カイザール帝国と薬草
「くはははははは、これは絶景だな! これだけの魔道鎧があれば念願のカイザール帝国領土も復活するだろう!」
カイザール帝国の城の地下を改造して作り上げた巨大な空間には百体ほどの魔道鎧が製造されて並び、他にも多くの加工前の魔鉄や魔石が積み上げられている。
「魔道鎧用の魔鉄が大量に出回ったことは吉報でしたな……」
地下の空間を見下ろす金髪碧眼の男は第十五代皇帝であるザナール・フォン・カイザール。
まだ二十歳と若い男だが他の皇族がおらず、ザナールが皇帝に就いたのは二年ほど前の事である。不慮の事故といえばそうなのかもしれないが、皇帝である父と皇后である母を同時に失ったのだ。他にも妹がいたが行方が分かっておらず帝位継承権を持つ者は少なくザナールが皇帝の椅子に座る事となったのだ。
「魔道鎧が優秀な事は理解ができたが、これを着る者たちも優秀なのか? いざ戦争を起こしたのに使えませんでしたでは話にならんぞラシーダ」
ザナールが横にいる初老の男へと視線を向けると生まれながらの細い目を見開く。
「魔道鎧には第二騎士団が既に乗り慣れております。他にも技術士たち数名がベテランの域に達しており、件の特例を果たすべく動き出し、春には吉報がもたらされるでしょう」
「ほぅ、確かに許可はしたが本当に大丈夫なのだろうな?」
顔を歪めながら皇帝ザナールが口にすると宰相のラシーダは細い目を更に細めて口角を上げる。
「もちろんでございます。魔道鎧四体には試作から乗りこなしているベテランの技師三名と、第二師団長が付いております。他にも商人に偽装させお涙頂戴の演技指導までしましたので、帝国潰しの喉笛に噛みついてくるでしょう。帝国潰しさえ如何にかなれば戦争など遊びにもなりますまい……」
「それは頼もしいな……が、失敗する可能性もあるはずだ。我は毎朝視界に入るあの忌まわしき溶けた城を見るたびに胸が締め付けられるのだよ……我の先祖の失敗に縛り付けられた心の呪縛を解き放ちたい……魔術士たちの話でもエルフェリーンが亡くなれば結界も溶けるという話だからな……早く、早く、あの結界させ……」
拳を握り締め歯を喰いしばる皇帝ザナール。
「あの中には多くの金貨や魔導書も埋まっております……他にも金に換えられない歴史的な文献や伝説を持つ宝剣など……ああ、早くこの目で確認しなくては……」
宰相のラシーダは薄っすら笑みを浮かべると皇帝から魔道鎧に視線を向け、日々量産される姿に下卑た笑みを浮かべるのであった。
「あの~先ほどからの話をまとめると人型ではなく、もっと効率的な形があると思いませんか?」
ホワイトボードには多くの農作業用ゴーレムの案が描かれ、ああだこうだと話し合いながらも決定する事はなく会議は難航していた。が、メリリの一言により静寂が訪れる。
「もしかして、まずい事を言いましたか?」
監視役であるメリリが口を出したことを軽く後悔し、隣にいるメルフェルンへと視線を向けると、案の定、余計な事を言うなという目をされ苦笑いを浮かべる。
「そうだね! ゴーレムが人型を取る必要はないのかもしれないね!」
「そうなると形には拘わらなくても……」
「ですが、如何に魔鉄を使い強固だとしても最低限の強度は保たないとです」
「小麦以外に野菜なども育てる事を考えれば……」
「どうせなら刈り取り昨日も考慮して……」
メリリの一言により会議は更に難航する事となるのであった……
その様子を遠目で見ていたクロとビスチェは菜園にある薬草畑の手入れをしていた。
「あっちは午後になっても話が盛り上がっているな」
「あら、クロは私が丁寧に育てた薬草や野菜を食べないのかしら?」
