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帰還を拒否した先で見た世界  作者:
第十章 帝国の意地と闇ギルド
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屋台で昼食を



 大図書館の中庭では八台の屋台が並び、串に刺した肉や大鍋を使い煮込まれるスープに茹でた芋に塩や香草を振ったものなどが用意されている。


「新鮮な猪を使った串焼きだよ~血抜き名人ブラッティーが下処理した肉だから臭みがなくて絶品だよ~」


「オークの国から仕入れたカブを使ったスープはどうだい! じっくり煮込まれたカブは柔らかくて体が温まるよ~」


「陸カニのスープもあるよ~ほっぺが落ちるほど美味いから食っていけ~」


 客引きをする屋台の店主たちを申し訳なく見つめるクロ。理由は簡単でここに客としているのはクロだけなのである。聖女ジュリアスが館内へ走り皆を呼びに行っているのだがまだ『草原の若葉』や司書たちは現れておらず気まずい空気が流れる。


「兄ちゃん、兄ちゃん、うちの串肉は毎日行列ができる美味さだぜ!」


「それはうちもだろう! オークの国から仕入れているカブは厚めに剥いても身が崩れないからスープにぴったりで美味いよ!」


「それなら焼きたての薄パンにバターを付けて食べてよ! カリカリもっちりで美味しいよ!」


 クロから飴を貰っていた子供たちも自分の親の屋台を宣伝しズボンを引っ張り客引きする姿に、異世界の子供たちは逞しいなと思いながらも一人で先に食べるのは忍びないと思いながらも鼻腔をくすぐる焼きたてのパンの香りに薄パンと呼ばれる屋台へと足を向ける。


「おう兄ちゃん、うちの薄パンはちょっとした有名店だぜ。いつもは大通りのど真ん中で屋台をしているが聖女さまから直々に頼まれたからな。お貴族さまの御贔屓もいるが聖女さまから頼まれたら断れなかった……というかさ、あんたは何者なんだ? 聖女さまが態々頼みに来るなんざ……」


 訝し気な視線を受けるクロはどう答えたらと思っていると、一人の司書がクロの隣に並び口を開く。


「この方々はエルフェリーンさまと共に大図書館を利用している方々ですよ」


 微笑みながら話す司書の言葉に屋台の店主は「そりゃすげえな! エルフェリーンさまに食べて頂けるのなら聖女さまにお願いされた甲斐があるってもんだ!」と大声を上げ喜び、他の屋台からもエルフェリーンという絶対的なネームバリューに歓声を上げる。


「あの、どうしてここに?」


 盛り上がるなか、隣に就いた司書へと小声で話すクロ。


「ここは私の聖域だからな。神々には独自の聖域をもっており、そこには自由に降りることはできるのだよ」


 口角を上げてニヤリとしたのは叡智の女神ウィキールでありこの国で祭られている主神である。そんなウィキールの聖域はこの大図書館でありここには自由に降臨でき、今は神らしい服装ではなく司書の制服を着ている事もあり気が付く者はいないのだろう。


「西域なんて初めて聞きましたけど……はぁ、支払いは自分がしますので好きに味わって下さい。何なら梅酒も出しますけど……」


 ジト目を向けるクロに叡智の女神ウィキールは「それで頼む」と小さく呟くと薄パンを注文し、クロも子供たちを引き連れている事もあり人数分を頼む。すると店主が焼いてある薄パンに串を刺し大きな壺へ入れ温め、皿として利用可能な大きな葉の上に置きバターの香りがする薄パンを手渡す。


「熱いから注意しろよ。塩味は付いているが肉串と一緒に食うともっと美味いからな!」


 店主はクロではなく隣の肉串の屋台に聞こえるよう声を上げる。


「もちろん、そちらも買わせていただきますよ」


 クロの言葉に肉串の店主が気合を入れ、近くにいた子供は嬉しそうに声を上げる。


「本当!? なら特別に美味しく焼かなきゃな!」


「ああ、楽しみだ」


 子供が走り出し肉串の屋台に入り、隣では叡智の女神ウィキールが薄パンに齧り付く。


「薄い塩味で他の料理とも合いそうな味付けだな。仄かなバターの香りも食欲をそそられる」


 ナンの様な見た目のそれになら蜂蜜やカレーも合いそうだなと思うクロ。するとまわりの子供たちから地鳴りのような音が響き、薄パンを子供たちに渡し歓声が上がりクロはある提案をする。


