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帰還を拒否した先で見た世界  作者:
第九章 年末と新年へ
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継承の儀



 サキュバニア帝国帝都の大聖堂には近隣の王族や貴族の顔ぶれもあり、中には聖王国からの使者である聖女や聖騎士たちの姿も見え目を合わさないように俯くクロ。エルフェリーンやビスチェたちは胸を張り新たな皇帝であるキャスリーンの頭へと捧げられるティアラを見つめる。


「これよりキャスリーン・フォン・サキュバニアが新たな皇帝となりサキュバニア帝国に更なる繁栄をもたらすであろう!」


 聖女アルメリアの言葉に誰もが拍手をして新たな皇帝の誕生を祝い、当の本人はティアラを頭に乗せ凛々しい表情を浮かべたまま拍手の中で高鳴る鼓動を押さえつつ壇上から声を上げる。


「サキュバニア帝国代十五代皇帝キャスリーンである! 先代のカリフェルに代わり皇帝となり――――」


 キャスリーンの演説を耳にしながらクロは思う。


 壇上にいる聖女アルメリアの視線が明らかにこちらを向いているけど……それにオークの国のメイシャン姫も何故かこっちを見て……師匠が目立つのはわかるがどうして俺を……いや、もしかしたらアイリーンを見ているという説も……


 横目でアイリーンを確認すると涙を流しながらキャスリーンを見つめており卒業式で泣くタイプなのだと考察するクロ。


 それにしても俺たちがいる場所はどう考えても身内が座る席だよな……


 大聖堂の正面には愛の女神フウリンの石造が飾られ、右側にはサキュバニア帝国の王族や重鎮や貴族が座り、その中でも王族の隣に座るクロたち。エルフェリーンはいいとしてもクロやビスチェにアイリーンにキャロットやルビーが座るには気後れしそうであるが、気後れしているのはクロとルビーぐらいなものでリラックスしながら継承の儀を見つめている。

 時折、キャロットからお腹の音が聞こえるが白亜を抱いている事もあり唸り声と勘違いされ優しく撫でて落ち着かせているという風にまわりからは見えるのだろう。


「ま、まだ終わりませんか……私には場違い過ぎて震えが止まりませんよ……」


 震えながらクロの脇を軽く突くルビーの手をノールックで捕まえると優しく握りしめるクロ。


「手を握っているから少し深呼吸しろ。落ち着けばやり過ごせるからな」


 小声で話しをする二人に後ろの重鎮たちから咳払いが飛ぶが、場違いな二人にはだったらこの場を辞退させろと声に出したいがそんな事ができるはずもなく、只々時が過ぎるのを待つ二人。


「は、はい……」


 緊張した空気のなか演説をする新皇帝陛下のキャスリーンは威風堂々と己の仕事を全うすると割れんばかりの拍手が巻き起こり継承の儀が終了する。時間にすれば一時間もなかっただろうが疲れ果てたようにクロへと体を預けるルビー。クロは安堵した表情を浮かべるルビーに「よく頑張ったな」と声を掛けると大きく深呼吸して会場から立ち去る新皇帝陛下や重鎮たちを見送る。


「お腹が減ったのだ……」


「キャロットがお腹の音を鳴らすから私は笑いを堪えるのに必死だったわ! 朝はあんなに食べたのに何でそんなに早くお腹が減るのよ!」


「仕方がないのだ! 減るものは張るのだ!」


「あはははは、うんうん、キャロットは元気があっていいぜ~お腹がちゃんと減るのは元気な証拠だぜ~」


「そうかもしれませんが、もう少し音を控えて欲しいものですね」


 ビスチェからのクレームを受けるキャロットをエルフェリーンがフォローすると新たな声が加わり視線を集める。そこには聖女アルメリアの姿があり席を立ったアイリーンが自然と姿勢を正す。


