朝食の準備と天然アイリーン
「主様、何やら機能は大変だったと耳にしましたが、お体は大丈夫ですか?」
数日間のメンテナンスを終え帰ってきた翼の生えたゆるキャラに見える姿のヴァルが、目の前に現れ主であるクロに声を掛ける。
「ああ、俺よりも師匠と大図書館に被害が出たが大きな問題はないな……只々疲れたが……」
朝日が昇りオレンジに染まる大図書館の中庭で落ちている瓶やゴミを片付けていた。昨日は大図書館の禁書が爆発し、それの対応と修理を手伝い夕食を振舞ったクロたち。強い酒を振舞った事もありあちこちで職人たちが酔い潰れ、聖女や聖騎士たちに司書までもが酔い潰れ大図書館内へと非難させ介抱したのだ。
介抱といっても大図書館に絨毯と毛布を敷きそこへ運びアイリーンに浄化魔法を掛け寝かせただけなのだが人を運ぶという重労働を行ったのはクロとアイリーンだけであり、エルフェリーンとメリリはまだ飲み続けており、ビスチェは図書館に住む精霊と話が合うのか白ワイン片手に途中から退席し、残った二人で四十人近い人々を運んだのである。
「そのような事があったのですか……真冬の寒空の下では人族に厳しい環境でしょう。流石は主様です!」
「運び疲れたけどな……聖騎士の鎧とか剥ぎ取ろうかとも思ったしな……はぁ……女神の小部屋が使えれば楽だったが、今はヤバイ奴が入っているしな……」
聖騎士たちも参加した事もあり重装備の鎧だけでもアイテムボックスに入れればた楽だったかもしれないと思いつつも、中には女性の聖騎士もおりその鎧を剥ぎ取ったとなれば色々と問題が出てくると察したクロは、猫と呼ばれる三輪の手押し車やアイリーンの糸で宙に吊り図書館内へと移動させたのである。
「女神の小部屋に入れた禁書の事ですね」
「ああ、瘴気を振りまき黒い触手をウニウニとさせていたからな。そんな所に放り込めばどうなるか……今もそれが入っていると思うと少しだけ嫌な気分になるよ……」
実害がなくても自身が住む部屋の隣に幽霊が住んでいるのが確定しているような気分を味わっているクロは深いため息を吐きながらも朝食の支度を始める。
「二日酔いだと思うから水分補給と塩分補給に、ビタミンCでアルコール分解酵素を活性化させるような……ん?」
≪私はおにぎりとお味噌汁に玉子焼きが食べたいです! おにぎりの具はメンタイマヨと鮭がいいですね~お味噌汁は豆腐に長ネギとワカメ! 玉子焼きは少し甘めでお願いします!≫
朝食を考えていたクロの目の前に浮かぶ文字を目にし振り返ると、そこには白い息を吐くアイリーンの姿がありいい笑顔で手を合わせておりクロは口を開く。
「米の在庫はあるし時間もあるから作れるけど、大人数だからおにぎりを握るのは手伝えるよな?」
「ふっふっふ、任せて下さい! 朝食の為だったら手を火傷しても回復魔法で癒して見せます!」
やや会話が噛み合わないがアイリーンが手伝うのならいいかと思いながら米を炊く準備に入るクロ。昨晩使った石を積み上げ簡易的に作った竈がやクロが使っている焚火台などを使い薪を設置すると、米を計りながらボウルに入れヴァルが魔法で水を生成すると寒空の下で研いでゆく。
「毎日これをしているクロ先輩を尊敬します……」
「真冬の家事は手にくるからなキツイよな……」
生成した水はそれほど冷たくはないが濡れた手が外気に触れればすぐに冷え赤く変わり、大人数の米を研いでいる事もあり痛みを感じる二人。
「主様、もしよければ回復魔法を使いますが」
「いや、これぐらいなら大丈夫だよ。それよりも寝ている人たちに状態回復魔法を掛けてくれないか。魔力が持たない様なら魔力回復ポーションを持たせるよ」
「それには及びません。私のスキルにはエリア拡張というものがありますので、一つの魔術でも範囲をある程度指定でき複数の者を癒せます。では、行って参ります」
肩から飛び降りたヴァルの小さくも頼もしいゆるキャラの背中を見送ったクロは、米を水に浸しながら竈の火で手を温めつつ次の工程へ入る。
「すぐに炊かないのですか?」
「ああ、米は最低でも三十分は水に浸さないと炊きあがった米に芯が残って硬いからな」
