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帰還を拒否した先で見た世界  作者:
第九章 年末と新年へ
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早朝のお散歩



 サキュバニア帝国皇帝カリフェル・フォン・サキュバニアが長い人生を過ごし思う事があった。


 長く生きてきたけど後継者を育てていなかったわね……


 サキュバニア帝国自体はそれほど広大な土地はなく貴族も三家しかない小さな国家である。が、他国からの侵略を受けた事はない。それはサキュバスという種族は生まれながらに強い魔力が備わっている事が多く、その魔力を肉体の強化に使う事で老いを遅らせ寿命が人族の十倍を超えながらも隣国との付き合いもよく、水商売を他国で行いながら情報を集め重鎮たちを味方に付けている事が大きい。


 縁を大事にすることで自身を守る事に長けているのである。


 そんなサキュバスの長であるカリフェルが初めて子供を産んだのは今から四十年ほど前であり皇帝の地位を降りる準備を着々と進めていたのだ。


「キャスリーンを皇帝にしたら私もやっと自由の身ね」


 第一皇女キャスリーンは聡明でありながら母であるカリフェルに似て妖艶な魅力を纏っておりサキュバニア帝国の次期皇帝として育てられた。すでに結婚もしており二人の子供にも恵まれ人族の婿と暮らしているのだ。


「ふふふ、自由になったらまた旅にでも出ようかしら……」


 絢爛豪華な私室から街を一望するカリフェルはブランデーを入れたグラスを飲み干す。


「シャロンは帰ってこないと思ったけど……ふふふ、皇族としての自覚もちゃんとあったのね……」


 開いたグラスにブランデーを注ぎながら微笑み、家出したのに皇族の務めを果たすため戻って来たシャロンの事を思いながらブランデーを口にする。


「明日はサキュバニア帝国にとって、私にとって……新たな皇帝が産まれ……ふふふ、新しいサキュバニア帝国がどう歩み、どう進むか……」


 自身が継いだサキュバニア帝国皇帝という地位から降りることは既に親しい者たちには伝えてあり、次期皇帝であるキャスリーンもそれを受け入れ明日の継承の儀を待つだけである。


「明日が楽しみだわ……」


 私室でひとりブランデーを飲みながら次期皇帝とこれからのサキュバニア帝国を思いながら眠りにつくのであった。







 翌朝、貴賓室のベッドで目を覚ましたクロは隣で寝息を立てる白亜と轟音を立てるキャロットの寝息に目を覚ます。窓へと足を延ばしカーテンの隙間を覗くと結露した窓ガラスはオレンジの光が乱反射し、その先には薄い霧が発生した中庭が見える。


「ふはぁ~あ、カリフェルさまが引退するとか……俺なんかが継承の儀に参加しても良いものなのかね……」


 シャロンの帰省は皇帝の引退と新たな皇帝の誕生であり、それを聞いたクロはエルフェリーンだけが参加すると勝手に認識していたのだ。しかし、昨夜の晩餐会でクロ用に用意されているタキシードや、ビスチェやアイリーンたちにドレスを送られ強制的に参加する事になったのだ。


「タキシードに蝶ネクタイとか……あっちできる事は一生なかっただろうな……ん? アイリーンに小雪か……」


 早朝から中庭を走り回る小雪を追いかけるアイリーンの姿が視界に入り、いつも通りの散歩を日課としたマイペースさに思わず笑みがこぼれるクロ。


「小雪はいいとしても、アイリーンには緊張感がないのかね……」


 元気に追いかけっこをする一人と一匹に朝から元気を貰うが、冷える室内に体をぶるりと震わせたクロは魔剣を使い暖炉に火を入れ着替えると背を伸ばして体を解す。


「いつものなら朝食の準備だが流石にお城に招待されているからな……」


 日課となっている朝食作りを諦めたクロは窓へと視線を移す。すると走り回る小雪を追いかけるキョルシーとシャロンの姿が目に入りアイリーンの姿がなく辺りを見渡すと、目の前のガラスがコンコンと響き糸にぶら下がりノックをするアイリーン。


