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帰還を拒否した先で見た世界  作者:
第九章 年末と新年へ
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大晦日



「何だか一年もあっという間に過ぎるなぁ……」


≪クロ先輩、爺臭いですよ~≫


「うっせ! 年取ると体感時間が加速して早く感じるんだよ……」


 天界でのクリスマス会とオーガたちとのクリスマス会を終えたクロは屋敷で年越しの準備をすべく動き出していた。


「年末の大掃除もアイリーンとヴァルの浄化魔法ですぐに終わったのは楽でよかったが、正月はサキュバニア帝国か……」


≪シャロンくんからお願いされたのは驚きですね~これは性別を超えた熱い友情という名の愛でしょう!≫


「それよりも、やっぱり蕎麦は温かい方がいいよな?」


≪年越し蕎麦はシンプルに海老天を乗せて頂けたら嬉しいですね~≫


「えび天と長ネギにほうれん草を添えて七味を付ければいいか。後はかぼちゃの煮物に白菜の漬物を出して……キャロット辺りが肉を欲しがるから豚の角煮でも……」


≪冬休みに実家に帰った時のお祖母ちゃんの料理みたいですね~≫


「洋食や中華だっていいけどさ、サキュバニア帝国へ行ったら洋食が続くだろ? それなら和食かなと……ああ、サキュバニア帝国へ行くから、おせちにケーキとブランデーをコツコツと魔力創造しておかないとだな……」


≪カリフェル閣下へのプレゼントですね~クロ先輩は本当に気遣いの人ですね~≫


「カリフェルさんは師匠の友人だしなぁ~ドランさんやキャロライナさんとは最近会ってないけど、まだゴブリンたちの村にいるのか?」


 年越し蕎麦の準備をしていたクロは、シャロンに翻訳された絵本を読み聞かされている白亜を抱いてソファーで聞き入るキャロットへと話を振るが返答は帰って来ず、真剣に絵本へ耳を傾けている。


≪キャロットさんも白亜ちゃんも絵本が好きですよね~クロ先輩が日本の絵本をこっちの言葉に翻訳したのがよかったのか最近夢中ですね~≫


「白亜に常識や道徳心を持ってもらいたかったからな。思いのほかシャロンやキャロットが気に入ったけど、ビスチェが真剣に聞いている事に驚いたよ」


 リビングにはシャロンの絵本を真剣に聞く乙女たちがおり、中でもビスチェは一字一句聞き逃さない様目を閉じ集中している。他にもメリリやメルフェルンも一緒に聞いているのだが、メリリは炬燵という棲み処から出たくないという理由で物語を聞き流し、メルフェルンはシャロンが語り部を務めているため耳を傾けているのである。


≪ルビーさんは日本刀の事に夢中になりましたしね~≫


「やっぱりこっちでは日本刀のような造りは珍しいんだろうな。鬼王倒した剣について詳しく聞かれた時は本当に困ったよ」


≪昔話ですからね~史実ではないですし……≫


「日本刀に掛かれている雑誌があったけどアイリーンも詳しかったよな」


≪白薔薇の庭園は魔剣ですが日本刀をベースに作られていますからね~この前のクリスマス会では白薔薇の庭園四式改DXも見せて貰いましたよ~魔力を込めると色取り取りの薔薇の花びらが散って庭園感はありましたね~≫


「武具の女神フランベルジュさまは日本刀が好きだよな……」


「日本刀以外にも薙刀や竹刀なんかも作っていますよ。どこまでも伸びる薙刀や振ると筍が地面から顔を出す竹刀ですけど……」


「その竹刀は欲しいかも……いつでも筍ご飯が食べられるな……」


「あくまでもエフェクトなので採取できませんけどね~」


「それならいらないかな……ん? さっきから声で話しているがいいのか?」


「っ………………少しなら………………」


 普段から文字を浮かべ会話するアイリーンなのだが好きな話題という事もあり文字を浮かせるのを忘れ言葉として話したのだ。陰でひとり発声練習をしている事もありアラクネとして産まれた当時よりも聞き取りやすい声に変化しており、クロとしては十分に聞き取れるレベルで違和感もないほどなのだが、本人はまだ恥ずかしいのか頬を染めゆっくりとキッチンから後退し始める。