「へぇ~勉強になりますね~」
「豆腐と長ネギは在庫がないから魔力創造してアイリーンは豆腐と長ネギを切ってくれ」
「ふふ、ここは白薔薇の庭園の出番ですね!」
「いやいや、何を切ったか解らない剣を取り出すなよ……ほら包丁もあるからそれでだな」
「私には浄化魔法がありますから問題ないですよ~」
自身の腰に差している白薔薇の庭園を引き抜くと浄化魔法を掛け、薄っすらと光に覆われそれを豆腐に振るうアイリーン。横一文字に振られた一撃は白いバラが舞うエフェクトがオレンジの空の元に輝く。
「斬っているのが豆腐じゃなければ恰好がつくのにな」
呆れたように口にするクロにアイリーンはアイテムバックからキッチンペーパーを取り出し刀身を拭きながら白薔薇の庭園を鞘へと収める。
「それは言わないで下さいよ……ですが、見て下さい! 横一文字に斬りましたが一ミリのずれもなく斬れていますよ!」
斬られた豆腐は何事もなかったかのように動くことはなく切れ味とアイリーンの技量が窺え凄い事なのだろうが、クロとしては食材で遊ぶなという感想であった。
「ああ、凄いけどそれじゃあまだ大きいからな。賽の目に切ってくれ」
「ううう、わかりましたよ~切りますよ~」
口を尖らせながら豆腐と長ネギを切り始めるアイリーン。クロはその間にもワカメを戻し、玉子を割り砂糖と塩を少量の水で溶き合わせる。
「野菜が少ないから漬物でも出して、ビタミンCを取るためにもグレープフルーツにキウイとリンゴを入れたヨーグルトでも添えるか」
アイテムボックスから果実を採り出し器用に皮を剥くクロ。その姿に視線を移しいつかは宙に投げたリンゴを白薔薇の庭園で皮を抜きカットする離れ業を習得しようと思うアイリーン。
「ん? どうした? 味見か?」
「いえ、そうじゃなくて……アニメや漫画ではリンゴを投げシュパパパパと空中で目にも留まらぬ速さで切り、皿で受けるとカットされているウサギさんリンゴ! みたいなことができたらな~と……やっぱり無理ですかね?」
「どうだろうな。ウサギさんは無理かもしれないが八等分ぐらいならカットできるかもな。天界へ行ったら武具の女神フランベルジュさまに聞いて見たらどうだ?」
白薔薇の庭園をアイリーンへと授けた武具の女神フランベルジュを思い浮かべたクロは口にし、アイリーンは何度も頷く。
「そうですね! フランベルジュさまならきっとできますよ!」
二人で話しながら朝食の準備を進めていると空からキラキラとした精霊の光に覆われたビスチェが登場し、鼻をスンスンさせ辺りに漂う味噌汁の香りに表情を明るくする。
「お味噌汁ね! 寒いから嬉しいわね! それに米もいっぱい炊いているわ!」
「アイリーンからのリクエストだな。炊き上がったら大量におにぎりを握るから手伝えよ」
「任せなさい! 前に作った事があるもの! 具は何にするのかしら? やっぱり美味しい木のクズかしら?」
「あれはかつお節だからな。見た目は似ているが木のクズじゃないからな」
「地球でも海外の人はそう思っているかもしれませんね~」
「見た目がそっくりだからな。えっと、具はメンタイマヨと鮭にする心算だがビスチェは何か食べたい具が?」
「どっちも好きよ! メンタイマヨも美味しいし、鮭は鮭で美味しいもの! それよりもアイリーンの声が聞けて嬉しいわね! これからは話せるようになるのかしら?」
キラキラした瞳を向けるビスチェにアイリーンは顔を引き攣らせ、文字を浮かべていなかった事に今更ながら気が付き頬を染める。
≪ちょ、ちょっと忘れていただけです……まだ恥ずかしいので、もう少しだけ待って下さい……≫
「あら、そうなの? 可愛い声だと思うけど……」
ビスチェの言葉にアイリーンは両手で顔を隠し糸を空へと打ち上げると自身も空へと舞い上がり逃亡を図り、クロは思う。
おにぎり戦力が一人減ったと……
「はぁ……ビスチェ先輩は逃げずに手伝えますよね?」
クロからジト目を向けられたビスチェは大量に炊きあがる米を見ながら顔を引き攣らせるのであった。
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