大掃除
教会の前には多くの怪我人が溢れシスターや神官たちが動きまわり、回復魔法や包帯を使い応急処置などが行われていた事もあり裏口へ向かい馬車は停車する。
「本来なら正面からお入り頂くのですが、申し訳ありません。こちらからお入り下さい」
鉄格子の扉が開かれると重厚なドアが開き中へと案内される一行。裏口という事もあり簡素な作りだが安全面を考え分厚いドアを潜ると、中では多くのシスターが走り回り清潔な布や湯を沸かしている。
「礼拝堂は医療の為に使われているでしょうから上へ参りましょう。貴族用の礼拝堂が二階にありますので、そちらへ向かいます」
聖女の案内を受けながら階段を上がるも怪我人が気になるクロはアイリーンへと視線を向ける。
「なあ、何とかならないか?」
「ギギギ」
≪礼拝堂を中心にエリアヒールを使います≫
片方の前足を軽く上げると白い光に包まれるアイリーン。すると教会内は優しい光に溢れドア越しに歓声が上がり多くの声が耳に入ってきた。
「痛みが引いて行くぞ!」
「何て温かな光なのかしら!」
「傷口が塞がって行きます!」
「女神さまの御力だ! 俺は見たんだ! 天を割る女神さまのご尊顔を!」
そんな声を耳にした聖女が足を止めアイリーンへと向き直り深く頭を下げる。
「ありがとうございます。魔物の姿をしていても心は勇者であり聖女なのですね」
「ギギギ」
恥ずかしいのか頭を前足で書きながら俯くアイリーンに顔を上げ微笑む聖女
「魔王を倒した勇者さまの回復を受けているんだから早くよくなるわよ」
ビスチェがドヤ顔をするのはいつもの事なのだが、白亜もリュックに入ったままキューキューと声を上げる。
「ふふふ、その通りですね。足元にお気をつけてお進みください」
聖女は足を進め、後を追うクロたち。
二階は柔らかな絨毯が前面に引かれ豪華な作りになっており、如何にも貴族が好みそうな絵画や壺などが飾られた通路を進み、第二礼拝堂と書かれた部屋の前に到着すると聖女がドアを開け放つ。中にはあまり広い部屋ではないが奥には女神像があり、白地に金の装飾が施され豪華な作りの修道衣を着た女性が膝をつき祈りを捧げていた。
「教皇さま、少し宜しいでしょうか?」
女神に一礼した聖女が教皇の元へ進み同じ様に膝を折り声をかけると顔を上げて微笑む。
「よく無事に戻りました。レイスの件はどうなりましたか?」
「こちらの方々が御力を貸して下さり無事に解決致しました。それと神託を賜りこちらにいるエルフェリーンさま方を教会へ連れてくるようにと、天を割り女神ベステルさまが顕現されまして……」
「何と!? 私も祈るだけではなく外で見る事ができれば……」
目を閉じ悔しそうな表情こそ出さないが口を固く閉じる教皇。
「もうひとつ報告する事がありまして、女神ベステルさまが教会へ連れてくるように、えっ!? 光が……女神さまの像が……」
「聖女よ……クロたちを連れて来ましたね。では、こちらに……」
聖女が教皇へと説明を始めた所で輝きだす女神の像。その足元には魔方陣が輝きそこへ向かうように声が響くと、ビスチェとアイリーンは迷うことなく魔方陣に乗り、後を追う様にクロが続く、聖女も慌てて走り出し、教皇は目を開けるが流れる涙に視界が確保できず、はじめて耳にする女神ベステルの声に歓喜しながらもハンカチで涙を拭った頃には魔方陣の光は消え、クロたちの姿は消えていた。
「天界へようこそ、クロとアイリーンは二度目ですね」
白い祭壇には威厳という言葉を背負っているかのような存在感を放つ女神ベステルの姿があり、背後から光の筋が伸び二度目になるクロとアイリーンはその場で膝をつき、ビスチェも自然と膝を折る。
「眩しいよ! 気持ちよく寝てたのに眩しいよ! クロ降ろして!」
エルフェリーンを抱えながら膝をついたクロは優しく白い床に降ろすと、マジックボックスから聖魔の杖を取り出し流れる様に構えて力ある言葉を解放する。
「マジックディスペル!」
