新年前にフライングお餅
「このスノーウルフの皮はまだ完成じゃないけど未完成の方が望む形に加工しやすいだろうからね。この状態で王子に献上してくれ」
「はい、必ず届けますね」
スノーウルフの皮は洗浄と無駄な脂肪を丁寧に剥がし乾燥させた物を受け取ったクロはアイテムボックスへと収納する。車が一台丸々包めるサイズでそのまま飾れば絨毯や部屋の装飾として使え、コートや革製品にも使えるだろう。二本ある大きな角もそのまま頭部に残されており迫力のある一品になる事は間違いないだろう。
「ナナイが王家に肩入れするなんて珍しいね~あの王子が気に入ったのかい?」
「まだ幼くはあるが立派な戦士の目をしていたよ。クロやエルフェリーンさまが付いていた事もあるかもしれないが、王家の試練で最大の白百合の花を採ったんだ。これぐらいのご褒美をくれてやってもいいだろう」
ナナイの得意げな言葉にエルフェリーンはうんうんと頷き互いに笑みを浮かべる。
「ベヒーモスに寄生しているとは思わなかったわよね……」
「それにダリル王子を襲ったメイドにも驚いたよな……」
ビスチェとクロも当時を思い出して口を開く。
≪その後でハミル王女が『草原の若葉』を訪れてクロ先輩の魔の手に……≫
「おい待てこら、それだと俺一人が悪いような言い方だよな……」
「枯れ枝のように細かった腕をプニプニにしたのは間違いなくクロだと思うわ! マヨを与え過ぎたのよ……」
ハミル王女は呪いの影響を受けやせ細った体が痛々しかったが、一週間ほどの養生で驚きの回復をして城へと戻って行った。成長期という事もあるだろうがクロがあの手この手で作った料理や魔力創造で作られた高カロリーな料理と、マヨという超高カロリー調味料の虜になった部分も大きいだろう。
「与えすぎたって……否定はできないが……」
「僕は元気になって良かったと思うぜ~最近の子たちは少し痩せ過ぎなんだよ。ほら、ナナイを見なよ。これだけ逞しいのに大きな胸は羨ましいを通り越して拝むレベルだね」
急に話を振られたナナイは呆気に取られるが胸に関してはよく冒険者パーティーを組んでいた時から羨ましがられた事もあり隠すような事はせず寧ろ胸を張り、アイリーンはその立派な胸に手を合わせて拝み、エルフェリーンがそれに続き、ラライも同じように「大きくなりますように」と口に出して願いを込める。
「おいおい、拝んでも胸は大きくならないよ……それよりも餅を焼こうじゃないか」
「そうですね。餅は冷めると固くなるので温かいうちに食べないとですよ。焼いた餅に醤油をつけてノリで巻いて食べたり、大根おろしと合わせて食べたり、黄粉などは焼いた後にお湯につけると絡みやすいですね」
慣れた手つきでBBQ用のコンロをアイテムボックスから取り出したクロは薪に火を入れ網を乗せる。オーガの主婦たちも広場の中心にある竈に火を入れクロが配った網を設置する。
「焼き方は弱火かな。思っているよりも火の通りがいいので注意して下さいね。余所見をしていると急に膨らんで網にくっつきますから」
「こんな石のように硬いものが柔らかくなるのかね」
「綺麗に切り揃えられているね」
「真白……小麦を固めた?」
オーガの主婦たちが餅を見ながら頭を傾けているとクロが口を開く。
「餅はうるち米という米を蒸して潰した保存食です。新年に食べる事が多いですね。そろそろ炭もいいかな」
薪から炎が上がらなくなったタイミングで餅を並べるクロ。赤く炭になり程よく熱を発するBBQコンロを真剣に見つめている。
≪何だか懐かしいですね~おばあちゃんの家ではストーブの上に置いて焼いていましたよ~≫