「いや、そういう事じゃなくてだな、早く話し合いが終わって欲しいかなと……」
「そうね! 早く話し合いが終われば帝国に殴り込みに行けるわね! 前は師匠が帝国のお城を潰したから、今度は私が徹底的に潰して見せるわ!」
拳を固める宣言するビスチェ。精霊たちも乗り気なのかキラキラとビスチェのまわりを飛び交う。
「お城ってあの大きな奴だろ?」
「偉い人がいる大きな奴!」
「ビスチェすげー、ビスチェすげー」
菜園を手伝っていた妖精たちもビスチェのまわりを飛び交い何ともファンタジーな光景に思わず笑みを浮かべるクロ。話している内容には笑えないが、幻想的なその姿と妖精たちの言葉のギャップに肩を揺らす。
「あら、何を笑っているのかしら?」
ビスチェから飛ぶ視線にクロは笑いを堪えると大きく実った白菜へと視線を向ける。
「これなんか収穫時だろ?」
「ええ、もう遅いぐらいね。もう少し暖かくなると葉が開いて花が咲くわね」
「こっちにも白菜があるとは驚いたな。他にも似ている野菜もあるし、全く違うものもあるからな」
「クロのいた世界での薬草はどんなものがあったのかしら?」
ビスチェの言葉に「薬草?」と小さく口にして考えるクロ。
「えっと、向こうにいた時は薬草とかに関心がなかったから薬草と言われると難しいが、ヨモギと呼ばれる草はお灸という治療に使われたな。腰痛とかに効果があって、乾燥させたものを固めて火をつける? ああ、ヨモギは食べられるからお餅と混ぜる方が一般的かな。他にはドクダミとかかな? 効果はよくわからないがお茶にして飲むはず……あっちだと薬草とかよりも薬として販売しているからな~」
軽く知っている事を口にしながら最後に風邪薬を魔力創造するクロ。手には風邪薬が現れ箱を開けると瓶に入った錠剤が現れる。
「へぇ~こういう丸い形にする事は確かにあるけど……何だか美味しそうに見えるわね」
「それはまわりを溶けやすくて甘いものにしているからな。口に入れた時は甘くて飲みやすいな。って、開けて食べようとするなよ!」
ビスチェの行動力に驚き慌てて止めるクロ。
「ひとつ粒ぐらいいいじゃない」
「そりゃ大丈夫だとは思うが……心配させるなよ。何かあったら大変だろ」
その言葉に一瞬呆気に取られ固まるビスチェだったが、軽く頬を染め手に取った薬の粒を瓶に戻す。
「そ、そうね………」
「ほらほら、妖精たちもだからな~妖精たちには毒だって事もあるかもしれないだろ」
ビスチェの握る薬の瓶のまわりを飛ぶ妖精たちにも注意を促すと妖精たちはキャッキャしながら飛び回りクロのまわりに集まる。
「ど、毒はやだ!」
「毒いらな~い」
「チョコがいい!」
「そうそう、チョコがいいよな~」
手慣れた魔力創造でチョコを創造すると封を開け、小さな円柱形のチョコを妖精たちに配り始めるクロ。
「このサイズなら食べやすいだろ」
「これから手に持って食べられる!」
「あむあむ……やっぱチョコが一番だよな~」
「蜂蜜の次に、お~い~し~い~」
「もっと頂戴! みんなにも分けてあげたい!」
妖精たちの頭からは菜園の手伝いという日課が消え、チョコを仲間に配るという使命が芽生えチョコを入れた容器を三つほど魔力創造するクロ。
「ほら、これを分けるといい。あんまり食べ過ぎてリーダーに怒られるなよ~」
自身と同じぐらいのチョコの容器を手にした妖精たちはお礼を言って飛び去り、ビスチェへ視線を向けると手を差し出している姿があり魔力創造するクロ。
「私もこっちの薬の方がいいわね」
一粒口にして笑みを浮かべるのであった。
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