三大女神
「ベステルさまぁ冷めちゃいますよぉ」
「気落ちするのも理解できるが、折角クロが奉納してくれたうな重とスッポン鍋の美味さが半減してしまうぞ」
女神ベステルの私室では愛の女神フウリンと叡智の女神ウィキールが奉納されたうな重とスッポン鍋を口にしている。
「他にも数種類の日本酒にぃミードまでぇ送ってくれましたよぉ」
「妖精たちが作ったハチミツ酒だな。新しい酒を仕込むから古いのを送ってくれたのだろうが、んぐんぐ……思っていたよりもすっきりとした味わいだな」
「ミードは人類最古の酒と呼ばれていますがぁ、妖精たちが作ったのなら美味しいに決まってきますぅ。それにぃこっちの日本酒は二酸化炭素を入れぇシュワシュワとして美味しいですよぉ」
うな重と交互に酒を口にする二人は目の前で難しい顔をしている女神ベステルに気を使っているのか早く食べるよう進言する。
「堕ちた天使の事は残念だったかもしれないが、そのお陰というと不謹慎だが我々の様な元は普通に暮らしていた者たちが神として採用されるようになったのだ。何でも一人で抱え込むのは女神ベステルさまの悪い所です」
「そうですよぉ。失敗は誰にでもありますぅ。思い込みからくる失敗はぁ本人が気付くことが少ないですからねぇ。他の者から助言でもされない限りぃ突き進みますぅ」
二人からのフォローの言葉を耳に入れながら顔を上げた女神ベステルはうな重の蓋を開封すると箸を使い器用に口に運び表情を緩ませる。
「ふふ、これよ! 脂ののった鰻の身と甘辛いタレ、米も一緒に食べると最高に美味しいわ! 炭で焼いているのか香りもいいし、山椒を掛けると香りと甘さが引き締まって手が止まらなくなるわね!」
一口食べ感想を言い終わると二口三口と食を進め、一緒に奉納された日本酒をグラスに注ぎ入れ一気に流し込む。
「ふはぁ、すっきりとした味わいなのに余韻が残る香りでまた料理が食べたくなるわ! スッポン鍋はどうかしら」
「それなら私が取り分けよう」
「スッポン鍋はぁコラーゲンが豊富ですからねぇ。明日にはぁお肌がプルンプルンですぅ」
両手で自身の頬を押さえる愛の女神フウリン。叡智の女神ウィキールも食べ始めた女神ベステルに安堵したのかスッポン鍋を取り分け渡す。
「スッポンは骨付きだからぁ気を付けて下さいねぇ」
「はふはふ……プルンとした身は柔らかくて皮がプルプルね。味は醤油ベースで美味しいわね。何だか元気が出てくる味だわ……」
うな重とスッポン鍋に日本酒を口にしながら食事は進み、食べ終える頃には女神ベステルの頬も赤く染まり上機嫌に口を開く。
「ぷはぁ~堕ちた天使も無抵抗に浄化されるんじゃなく殴り掛かって来なさいよね! 私だけ罪悪感が残るってのよ! 勇者召喚なんてのを初めてした時は不安だったけど見事に討伐してくれたわ! でも、それが切欠で堕天使の魂は砕け散り世界に降り注いだけど……
お陰で見つけ次第浄化する羽目になるし、今回のように邪神像とかに祭り上げられ運よく? 悪く? 受肉した時は私が拳で浄化して……はぁ……毎回嫌な思いをするわね……」
大きくため息を吐いた女神ベステルは日本酒を自身のグラスに注ぎ入れると一気に喉に流し込む。
「ぷはぁ~あの当時は本当に苦労したわ……二人も堕天使を討伐した頃の時代に生まれたのよね?」
「はい、あの時代は本当に苦しい時代でしたねぇ。男は堕天使と戦い命を落とし、伝染病が蔓延し、死が隣にいるような時代でした……」
「だが、錬金術や魔術がもっとも進化した時代ともいえるな。苦しい時代だからこそ人々はそれに抗い乗り越えようと奮起したのだ。今更悔やんではあの時代に活躍した者たちを汚すことになる。確かにつらく厳しい日々だったかもしれないが一生懸命に生きていたな」