「まあ、なんにしても早く慣れてくれよ。話してくれた方がアイリーンの表情が見えて解りやすいからな」


「は……はい……」


 クロの言葉に肯定すると天井へと糸を飛ばし素早く逃げるアイリーン。それを見送ったクロは首を傾げながらも作業へと戻り柚子の皮を剥き千切りにする。


「そろそろ日も落ち始めたし、本格的に夕食を作るかな……角煮はアイテムボックスに入れてあるから味付けをして、漬物は皿に移して、最後にそばを茹でると……」


 大きな鍋を竈に掛けると砂糖と醤油に酒を入れ煮込み始め、隣の竈で麺つゆを作り始める。下茹でした鶏もも肉と戻した乾燥茸を戻し汁ごと入れ長ネギも入れ、灰汁を取りながら煮込み火が入った所で市販の麺つゆを足して味を調える。


「何だか懐かしい味だな……」


 麺つゆの味見をしていると匂いを嗅ぎつけたキャロットと白亜がキッチンカウンターから顔を出す口を揃える。


「キュウキュウ!」


「味見なのだ!」


 仲の良いドラゴニュートと幼い古龍に味見を椀に入れカウンターに置くと目を輝かせて口にし、笑顔を浮かべるキャロットと白亜を視界に入れたクロは麺つゆを竈から下ろすと大きな鍋を新たに置いて湯を沸かす。


「良い匂いがするぜ~これは醤油の香りかな?」


「豚の角煮を作っています。もうすぐ夕食にしますからみんなに声を掛けてきてくれるか?」


 エルフェリーンからキャロットと白亜に視線を変えて声を掛けると「キュウキュウ!」「任せるのだ!」と元気な返事を貰い、ここにいないルビーを探しに鍛冶工房へと足を走らせる。


「角煮の方もこれぐらいでいいかな。師匠も味見しますか?」


「うんうん、するぜ~角煮はお酒とも相性がいいからね~お酒と一緒に欲しいかな~」


 小皿に小さな角煮を取ると長ネギを添えカウンターに置き、日本酒を開けるとグラスに注ぎ入れ提供する。


「何だかお店に来たみたいだね~」


「この世界だとカウンター席は見た事がないですが」


「この辺りは少ないけどサキュバニア帝国だとカウンター席が多いぜ~色っぽいお姉さんが目の前でお酒を入れてくれるんだ。料理も目の前で作ってくれるから見ていると面白いんだ。はふはふ……うんうん、角煮は甘辛くて美味しいし、長ネギの食感もあって最高だよ~日本酒とも相性がいいぜ~」


「私は白ワインで味見がしたいわ!」


 エルフェリーンの隣に座ったビスチェに、それだと味見ではなく注文ではと思うクロ。


「これが豚の角煮ですか?」


「脂肪が多そうですがフォークで簡単に避けるほど柔らかいのですね……」


 シャロンとメルフェルンもカウンターに現れエルフェリーンが口にする角煮を見つめ、クロはもうここで夕食でもいいのかもと皿に角煮を移し用意していた漬物もカウンターに置くと蕎麦の準備に入るクロ。

 すると天井からゆっくりと姿を現すアイリーンが丼の用意を手伝い、メルフェルンが手伝いを申し出ると蕎麦を茹でるのを任せクロは天ぷらを揚げるべく油を入れた鍋を竈に掛ける。


「盛り付けはアイリーンに任せるからメルフェルンさんはそれを参考にして下さい」


「ま、任せて下さい……」


 アイリーンの言葉にメルフェルンが声で返答している事に気が付くが触れず「お願いします」と口にして蕎麦を茹で冷水で洗いしめ、先ほど作った麺つゆを入れると長ネギとほうれん草に柚子の皮の千切りを乗せるとカウンターに置き、師であるエルフェリーンの元に運ばれる。


「師匠、今エビも上がりますからね」


 揚がったばかりのえび天は和紙を敷いた取り皿に乗せられ蕎麦の横に届き笑顔を見せるエルフェリーン。一口目を口にする所でルビーを連れたキャロットと白亜が戻り、蕎麦を啜る姿に急いで席に付く。


「香りもいいし味もいいよ~これが年越し蕎麦なんだね! はふはふ……エビもサクサクでブリンとした身が美味しいぜ~」


 エルフェリーンが自然と表情を溶かし安堵したクロは、次々に完成する年越し蕎麦とえび天を口にする『草原の若葉』たちを見渡し、今年も一年無事に過ごせたと思いながら炬燵でひとり眠るメリリをどうしようかと思案するのであった。






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 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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