「このまま食べても美味しいだろうが蜂蜜をかけたい人はいるか?」


 その言葉に真っ先に反応したのは叡智の女神ウィキールであり、薄っすらと後光が差し慌てて光を抑える。


「ま、眩しかったな」


「光が差したぞ!」


「馬車のガラスが反射でもしたのか?」


 後光も一瞬の事で不審に思いながらもクロはアイテムボックスから蜂蜜の瓶を取り出しウィキールが手にしている薄パンに蜂蜜をかけ、子供たちにも進めると列を作り並び蜂蜜を掛けて行く。


「うむ、やはり蜂蜜がよく合うな。適度な塩加減とバターの香りとコクに蜂蜜の濃厚な甘さが実に良い」


「うまっ!? 何これうまっ!?」


「こんなに美味いの初めて食べた!!」


「さっきの飴みたいだね!」


 子供たちも歓声を上げ、先ほど肉串へと向かった子供がチラチラとこちらの様子を窺っている事に気が付いたクロは手招きすると、ダッシュでクロの前に現れ手にしていた薄パンに蜂蜜をかけ渡すとキラキラさせた瞳で受け取り大きく口を開き齧り付く。


「うぅ~~~~~~んまっい! これ凄く美味いよ!!!」


 ウィキールと子供たちのリアクションを受け、クロは薄パンを追加注文して焼きたてをアイテムボックスへと入れ、まだかと待っている肉串の屋台へと足を向ける。


「クロ! 先に食べるなんてずるいわ!」


≪子供たちを引き連れ屋台巡りとは良い御身分ですね~≫


「うふふ、子供たちから蜂蜜の香りがしますね~どの屋台でしょうか?」


 ビスチェたちが合流し蜂蜜の香りに敏感なメリリが辺りを見渡し、子供たちの口の周りに付いている蜂蜜に気が付くとクロへと振り返る。


「クロさまが蜂蜜を提供されたのですね~」


「はい、よければまだ手持ちがありますから、その、少し離れませんか?」


 グイグイと距離を詰めるメリリを遠ざけようと蜂蜜の瓶をアイテムボックスから取り出すクロ。


「あんなに大きな瓶の蜂蜜とか、どれだけの値段がするか……」


 ビスチェと一緒にやって来た司書たちの声は聞かなかった事にして「皆さんも良かったらどうぞ」と勧め、薄パンを焼く屋台の店主は商機と見るや薄パンを壺に大量投入する。


「なあなあ、これもすっげーうまいけど、父ちゃんたちが待ってるからさ、家の肉串も食っていってくれよ」


 ハチミツを掛けた薄パンを夢中で食べ終えた少年はクロの袖を引っ張り見上げ口にすると、他の子供たちからも同じように自身の両親の屋台に来て欲しいと口にする。


「うちのスープだって美味いんだぜ」


「芋だって蜂蜜を掛けたらきっと美味いぞ!」


「陸カニのスープも食って行けよな!」


 集まっていた子供たちから手を引かれクロは隣で待っていた肉串の屋台へと足を進め、いつの間にか小雪を回収したアイリーンは文字を浮かべる。


≪相変わらずクロ先輩は子供たちに大人気ですね~≫


「クロは甘味で子供たちの人気を勝ち取っているのよ! さっきだって子供たちに蜂蜜を配ってずるいわ!」


「うふふ、ビスチェさまもどうぞ。薄パンが焼き上がったそうですよ」


 大事そうに抱えている蜂蜜の瓶を開封したメリリは大量投入され温められた薄パンを受け取りたっぷりと蜂蜜を掛け口に運び表情を溶かし、ビスチェや司書たちも同じように蜂蜜を掛け口に入れると表情を溶かす。


「これは美味しいわね! サクサク感と少し焦げた香りと蜂蜜が最高に合うわ!」


≪確かに美味しいですね~私的にはカレーに付けて食べたい感じです。チーズを練り込んで焼いて蜂蜜を掛けて食べても美味しいそうですね~≫


「うむ、フウリンが好きそうな味付けだな。後でソルティーラにでも再現してもらおう」


 アイリーンの文字を見つめ口を開いた叡智の女神ウィキールがぽつりと漏らすと、ビスチェとアイリーンは正体に気が付いたようで咀嚼する手を止めフリーズするのであった。






 もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。

 

 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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