「ちょっ! こら! エルフェ!」
光り輝く白い空間にヒビが入りガラスが割れるような音と共に神聖的な光が蛍光灯を消す様に消え、姿を現したのは光量も少ない広い部屋であり、書類の積み上がった大きな机やソファーには着た衣服が掛けられ、床には飲み終わったワインの瓶や食べかけのチーズなどが転がる汚部屋が視界に入るのだった。
「これは違うのです! 最近は忙しく、礼拝堂に使っている場所も空いているのですが、あちらにクロたちを召喚すると他の女神からちょっかいを掛けれてますし、何よりも寒いのです。温める事もできますが、こちらの方が落ち着くというか……」
「それは貴女が面倒くさがるからです。クロにアイリーンにみなさん、よく来ました。アイリーンは本当にごめんなさいね。あの家に生まれれば幸せになれると思ったのですが、愛人に……」
「ギギギ」
「そうですね。今が幸せなのは大切なことだと思います」
女神ベステルとは違う青い髪をしたボブカットの女神はアイリーンのギギギがわかるのか、薄らと涙しながらも言葉を交わす。
「それよりも何でこんな所に読んだのさ、僕は女神のように暇ではないのだけれど! それにクロの抱っこは気持ちがいいのに~無駄に眩しくして邪魔するし、何がしたいのかな?」
聖魔の杖を掲げるエルフェリーンに女神ベステルは顔を引き攣らせる。
「おっほん! まずは好きな所に座ってもらい落ち着いて話しましょう」
咳払いから笑顔を向ける女神ベステルに、ここの座るのは嫌だなぁと思う一同。白亜だけは食べかけのチーズや干した肉などが目に入り目を輝かせるが、飼い主のクロとしては安全ではない気がしてリュックから出ない様に気を向ける。
「もう仕方がないなぁ。ビスチェにクロ! 掃除するよ!」
聖魔の杖をマジックボックスに入れ、新たに箒とチリトリを取り出したエルフェリーンにクロは人数分のマスクと可燃物と不燃物のゴミ袋を魔力創造で作り出し、ビスチェは解体用に使っている皮の手袋を装備する。
「自身の娘に部屋の掃除をさせる女神とか、クロさんはどう思いますか?」
青髪の女神にそう問われても苦笑いしかできないクロは、可燃ごみの袋を広げる。
「ちょっと、ウィキールは私側の神でしょ! 庇いなさいよ! 忙しく仕事する女神なんてみんなこんな部屋だって! そもそもエルフェが幻術をやぶるからっ! ああ、もうっ! 掃除するからみんな手伝って!」
そこからはみんなで大掃除がはじまり、可燃ごみと不燃ごみの袋が膨れ上がり一時間ほどで片付き、クロは魔力創造で出現させた雑巾で床を拭き、白亜がキュッキュと楽しそうな声を上げながら空拭きで追いかける。
「これからはこまめに掃除して下さいね」
「わ、わかっているわよ……って、アイリーンは私が秘蔵していた本を何処から見つけたー!!! 未成年の女子が見ていい本じゃ……あれ? あの蜘蛛はいくつから成人かしら?」
「プリンセススパイダーは特殊個体ですから……アイリーンさんの精神年齢はもう二十二歳を超えていると思いますが……地球へ帰ったのが十九歳で、そこからなくなり転生し、三日で殺され、蜘蛛として転生し進化して三年ですから……二十二歳ですかね?」
「ギギギ」
「何を呼んでるのよ……ほぅ~、これは……中々マニアックな内容で……」
魔力で生成した糸でページを器用に捲るアイリーンの横で一緒に目を通し始めるビスチェと、顔を赤くしながらも両手で目を押さえ隙間から凝視する聖女。エルフェリーンは掃き掃除が終わると早々に掃除から離脱し手に入れたネクロミノコンを読み耽っていた。
「あの~、これは一体……」
ピンクという奇抜な長い髪をした女性がドアから顔を覗かせ声を掛け、その手にはお茶のセットを携えており、本に集まりテンションを上げる女性たちと、拭き掃除を続けるクロと白亜に入ってもいいか困った顔をするピンクの女神だった。
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