二人の言葉を受け女神ベステルは微笑みを浮かべる。
「そう……」
「はい、辛く厳しい時代であっても人々は強く生きていますぅ」
「今が辛くても明日には楽になる。明日には改善される。子供たちの未来が明るくなる。そう思い皆が努力した時代です」
愛の女神フウリンと叡智の女神ウィキールもグラスを持ち日本酒を注ぎ入れると、三人でグラスを合わせ乾杯する。
「彼方たちを神にして良かったわ……仕事は色々と忙しいでしょうけど、これからも力を貸してね」
「できる範囲でぇ頑張りますぅ」
「私も異存はない。それに私の聖域にあのような禁書があった事も謝罪しなければならない案件。すみませんでした」
「それを言ったらあの禁書は私の娘が残し封印したもので、それを捕獲したのも私の娘だわ。私が浄化したし、それはもう、ん? 何かしら、」
女神ベステルが違和感に気が付き目を細め、愛の女神フウリンと叡智の女神ウィキールも警戒する。すると、目の前の炬燵の上に転移してきた存在が尻尾を振りひと鳴きする。
「わふっ!」
「ふわぁ~これって小雪ちゃんですよ! 私に会いにきてくれたぁ~」
素早く抱き締める愛の女神フウリンに捕獲された小雪は抱きしめられ撫でられ尻尾をぶんぶんと振る。
「クロとアイリーンが気を回した? いや、ただの奉納事故だな……」
「これと一緒にこっちに来たのね……まったく……」
テーブルには軍手と刺股が現れクロが女神ベステルに借りていた物を返したのだろう。他にもコンビニのちょっとお高いカップ入りアイスが数個置かれている。
「デザートまで奉納してくれるとはクロに感謝だな」
「私はラムレーズンにするわ!」
「なら私は抹茶だな」
「私はバニラがいいですぅ。小雪ちゃんのデザートが何かあればいいのですけどぉ」
アイスを開封し口にする女神ベステルは手を払う仕草をする。すると皿に乗せた骨が現れ尻尾は引きちぎれんばかりに動き、愛の女神フウリンから飛び降り骨に齧り付く小雪。
「小雪ちゃんのデザートも創造してもらえるとはぁ運がいいですねぇ」
「あら、私だってたまには慈愛を示すわよ。それにこの触り心地は素晴らしいわね」
「フェンリルの毛はサラサラですからねぇ。飼っているアイリーンちゃんが羨ましいですぅ」
「エルファーレの所で多くのフェンリルを保護しているが、誰か来たようだな」
ノックの音が響き叡智の女神ウィキールが立ち上がりドアを開ける。そこには武具の女神フランベルジュがおり入った瞬間に香ばしいうなぎの香りと甘いアイスの香りが鼻腔を刺激し、食べ終えた器を見つけ口を開く。
「どうして誘ってくれないのですか! 私だってクロの料理を食べたいですわ! ん? それって小雪ちゃんですの?」
一心不乱に骨をガジガジしていた小雪はやって来た縦ロールの女神へ顔を上げるがそれほど興味がなかったようで、また骨をガジガジと齧り付く。
「フラれたわね」
「フラれましたぁ~」
「残念だったな。次は誘うようにするから小雪の為にも静かにしてくれ」
「…………………………」
三大女神からの言葉に思わず鯉口を切りそうになる武具の女神フランベルジュなのであった。
これにて第十章は終わりです。 次の章はまだあまり考えていないので……少し更新が開くかもしれませんが申し訳ないです。できれば金曜か土曜辺りに再開できればと思います。
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誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。
お読み頂きありがとうございます。