「ここは二階だぞ……」


 小さく呟いたクロに悪戯が成功したのが嬉しいのか満面の笑みを向けて来るアイリーン。


≪おはようございます! ほら、クロ先輩も散歩に行きますよ!≫


 文字が浮かみ上がり手招きをするアイリーンに軽く手を上げたクロはコートを着ると部屋を出る。階段を進みエントランスへと向かうと大きな欠伸をするサキュバスのメイドがおり一応許可を貰おうと声を掛ける。


「少し外に出ても構いませんか?」


「ふぁ、はい、シャロンさまとキョルシーさまにアイリーンさまが中庭を使っておられます。ぬかるんでいる個所もございますのでクロさまもお気を付けて下さい」


 欠伸を噛み殺し挨拶をするメイドに会釈をするとクロも外へと向かう。すると一早く気が付いた小雪がクロへと一直線に向かい胸へ飛びつき尻尾を揺らし、胸に収まった小雪を優しく撫でるとキョルシーもクロへ抱き着き笑顔を見せ、その後ろで息を整えるシャロンとニヤニヤするアイリーン。


「みんな早いな。キョルシーさまと小雪は朝から元気だな」


「わふん!」


 尻尾を揺らしへっへする小雪と、笑顔でクロに抱き着くキョルシーの頭を優しく撫でる。


「小雪は可愛いです! ピューって風みたいです!」


 あれだけ走っても息を切らさず声を出すキョルシーの身体能力の高さに軽く驚いたクロは白い息を出しながらその事を口にする。


「小雪も早いがキョルシーさまもいっぱい走ったのに元気そうで驚きました」


「ふふふふ、身体強化です! 最近覚えたので使っています」


 両手で口元を隠し嬉しそうに話すキョルシー。どうやら身体強化が使えるようになりその事を指摘され嬉しいのだろう。


「サキュバスの多くは身体強化魔法を得意としていますが、キョルシーはまだ幼いのにこれだけ身体強化が使えるのは凄いですよ。頑張ったね」


「はい! いっぱい、いっぱい、母さまと追いかけっこしました!」


 シャロンにも褒められ嬉しいのか両手を大きく広げて話すキョルシー。息は切らさなくても額から汗が流れ体を冷やさないか心配するクロは、小雪をアイリーンに渡しハンカチを取り出すと「失礼しますね」と口にして膝を折りキョルシーから流れる額の汗を拭う。


「今日は特別な日だし、汗で体を冷やす前に流した方がいいかもな」


 キョルシーからシャロンへ視線を向けるとコクリと頷き、なぜか後ろで息を荒げるアイリーン。


≪そこは男同士で汗を流さないか? では? では?≫


 腐った文字をハンカチで包み小雪を抱え手が塞がっているアイリーンに投げつける。が、器用に糸で受け止め浄化魔法を使いハンカチを綺麗にする。


≪腐腐腐腐……私に一撃を与えるにはまだ早いようですね……≫


 ノリがいいアイリーンの言葉をさらっと無視してキョルシーと手を繋ぎ城の中へと足を向けるクロ。その後ろをシャロンが続き、ひとり残されるアイリーンは≪相手にしろよ~≫と文字を浮かべながら後を追う。


 エントランスへ戻ると数名のメイドが待ち構えており頭を下げられ、クロはキョルシーが汗をかいた事を伝えるとシャロンと一緒に浴室へ向かい大きく手を振られ別れ、アイリーンは自身と小雪に浄化魔法を掛けると長い廊下を進みクロと共に部屋へと戻る。


≪初めてお城を見た時は驚きましたが、最近は色々なお城に泊まるので驚きがないですね~≫


 アイリーンの浮かべる文字にアリル王女が住むターベスト城や、今いるサキュバニア帝国の城に、オークの国の城やエルファーレの住む岩を切り出した城、九尾たちのキュービラ城などを思い出し、確かにと思うクロ。


「どのお城も凄いよな。威厳とか風格とか……俺は今でも気後れするがな……」


 二人で話しながら部屋へと到着すると目を吊り上げるビスチェがおり、「私も散歩したかった!」と大声で嫉妬心を向けられるのだった。






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 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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