屋台料理と爆発
屋台の料理を楽しみ始めたビスチェたちと司書たち。
「このカブのスープは美味しいわね! カブにスープの味が浸み込んでるし、何よりも体が温まるわ!」
≪カニのスープも美味しいですよ。カニの旨味とシャキシャキした野菜の食感が楽しいです≫
「うふふ、こっちのお肉も美味しいです~焼き方が上手いのか肉汁たっぷりですよ~」
『草原の若葉』たちが屋台料理を楽しんでいるなかクロは小さく言葉を漏らす。
「全く師匠は……」
この場にやって来ずに禁書庫に籠っているエルフェリーンに温かい料理を持って行こうとしたが大図書館内は飲食禁止で司書たちに止められたのだ。
「ふふ、クロはどこにいてもクロなのだな。誰かの為に考え行動しているのだな」
「えっ!? そ、そうですかね……」
クロの独り言を耳にした叡智の女神ウィキールは柔らかな笑みを浮かべながら口にする。
「天界へ来た時もそうだったが皆に料理を振舞い酒を提供しただろう。空いた皿があれば片付けもしていたしな」
「それは癖みたいなもので……それよりも皆さん正体に気が付きませんね」
「まあ、そんなものだろう。私の知名度というよりも、ここは私の聖域であって私から正体をばらさなければ気が付くことは難しいのだよ。それなのにどうしてクロは気が付いたのか……」
顎に手を当て考え込む叡智の女神ウィキール。
「俺から言わせれば何で皆さん気が付かないのかと思いますけど……」
「うむ……皆の反応を見れば私に認識阻害が掛かっていることが立証されるが、聖域であるこの空間では神としての権能も展開と同様に作用する――――」
ブツブツと呟きながら考え込む叡智の女神ウィキールに、クロはしばらく考え込むだろうと予測しエルフェリーンを呼びに行こうと踏み出した時だった。
「むっ!? 防御術式展開!!」
考え込んでいた叡智の女神ウィキールが叫び光に包まれる大図書館。だが、光の中で爆発音が響きまわりの司書や子供たちから悲鳴が上がる。
「クロ! あそこは禁書庫があった場所よ!」
ビスチェが指差した二階の一角の窓が割れ黒い煙が上がり急ぎ走り出すクロ。アイリーンとメリリも一瞬呆けていたが、クロが走り出した事により事態を把握し糸を飛ばし空へ駆けるアイリーン。メリリも魔化し下半身を白い大蛇へと変え急ぎ向い、大きくため息を吐く叡智の女神ウィキール。
「精霊よ! 私も空から向かうわ!」
ビスチェが風に包まれ舞い上がる。その光景を目にした聖女ジュリアスが司書と屋台の関係者を避難させるべく動き出し、呆けていた聖騎士も聖女ジュリアスの指示に動き出す。
「はぁ……まったく、エルフェリーンは私の聖域を爆破させるとは何をしたのか……」
走り去って行くクロたちを見送った叡智の女神ウィキールは大図書館内で起きている現象を把握するために瞳を閉じる。
「ん? 封印されていた純魔族……いや、これは……」
眉間に深い皺を作る叡智の女神ウィキールは自らも大図書館内へと足を向けるのだった。
「いてててて、封印されているとはいえ、これ程までに濃い瘴気が集まるとは驚いたぜ~」
禁書庫内は厳重な魔力障壁で覆われ普通よりも強固に作られた壁に囲まれている。それなのに壁に亀裂が入り、窓が吹き飛び黒煙がそこから立ち上っているのである。
痛む体に鞭を打ち立ち上がったエルフェリーンは爆発前、咄嗟にアイテムボックスのスキルから取り出した天魔の杖のお陰で致命傷を避けていた。
この天魔の杖は純魔族の魔核を使い聖属性を付与するという矛盾を生み出したものであり、聖属性と闇属性がひとつの魔石に融合されたものである。魔力を高めるのはもちろんのことだが、瘴気などの魔属性を聖属性へ変換し浄化する機能があり目の前で起こった瘴気の大爆発を軽減したのである。下手なシールド魔法や鎧では今の爆発で命を落としていた事だろう。