「うちでは竈で焼いたわよね! ぷくって膨らむ姿が面白かったわ! 子供たちもこっちで見なさい。面白いわよ!」
ビスチェがオーガの子供たちを呼ぶとコンロに集まりゆっくりと焼ける餅に視線を向け、クロが危なくない様シールドを展開させる。
「あんまり近づくと火傷するからな。ほら、裏返すぞ」
焦げることなく裏返された餅にワクワクとしながら待つ子供たち。シャロンやメルフェルンも急に膨らむという現象を捉えるべく集中して視線を向けている。すると急に餅の上部が盛り上がり歓声が上がる。
「うわっ!? 生きてるみたい!」
「中から何か産まれてくるかも!」
「あっ、萎んだ……」
「よ~し焼けたな。用意していた醤油につけて海苔で巻けば磯部餅の完成だ。熱いから注意するようにな~あと、よく噛まないと危険だから面倒くさくても絶対に噛んでから食べる事! 毎年、何人かはのどに詰まらせて亡くなる人がいるから注意だぞ!」
「は~い!」の声が重なりオーガの主婦やアイリーンにビスチェが手伝い磯部餅が量産され一番にエルフェリーンが口にし、ナナイが口にすると子供たちが磯部餅を口にする。オーガたちの縦社会は厳しくトップであるナナイと、それより上だという認識のあるエルフェリーンが口にしてからでないと子供たちですら料理を口に入れる事はないのである。
「おいしー」
「何これ伸びる~」
「しょっぱくて美味しいよ~」
「この海苔というのはおにぎりに巻いてあるのと同じだね。ねちゃねちゃした食感だが奥に甘みがあって美味しいね。これもどぶろくに合いそうだよ」
「うんうん、懐かしい味だよ。新年にクロが焼いてくれたものを思い出したよ~僕は砂糖醤油を絡めたものが好きだぜ~甘くてしょっぱくてあの味は忘れられないね~」
「どんどん焼きますね。焼けたら皆さんに配って下さい。後は善哉とかも用意するかな」
餅を焼く作業はオーガの主婦たちに任せクロはシャロンやメルフェルンと小豆の缶詰を開封する作業を開始し、大鍋に火を入れ塩と砂糖を入れて善哉を作り始める。すると甘い香りに誘われたのか皮の鞣し作業を行っていたオーガたちも合流し焼くスピードを上げるオーガ主婦たち。
「何だこれ、美味いぞ!」
「粉のついた餅も甘くて美味い! ゴッホホ」
「おい、咽るな! あっちで咽ろ!」
きな粉もちで盛大に咽るあるあるを披露するオーガの男や磯部餅がどれだけ伸びるかという競争などをしてお餅を楽しむオーガたち。
「クロ、クロ、それは? 豆?」
ラライがクロの横に並び大鍋で煮込まれる小豆を見て口を開く。
「ああ、小豆という豆だな。これを甘く煮て焼いた餅と絡めて食べるんだよ。熱いのが飛ぶから俺よりも後ろで見ろよ」
「うん! えへへ、またクロに守ってもらってる気がして嬉しい!」
「守ってるのとは違が熱っ!? ほら、こうやって熱いのが飛んでくるから前に出るなよ!」
「うん!」
「私も見たいのだ!」
「キュウキュウ~」
ラライの後ろには白亜を抱いたキャロットが続き顔を出し大鍋を見つめる。
「まるで火山の穴を見ているようなのだ……」
「キュウキュウ……」
「あれは絶対に熱いのだ……」
「キュウキュウ……」
マグマのように煮える小豆をスプーンですくい味見をするクロは、ナナイを呼び大鍋を下ろすと器に焼けた餅を入れ煮えた小豆を上に掛ける。
「これは善哉ですね。甘くて温まりますので食べて見て下さい」
エルフェリーンとナナイに進めると頷き口にして表情を溶かし、多くの子供や甘党のオーガたちに振舞うのであった。
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