アイリーンの進化
「やあ、騒がしいと思ったら『若葉の使い』たちじゃないか。王都はどうだったかな?」
ポンニルがクロに詰め寄った所にエルフェリーンが姿を現した事もあり、背筋を伸ばし営業スマイルをするポンニル。
「今年は流行り風邪も治まり各村では種まきや作付を行っております。足の速い商人から王都の方ではレイス騒ぎや、貴族の弾劾などがあったと耳にしましたが……」
「貴族を弾劾したのは僕だよ。純魔族を使った呪いなんて騒ぎがあってね。その魔方陣を探し出して破壊してまわったよ。いや~悪魔信仰とか純魔族意外に得をしないのに馬鹿だよね~」
「ははは、エルフェリーンさまでしたか……ねぇ、クロ、マジ?」
笑顔を引きつらせたポンニルがクロへ耳打ちする。
「ああ、その王女さまを一週間ほどうちで預かったんだよ。それでその時の食事が文に書いてあるリクエストだな。そうそう、師匠。こんな文が来ましたがどうします?」
先ほど届いたハミル王女からの文を立ち上がりエルフェリーンへと手渡すと笑顔のまま目を通す。
「うんうん、元気そうだね。帰る頃になるとマヨマヨ言っていたから心配したけど、大丈夫そうで良かったよ。夜会の方は遠慮するけど王都にはそろそろ足を伸ばしたいね」
「えっ!? また師匠だけでお出かけですか?」
頬笑みからニンマリとした笑顔へと変わるエルフェリーンにクロは身構える。
「僕だけじゃなくクロとビスチェもだよ。夏に流行る疫病対策の薬を採取しないとだろ。去年はクロ一人を残して心配だったし、今年は店を閉めてみんなで行こう! ポンニルたちには少し多めに薬を渡すから各村へ配ってくれ。緊急用の解熱剤やポーションも渡すから頼むね」
「はっ! お任せ下さい! あんたたちもいい加減にしゃきっとしな! 口開けてバカみたいな顔をしているよ!」
「ふぇ!?」
「あっ!」
チーランダとロンダルも立ち上がり雇い主であるエルフェリーンに頭を下げて背を正す。
「僕は運んでくれるだけで助かっているよ。こんな時ぐらいは楽にしてても構わないのに~ん?」
手をぱたぱたと振りながら話すエルフェリーンだったが、ガタリと物が落ちる様な音が耳に入り警戒する。ビスチェや『若葉の使い』もすぐに身構える所は一流なのだろう。
「この音は少し前からしてて、アイリーンの巣の方からですよ」
木々を糸でつなぎ合わせアイリーンの巣と書かれた看板を指差すクロ。
「アイリーンの巣? 建築方法がミノムシみたいだね」
「器用なのか不器用なのか解らないわ」
「複雑に組み込んであるとすれば芸術作品にも見えますね」
そんな意見のでるアイリーンの巣だったが、所々から光が漏れ出すと次第に強く発光し始める。
「みんな! すぐに退避! クロはシールドを張ったら僕の後ろにっ!」
エルフェリーンが叫ぶと『若葉の使い』は全力で屋敷の裏へと走り、ビスチェは白亜を抱きながらクロの後ろへとまわり込む。
ビスチェは知っているのだ。クロの後ろが一番安全であると……
次第に光が治まり始めた所でアイリーンの巣がはじけ飛び、辺りへ衝撃波が襲う。前もってエルフェリーンとクロがシールドを展開していた事もあり屋敷や畑への被害はないが、木っ端みじんに吹き飛んだアイリーンの巣に口を開ける『若葉の使い』たち。クロも口を開けて入るが、中から飛び出してくかもしれない状況に集中する。
「白亜も落ち着きなさい。師匠とクロもいるから大丈夫! 私も守ってあげるからね!」
腕の中で震える白亜を励ます様に声をかけるビスチェは右手で指差すと「風の精霊よ。砂埃を晴らして!」と精霊魔法を発動させ、風が砂埃を流すと丸太の残骸の上に立つハンドルほどの大きさのあるメタリックなボディーを持つ蜘蛛が現れ、片手を上げながら「ギギギ」と声を上げる。
「何だかスッキリとしたな……アイリーンだよな?」
「ギギギ」