「これは思っていたよりも危険かもしれないね」
エルフェリーンが天魔の杖を構える先には黒い霧を纏う魔導書が浮きページがペラペラと勝手に捲られ明らかな異常が見て取れる。
「あの魔導書は神を関する名前が記載されていたようだけど……今はそれよりもどうにかして瘴気を出す魔導書を何とかしないと……」
身構え天魔の杖を掲げたエルフェリーン。すると魔導書から闇が溢れ素早く後ろへ下がり距離を取るが、散乱した書物に足を取られバランスを崩す。
「わあ、誰がこんなに散らかしたんだ!」
そう叫びながらも闇で覆われた魔導書から黒い鞭が走り転がりながら回避するが、爆発により傷ついた体には堪えるようで顔を歪めつつ魔術を発動する。
「ホーリーバインド!」
力ある言葉に発動した聖属性の鎖が黒い霧を発生させる魔導書を襲う。が、黒い霧に阻まれ聖属性と闇属性で相対し合い拘束まではいかないが動きを封じ、そこへ一本の糸が窓から差し込みエルフェリーンへと付着すると薄っすらとした光に覆われ、傷が一瞬のうちに癒えると笑みを浮かべるエルフェリーン。
「アイリーン!」
「うふふ、私も来ましたよ~」
クロを追い越し先に到着したメリリが双剣を構え、窓の外にはアイリーンが糸にぶら下がり部屋の内部を確認し、肩で息をするクロが到着すると女神シールドを発生させる。
「し、師匠!」
「あはは、僕は実に良い弟子を持ったね~こんなにも素早く集まってくれて僕は嬉しいよ~」
現れた弟子たちに笑顔を向けるエルフェリーン。しかし、傷が癒えていても衣服は爆発に巻き込まれ破れ所々に出血の跡がある姿に泣きそうな表情を浮かべるクロ。
「傷はアイリーンが癒してくれたから大丈夫だぜ~それよりもクロは女神の小部屋にあの魔導書を捕獲してくれないかな」
天魔の杖で闇と聖が相対する魔導書を差すエルフェリーンにクロが口を開く。
「女神の小部屋に入れろって無理言わないで下さいよ! どう見てもヤバイ奴ですよ!」
「あははは、確かにヤバイ代物だぜ~溢れ出しているのは濃い瘴気だからね~」
笑いながら話すエルフェリーンに顔を引き攣らせるクロ。メリリも同じように顔を引き攣らせており、窓の外からこちらを窺っているアイリーンは地面から鳴き声を上げる小雪を気にしながらも成り行きを見守る。
「遅れたけど……何よ、あの黒く浮かんでいる魔導書は……」
「それなら私が手伝おう」
遅れてやってきたビスチェと後を追いやって来た叡智の女神ウィキールの姿にメリリとビスチェが驚きの表情で固まり、エルフェリーンは「それならお願い!」と声を上げ、クロは女神の小部屋を開き白い渦が現れる。
「この渦に入れて頂ければ大丈夫です」
「任せたまえ」
叡智の女神ウィキールが了承すると手が輝き払う仕草をすると聖なる鎖と共に女神の小部屋へ向かい中へと納まり慌てて扉を閉じるクロ。
「ふぅ……これで一安心だぜ~落ち着いたら何だかお腹が減ったよ~」
「はぁ……聖女さまが屋台を用意してくれたので呼びに来たのですが、まさかこんな事になるとは……師匠、あれを捕獲してどうするのですか?」
「それはこれから考えるよ~タイトルには堕ちた神に関する事が書いてあったけど……それよりも、どうしてウィキールがいるのさ」
ジト目を向けて来るエルフェリーンに、叡智の女神ウィキールは口角を上げニヤリと笑い口を開く。
「よくそんな事が聞けるものだな。私の神域をここまで破壊し散らかしたのにな……片付けはきちんとするようにな……」
叡智の女神ウィキールが言うように禁書庫の中は酷いもので、辺りに散らばった魔導書や破壊された本棚にヒビの入った壁や吹き飛んだ窓などが視界に入り、顔を引き攣らせる『草原の若葉』たちであった。
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