人類の歴史とロザリアの悪戯心
「どうか、どうか、お父様とお母様の仇を……」
クラブル聖国の貴賓室で涙を流しエルフェリーンに頭を下げたのはゼリール・フォン・カイザール。カイザール帝国の第一皇女である。
「うん、僕も少し頭にきているからね。ゼリールの思惑に乗るのも悪くないぜ~」
「うむ、我らも全面的に協力しよう」
「それはいいとして、どう攻める? 二百五十年前は城を結界で覆い巨大な火球を落としたが、このお嬢さんがカイザール帝国を継ぐのであれば城は残した方がよかろう?」
「城の内部には瘴気を放つ邪神像がありますからな。下手に刺激して瘴気が漏れれば大変な事になりますな」
「邪神像までは我が案内できるのじゃ。クロは我が責任をもって連れて行くのじゃ」
クロに向けニカっと笑みを浮かべたロザリアにクロは渋い顔をしながらも「お願いします」と頷く。
「心配するでない。我はあの巨大なイナゴの時もお主を守ったじゃろう」
「ロザリアさんを信用していないとかじゃなくて、邪神像をこの軍手で触っても問題ないのかと……」
女神ベステルから受け取った軍手を手でプラプラしながら渋い顔をするクロ。するとエルフェリーンを含めた皆が笑い出す。
「あははは、それなら大丈夫だよ~母さんはこの世界の創造神だからね~邪神に対応できると物を作り送ったんだよ~」
「確かに神聖な感じがするのじゃ」
「問題なかろう……」
クロがプラプラとしていた軍手を受け取り凝視するロザリアとラルフ。軍手という見た目からかイメージが固定されており、神聖という雰囲気よりも道路の脇に落ちているそれのイメージの方が強くクロとしては頼りなく思えたのだろう。
≪私も神聖な感じに見えますが邪神と聞くと無理がありそうな……やっぱり異世界だからなのかな?≫
浮いている文字にクロも腕組みをしながら頷いているとゼリール皇女の横に座っていた聖女ジュリアスが立ちがり口を開く。
「あの、先ほど話しておられた事なのですが、創造神さまがエルフェリーンさまのお母さまという話が……あれはいったい……」
「ん? ああ、創造神である女神ベステルは僕の母さんって事だけど。えっとね、母さんがこの世界を作り自然を作った後に七人のハイエルフを創ったんだ。そこからこの世界の歴史が始まったって事だよ~ハイエルフはエルフを創り、魔物が誕生し、魔物から獣人たちが産まれ進化し、エルフが普通人族を創り、と色々と進化や創造されて今の世界になったんだよ。
古龍を忘れていたが、古龍は僕たちハイエルフよりも早く産まれていたね。その辺の順番はあやふやな記憶だから申し訳ないけど、体大そんな感じだったと思うよ」
『草原の若葉』たちは酒の席で既に耳にした事もあり驚くことはなかったが、聖女ジュリアスや皇女ゼリールに聖騎士たちは驚きの表情のまま固まり、席を共にしていた国王兼教皇であるクラトニーは小雪を膝の上に乗せ背を撫でていたが、手を止めた事で振られていた尻尾がピタリと止まり心配そうにフリーズしたクラトニーを見上げる。
「ふ、普通人族はエルフに創られたのですか……」
「こここここ、これでは聖王国で語られている歴史が……」
いいリアクションを取る聖女ジュリアスと皇女ゼリール。聖騎士たちもカタカタを鎧を揺らし心底驚いているのだろう。それもそのはず、聖王国で信じられている人類史は最初に普通人族が産まれ、戦争という愚かな歴史を繰り返した事によりハイエルフと呼ばれる圧倒的な存在が天界から産み落とされ一時世界は平定され、その後は魔物や獣人族たちが産まれ夜を乱したとされているのだ。それとはまったく違う世界の歴史を耳にすればそういったリアクションを取るのも無理はないだろう。
「師匠、皆さん驚かれていますし、この軍手の性能を試す為にも、あの捕獲した禁書の様子を見て触れられるようなら触れてみたいと思うのですが」
「禁書? ああ、昨日暴走した禁書だね。それなら僕も様子を見るから一緒に入ろうか」
ニコニコとしながらもアイテムボックスから天魔の杖を取り出すエルフェリーン。クロも女神シールドを展開するが、「何かあった時の為に外でやりましょう」とシールドを四散させ口にする。
「ねえねえ、私も見たいわ! もしかしたら天魔の杖の核の様な事になっているかもしれないし、そうすればその禁書を核にした杖を作ってよ!」
天魔の杖の核は純魔族の核を女神の小部屋に入れ放置した結果作られたもので、見た目は白と黒が入り混じった太陰太極図のような色合いで世界樹と呼ばれるエルフらしい木の枝に固定されている。
「俺には作れないからな、頼むのなら師匠にしろよ……はぁ、では一度外の安全な、安全性を考えると街の外ですかね」
驚きの表情から俯きがちになりブツブツと呟いていた聖女ジュリアスに話を振るクロ。
「えっ!? あ、はい、街の外でしたら問題ないかと思われます。聖騎士たちは英雄さま方と共に街の外まで同行し、何か異常があっても問題なくエルフェリーンさま方が対応してもらえると兵たちに伝えなさい」
「はっ! では、馬車をご用意致しますので暫しお待ちください」
聖騎士たちが動き出し「宜しくお願いします」とその背に声を掛けるクロ。その姿は英雄というよりもコンビニ店員のそれに近いだろう。
「うふふ、あの杖は清廉としながらもどこか怖い感じがしましたが、そういう経緯があったのですね」
≪聖と魔が融合した魔石を核にしているのは知っていましたが、女神の小部屋を使って作られているとは驚きです。このチートやろうめっ!≫
「チートいうなよ……前から言おうと思っていたけどな、俺にはシールドと簡単な生活魔法ぐらいだからな。女神の小部屋はただの部屋だし、アイテムボックスの容量は多いとしても大量に入れるには時間が掛かる。チートと呼べるのは料理ぐらいだろ」
「うむ、その料理と酒が絶品なのじゃ! またカラアゲが食べたいのう」
「ロザリアはここへ来る途中に何度も言っておりましたな。クロ殿の料理は食べ物以外にも酒や甘味も美味いからな」
「うむ、正直を言えばクロの料理に惚れておるのじゃ。我で良かったら嫁にだってなるが、どうじゃ?」
慎重さもありクロを覗き込む形で聞いてくるロザリア。その頬は若干の赤みが差しているが、クロは首を振りながら口を開く。
「闇ギルドの撲滅とか、俺には無理ですよ。アンデッドの撲滅なら手伝いますが、生きた人間を相手にするのは気を使いますし、勝てる人の方が少ないので無理ですね」
表情を変えずに話すクロに頬を染めていたロザリアは真顔へと変わり、その代わりといってはなんだがビスチェとアイリーンは笑顔を浮かべる。
「クロにロザリアはもったいないわね!」
≪クロ先輩にはシャロンくんという素晴らしい人がいるのです! 浮気はダメですよ!≫
まだシャロンが寝ている事もあり大きく文字を浮かべるアイリーン。それをヴァルが浄化魔法を使い消滅させると、クロは肩に乗るヴァルを褒めアイリーンは悔しそうな表情をしながらも笑いに包まれるのであった。
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