残った者たち
「クロさんたちは無事にクラブル聖国との話し合いが成功したかな……」
小さく呟いたシャロンは倉庫として使われている前の家で監視作業を行っている。監視対象は四人の捕虜でカイザール帝国からエルフェリーンを暗殺に来た者たちなのだが、一緒になって作業するルビーと互いに意見を出し合い農作業用ゴーレムの新たな規格や更なる取り付けパーツなどの試作をしているのである。
「これほど捕虜を自由にするのも珍しいというか、捕虜の自分が言うのもなんだが大丈夫なのか?」
のこぎり型の取り付けパーツの案を記載した紙をルビーに手渡した男は暗殺計画のリーダーで元は第二騎士団の隊長である。実家が鍛冶屋な事もあり自ら魔道鎧計画に参加し試作型からテストパイロットとして活躍している。そんな男が手錠もなしにルビーたちと一緒になって農作業用ゴーレムの更なる改良をしている事に疑問を持ち口にする。
「何か悪い事を考えているのですか?」
声を掛けられたルビーはもう気を許しているのか冗談を言っているのだろうという感じのリアクションで、持って来た取り付けパーツの企画に目を通す。
「それは俺も思ったよ。俺たちはエルフェリーンさまの暗殺をしに来たのに、扱いは仲間と一緒に更なる改造計画をしているようで……」
「前の職場よりも居心地がいいんだよな~」
「食事だって美味いし……酒も……」
リーダーの男が口にすると他の捕虜たちも口にしながらルビーに声を掛ける。
「食事の美味しさはクロ先輩のお陰です。今はメルフェルンさんが作ってくれていますがそのメニューの殆どはクロ先輩が残してくれたものですし、お酒に関しては100%クロ先輩のお陰ですね。クロ先輩が作ったどぶろくやウイスキーは昨日も飲みましたし、美味しいですよね~」
何故かドヤ顔で話すルビーの言葉に頷く捕虜の男たち。最近では一緒に酒を飲み交わし更に仲が良くなっているのが現状である。
「どの酒も美味いからな……」
「帝国じゃ酸っぱいエールが普通だったからな……」
「今となっては、あんな不味い酒を飲みたいとは思えないな……」
「個人的にはどぶろくが美味いし、作り方も教えて貰ったからな。個人的に米を育てて故郷に広めたいが……」
「俺はウイスキーを作って見たい! あの琥珀色した酒は最早芸術作品だろ!」
「その為には蒸留装置を作らないとですね。アルコールだけを取り出してから香りのつく樽に入れ寝かせるそうですよ。私も詳しい作り方は解りませんがクロ先輩なら知っていると思いますが……今度みんなでお願いしてみますか?」
「できる事ならお願いしたいが……いいのか?」
「大丈夫だと思いますよ。それに私も自分で作ったウイスキーを飲んでみたいです! 農作業用ゴーレムが完成して量産体制が整ったら皆さんで酒工房を作ったらどうですか?」
「そりゃいいや! どうせ帝国に帰っても良いこたないからな! 俺たちでどぶろくやウイスキーを作って売り出せば帝国の連中にも美味い酒を飲ませることができる!」
「ああ、おふくろにも美味いウイスキーを飲ませてやりたい!」
「第二騎士団の連中は酒なら何を飲んでも一緒だと言っていたが……飲ませてやりたいと思ったが、もったいない気がしてきた……」
リーダーの言葉に肩を震わせ笑い声を上げる一同。
そんな光景を見ながらルビーにもしもの事がないよう監視しているシャロンはその任務も上の空なようで、椅子に座り大きなため息を吐く。
「シャロンさま、そろそろ夕食に致しますが何か心配事ですか?」
キッチンで料理をしていたメルフェルンがシャロンのため息に気が付き声を掛けると、振り向いたシャロンは立ち上がり完成した料理を運ぶ手伝いをし始める。
「心配だけどクロ先輩なら上手くやると思う……」
「そうですね。クロさんにはエルフェリーンさまやビスチェさまにアイリーンさんも付いていますから大丈夫かと……あの人たちが危機に陥るとしたらクロさんの女性関係では?」
笑いながら話すメルフェルンにスープの皿を用意していたシャロンは苦笑いを浮かべる。
