリアなのじゃ」


「メリリと申します。去年の末から『草原の若葉』のメイドとして雇っていただいております」


「私はチーランダ! こっちがポンニルでこのちっこいのがロンダル! あと母さん!」


「ちっこいはないだろ! 最近はグングン背が伸びて姉ちゃんよりも大きくなったのに!」


「器の事よ! それよりも死者のダンジョンを単独突破とかクロ凄過ぎ!」


「冒険者として尊敬するよ」


「凄いです! クロさんとは手合わせしてもらった事もありますが実力を隠していたのですね!」


 キラキラした瞳を向けるロンダルにクロは顔を引き攣らせ、ロザリアとメリリは肩を揺らし笑いを堪える。


「前は私の方が強かったもんね! 単独で突破とか急に強くなったの? どんな修行をしたの? ねぇねぇ、答えて!」


 グイグイ来るチーランダに後退るクロだったが、「うぐっ!?」と声を上げる急停止し、ツインテールを両手で掴み停止させる母親の行動に驚くクロ。


「チーちゃんダメでしょ。冒険者は荒くれ者だと思われてしまうわ。それに相手はダンジョンを単独突破するほどの実力者で『草原の若葉』の人たちなのよ。娘がすみません」


「もうっ! 謝るから手を放してよ!」


 両手でツインテールを引っ張り続けながらも頭を下げる母親にヤベーのが増えたと察するクロ。事実、ポンニルは止めることはせず成り行きを見守り、ロンダルも同じように視線を外している。


「あの、その辺で……それよりも疲れているでしょうから家で休みましょう」


「まぁ、そうですか。ではお邪魔させていただきますね」


 ツインテールが解放されたチーランダはクロの後ろに隠れながら小声で「母さんには気を付けて、教育者という名の鬼だから」と耳打ちされる。


「確かに厳しそうだけどチーランダの事を思っての行動だろ?」


「そうかもしれないけど……」


 唇を尖らせながら納得のいかない表情を浮かべ歩みを進める。


「あの、もしかしてリンシャンさまですか? 槍使いのコボルトとして活躍なされた……」


 メリリの記憶にあったのか人妻感の強い女性へと質問を投げ掛けると足を止めて振り返り笑顔を浮かべる。


「はい、双月さまに名前を知られているとは驚きました」


 その返しに顔を引き攣らせるメリリ。


「そ、双月……」


「げっ!? あの悪名高い双月っ!?」


「クロ兄ちゃん!?」


 冒険者にとって双月の名は有名であり『悪鬼と剛腕』に並ぶ悪名高い冒険者として広まっているのである。その証拠にポンチーロンの三名はクロの後ろに隠れロンダルに至ってはガクガクと震えている。


「えーと、なんていうか、過去は過去で、メリリさんは色々とメイド業を頑張っていますから。さっきもみんなで山菜を取っていましたし、メリリさんは妖精たちから好かれていますよ」


 クロのフォローに薄っすらと涙を浮かべるメリリ。ロザリアはメイドとして動いている姿を思い出そうと腕を組み悩んでいるが思い当たらず首を傾げる。


「話すにしてもお茶を入れますので、ゆっくりして下さい」


 錬金工房『草原の若葉』へポンチーロンとその母親を迎えるのであった。






 今日から十一章の始まりです。できる限り毎日投稿いたしますので宜しくお願いします。

 

 もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。

 

 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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