声を上げながら頭を上下に動かすメタリックアイリーンの姿にホッと息を吐くクロ。それとは対照的に訝しげな視線を送るビスチェ。キラキラした瞳ではじめて目にする珍しい蜘蛛に興味津々ですという視線を送るエルフェリーン。
明らかに不自然な姿の蜘蛛を見た『若葉の使い』たちは身構えながらも前へ出る勇気は持てず、家の裏に隠れながら成り行きを見守る。
体を震わせ尻尾から糸を放出させるアイリーンは空中に文字を描く。
《私は悪い蜘蛛じゃないよ》
空中にこの世界の文字で書き示すと胸を張りドヤ顔をする蜘蛛が二足歩行でポーズを決めて立ち上がる進化に、クロとエルフェリーンからは拍手が巻き起こり、ビスチェはあきれ顔を向ける。
「改めて仲間になるか?」
「ギギ」
コクコクと頭を下げるとクロたちの前へゆっくりと歩き、前足を差し出して握手をするのだった。
「プリンセススパイダーとは蜘蛛のお姫様だね!」
エルフェリーンが鑑定を完了させ口を開くとまわりからは「おおおお」と歓声が上がり、前足で履いていないスカートを摘まみ頭を下げるアイリーン。
「この蜘蛛、じゃなかった、アイリーンさんは一体……」
「見事なカーテシー……」
「僕にはスカートが見えました……」
『若葉の使い』たちに紹介すべくクロが手招きすると恐る恐るやってきて自己紹介をするアイリーン。言葉は話せないが宙に魔力の糸を張り巡らせ文字を描くという方法で会話をするスキルを身につけていた。進化し得たスキルなのだろう。
「それにしても小さくなったな。軽自動車サイズがハンドルサイズにコンパクト化するとか、現代日本のパソコンの進化みたいだな……」
≪もしかしらたイ○テルも入ってる?≫
「そりゃ知らんが、これで一緒に暮らせるな」
そう言いながらメタリックな頭に手を伸ばしツルツルとした感触を確かめるように撫でると、メタリックな表情を少しだけ赤らめるアイリーン。
「キュ?」
「そういや初対面だっけ? 白いドラゴンが白亜で、蜘蛛がアイリーンだ。お互い同じぐらいのサイズだし、仲良くするようにな」
紹介するクロだったが「ギュギュギュ」「ギギギ」と自己紹介なのか威嚇行動なのか解らない声を上げる二匹。白亜の方は抱っこされながらも眉間に力を入れ、アイリーンはやや体勢を低くしいつでも飛び掛かれる姿勢を取る。
「やった! これは腕の抜けがらだ! こっちには後ろ脚と糸袋もある!」
いつの間にか居なくなっていたエルフェリーンは爆発現場へと向かい脱皮した素材を回収し歓喜の叫びを上げ、二匹は顔を見合わせるとビスチェの腕から逃れアイリーンの前に立つ白亜。それに合わせ二本足で立つアイリーン。
二匹は固い握手をすると頷き合う。
それはまるで今後の人生は一蓮托生とでも言いたげな固い握手であり、どちらも素材にならない為の固い同盟を組んだのだろう。
「何だか仲良くなったみたいだね」
「異種族同士の友情が芽生えた!」
「クロの兄貴のまわりには、やっぱり変わった人や魔物が多いです……」
「私が唯一の常識人でありることには間違いないわね。アイリーンもおかえりね。これからも一緒に美味しい物を食べましょうね!」
「ギギギ」
握手を離し頷くアイリーン。その横で白亜も「キュウキュウ」と鳴き美味しい物は私も~と言いたげな甘えた鳴き声を上げ、その一人と二匹の瞳はクロへと向かう。
「結局は食い物の話になるのな……それよりも、夜会にアイリーンや白亜を連れて行ってもいいのかな?」
「首輪をすれば問題ないと思うわよ。テイムしている小さな魔物を自慢する時代もあったし」
「首輪か……白亜はいいとしても、蜘蛛に首ってあるのか?」
「ギギ!?」
本人は立ち上がり両手を広げ驚いたリアクションを取り、どう見ても首はなさそうである。
後に知るのだが蜘蛛の魔物を使役したという話はなく、世界初の出来事だと注目を浴びるのだった。
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