「厳かな継承の儀の最中に私も笑いを堪えて……ふふ、この継承の儀は一生忘れないかもしれませんね」


 口に手を当てて微笑みを浮かべる聖女アルメリアに、キャロットも笑い声を上げエルフェリーンたちも声に出して笑い和やかな空気に包まれる。


「聖女は気難しい人が多かったが君は話しやすそうでいいね~僕はエルフェリーンだ」


「聖王国で聖女を名乗らせていただいているアルメリアです。エルフェリーンさまの活躍は我が国にも轟いておりますわ」


「そうかい? 聖王国はあまり行った事がなかったけど……」


「はい、ですが今はクロさまの話題が殆どでしょうか……死者のダンジョンを一人で突破された英雄として名が広まっておりますわ」


 微笑みを浮かべながらもクロを見据える聖女アルメリア。その後ろには聖騎士たちも集まり白銀の鎧はフルフェイスな事もあり表情は見えないがクロへと視線を向けているのだろう。


「えっと………………」


 肩を貸している事もあり立ち上がる事はせずルビーの重さを右肩に感じながら簡単な会釈をするクロ。


「ふふふ、英雄なだけありますね。少女に肩を貸し気遣える優しい者なのですね」


「えっと、すみません……死者のダンジョン突破はもう五年も前の事なのであまり実感が湧かなくて……」


 クロとしては死者のダンジョン突破は出口を探し不本意に突破した事であり、誇ることは自身の中では違うという認識でありチート染みた女神シールドのお陰という事で心の中で折り合いが付いている。

 しかし、地元民からすれば死者のダンジョン突破という偉業を単独でやり通した事に嫉妬する輩も多く、聖騎士たちからは殺気にも似た視線を向ける。


「流石は英雄殿ですな……異世界人で唯一残った黒崎殿……」


 聖騎士のひとりの言葉にビクリと体を震わすクロ。ルビーもクロからの驚きにビクリと体を震わせ体制を崩し近くにいたビスチェに体を支えられ転倒する事はなかったが椅子に座り直し、まだ顔色の悪さが残る表情を強張らせる。


「えっと……今はクロと呼ばれていますので、そう呼んで頂けると……」


 ルビーの支えが要らなくなったこともあり立ち上がるクロに聖女アルメリアが口を開く。

 

「では、クロ殿にひとつだけ質問をしても宜しいでしょうか?」


「質問? 答えられる範囲でなら構いませんが……」


 何を聞かれるかわからず自身の心音の高鳴りを感じていると聖女が口を開く。


「クロ殿は使徒様なのでしょうか? ここ数ヶ月の間に何度となく神託がありクロさまの名を耳にするのですが……」


 聖女アルメリアからの質問に苦笑いを浮かべるクロ。その信託は酒や料理を欲する神たちからの要望であり加速する苦笑い。


 すると肩に乗っていたゆるキャラ使用のホーリーナイトであるヴァルが真っ先に膝を付き視線を集めるが、次の瞬間、光に覆われる女神像。愛の女神フウリンを模した石造が発光し大聖堂に声が響く。


「クロさんは使徒ではなくぅ私の友人ですぅ。神託を使い皆に迷惑を掛けた事は謝罪しますのでぇクロさんを悪く言うのはダメですよぉ」


 間延びした言葉であるがその声には威厳があり、クロを友人と呼び、謝罪し、悪く言うなという愛の女神フウリンの石造からの発言に、聖女アルメリアは片膝を付いて手を合わせ、聖騎士たちも同じように祈る姿勢を作る。この場には他にも多くのシスターやメイドに貴族や王族も残っており、その声を聴いた者たちが同じように膝を付き手を合わせる。


 後にこの事は継承の儀の軌跡と呼ばれる事になるのだが、クロとしては更に面倒な事をしてくれたなという認識で、片手で眉間を押さえ輝く女神フウリンの像の光が早く治まる事を願うのであった。







 もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。

 

 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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