「そ、それは本当にありそうだから怖いね……」
「クロさまはエルフェリーンさまから気に入られておりますので、クラブル聖国の女性からアプローチを受けたらそれなりに問題になりそうです。特にビスチェさまが嫉妬してクロさまのお尻が心配ですね」
「ぷっ、そ、それはあるかも……前も勘違いでクロさんのお尻を蹴っていましたし、メルフェルンも前にクロさんの頬をぶった事があったよね~」
「そ、それこそ勘違いが原因で……あの時は一緒に謝っていただきありがとうございました……」
「まだ三ヶ月も経ってないのに凄く懐かしく感じるよ」
「そうですね。ここでの生活が楽しくて忘れがちですが、シャロンさまも女性恐怖症を治す治療をしないとですね」
「そ、そうだね……ほらほら、みんなが集まって来たから急いで用意を進めよう」
こちらへ歩いてくるキッチンへ向かい歩いてくるルビーと捕虜たちを視界に入れたシャロンはメルフェルン特性のビーフシチューをスープ皿に入れ、メルフェルンはメインとなる川魚のムニエルをテーブルに置き、サラダを取りに戻る。
「今日はこれを飲みましょうか」
ルビーがアイテムバックからウイスキーの瓶を取り出すと捕虜たちから歓声が上がり、シャロンはカップを用意しながら思う。
クロさんが居ないから飲み過ぎを僕が注意しないとダメだよね! クロさんみたいに言えればいいけど……
「おお、今日も美味そうな料理だな!」
「メルフェルンさんはクロ先輩と同じぐらい料理が得意ですからね~シチューも美味しそうです!」
「ほら、お前らも手を洗いに行くぞ!」
リーダーの言葉に捕虜たちはテーブルに広がる料理に目を奪われながらも素通りして水瓶のある脱衣所へと向かう。
「帰ったのだ~」
「キュウキュウ~」
大声でドアを開き入って来たキャロットと白亜。後ろにはキャロットの祖父であるドランと祖母であるキャロライナがおり、ドランの背と手には大きな皮袋がありそれを床に置くと視線を飛ばす。
「エルフェリーンさまはまだ帰ってないのだな」
キャロットと白亜はこの二人を呼びにゴブリンの村へと向かっており、予定通りに二人のドラゴニュートを連れてきたのだ。
「ドランさんにキャロライナさん、お久しぶりです」
「おお、カリフェルの息子だったな!」
「これはご丁寧に、お土産を持ってきましたので皆さまで飲んで下さいね」
ドランとキャロライナと挨拶を交わし、急いで三人と一匹分を用意するメルフェルン。シャロンも挨拶を交わしカップを用意に動き、手洗いを終えたルビーたちが戻ると新たに増えたドランとキャロライナの姿に頭を下げる。
「ドランさん! キャロライナさん! お久しぶりです!」
「うむ、久しいのう」
「ふふ、元気そうで良かったわ。その後ろの人たちがエルフェリーンさまを暗殺しようとした愚か者たちかしら?」
微笑んだままの表情でそう口にするキャロライナに身を震わせる捕虜の男たち。
「四人だけで暗殺に来るとは根性があるが、ちと少なすぎるのう。本気でエルフェリーンさまを暗殺しようと思ったら数百名は用意せんとな。ガハハハハ」
震える捕虜たちに対して高笑いを上げるドランに、それでいいのかと思うシャロン。ルビーも苦笑いをしながらウイスキーの瓶をテーブルに追加し、それを見たドランが目を輝かせる。
「おお、ウイスキーだな! わしもゴブリンと作った酒を持って来たぞ!」
「久しぶりだからとあまり飲み過ぎてはダメですよ。そうそう、あなた達にもこのお酒の味見をお願いしたいわ」
そう口にしながら皮袋からゴブリンたちと作った日本酒を取り出すキャロライナ。
「よく味わってくれると嬉しいが、好みはあるからのう。わしは久しぶりのウイスキーが楽しみじゃわい!」
機嫌よく席に付くドランとキャロライナ。対してガクガクと震えながら席に付く囚人たち。
「茶色シチューなのだ!」
「キュウキュウ~」
キャロットと白亜は揃って尻尾を揺らし席に付き、夕食が開始されるのであった。
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