錬金術とポーション
錬金工房『草原の若葉』には当然のごとく錬成室が存在する。母屋の西側に存在する錬成室は鍛冶場の横にあり通路で繋がった仮眠室を挟む形で二十畳ほどの広さと二部屋に分かれている。
ひとつは何重もの結界が敷かれた錬成室。クロがゴリゴリとした薬草を使い錬金釜を使いポーションや薬品を錬成する。主にビスチェが使っており、忙しく稼働するのは流行り病の対策ぐらいであり常識の範囲内で稼働している。
もうひとつはさらに奥にある部屋で内壁が最も強化され外へ行くほど薄弱になる結界が十五枚ほど敷かれている。中は薄暗く魔力の明かりがぽつりとあるだけであり初めてそこを訪れたものにはお化け屋敷を連想するだろう。棚には怪しげな魔石や魔物の肝に乾燥させた薬草や禍々しいオーラを放つ得体の知れないものなどが並び、床には書きかけの魔法陣や貴重なインクの蓋に片方だけの靴下なのが乱雑に転がっている。その中でも特に怪しい光を常に放っているのがエルフェリーン特性の錬金釜で、仄暗い部屋を紫に照らし続けているのだ。
「そう! 丁寧にゆっくりと魔力水と粉にした薬草の粉末を混ぜるの!」
ビスチェが普段から使っている錬成室ではクロが真剣な眼差しで錬金釜に向かい指示を受けながら錬金術を習っていた。
「すべて入れ終わったら右手に持った棒でかき混ぜながら、左手でゆっくりと魔力反応が起きるまで魔力を流しなさい。ゆっくりだからね!」
「ああ、これで三回目だから、」
「うっさい! 返事よりも魔力をゆっくり流す!」
ビスチェの言葉にムッとする事もなく魔力を流し錬金釜をゆっくりと撹拌するクロ。その額には汗が浮かび上がり集中しているのだろう。
「そう、ゆっくりだからね! この錬成作業で失敗したら錬金釜が暴走して大変な事になるからゆっくり魔力を入れるのよ!」
指示を出すビスチェも真剣に錬金釜を見つめ、部屋の隅ではシャロンとメルフェルンにアイリーンが同じように真剣に錬成作業を見つめ完成を祈っている。
「光始めましたね……」
ぽつりと呟いたシャロンにビスチェから厳しい視線が飛び慌てて口に手を当てる。
「魔力反応が始まっても油断しないこと! ここまでの苦労が水の泡になるだけじゃなく、錬金釜の暴走は絶対に避けなさい!」
ビスチェの厳しい言葉に心の中で頷きながら左手から慎重に魔力を流すクロ。錬金釜を使った錬成は錬金術の基礎であるのだが、使用者の持っている魔力の資質で異なり同じポーションを作ったとしても出来が変わってしまうのである。師であるエルフェリーンの普通に作るポーションと、ビスチェが普通に作るポーションでも違いがあり効果はもちろんの事、味や香りにもその違いが現れる。
そして最も注意するべきことは錬金釜の暴走である。錬金釜は魔力に反応して現象を起こす魔道具であり、その扱いには細心の注意を払う必要がある。もし魔力反応中に錬金釜が暴走すれば何が起こるか解らず大爆発はもちろんの事、それが召喚に作用して純魔族を呼び出す結果になる事さえあるのである。
錬金術にまつわる有名な事件としてはクラウセス事件というものがある。純魔族へ対抗する魔剣を生み出すための核を錬成しようとした時に魔力暴走が起こり錬金工房が消失し、錬金工房から純魔族が複数現れ一つの大都市と多くの村が滅ぼされたのだ。その結果、錬金術を行う際には国からの免許と師を得る事が法として義務化されている。
「魔力が安定してきたわ! 魔力を注ぎ入れる量を少しずつ抑えなさい! 光が完全に収まれば完成だから気を抜かない!」
ビスチェの激に集中しながら錬金釜を凝視し仄かな光が治まるまで弱めた魔力と右手を動かし続けるクロ。
「よし、魔力を止めて! ふぅ……やっと収まったわね……もう手を止めてもいいわよ……」
「はぁ……終わったか……」
ゆっくりとかき混ぜていた棒を取り除き、その場に腰を下ろすクロ。
「凄いですね……こんなにも集中しないと錬金術は扱えないのですね……」
「錬金釜の暴走事件や事故の話は聞きましたが、ここまで大変だとは思いませんでした」
≪想像していたものと違って地味ですね……錬金釜から光が溢れてポンとポーションが出てくるのだと思っていたのにな~≫
メルフェルンとシャロンが尊敬の眼差しをビスチェとクロへ向け、アイリーンはゲーム知識の中の錬金術との差にやや幻滅していた。
≪やっぱり私は小雪ちゃんの散歩に出かけますね~≫
「おう、気を付けてな~はぁ……三回目だけど緊張するし慣れないな……」
「当たり前じゃない。私だってまだまだ駆け出しなのにクロが三回ぐらいで慣れたとか言ったらぶん殴るわよ。それじゃあ、効果を確認してみましょうか」
ビスチェは小さなガラス瓶を手にするとレードルを錬金釜へ入れ、ポーションを瓶に入れると躊躇いなく口にする。
「味は私が作るよりも甘い? 効果は解らないけど飲みやすいわね」
「確かに前よりも甘く感じるな……ポーションというよりも玉露に近い気がする……間違えて抹茶を入れたとかはないと思うが……」
クロも味見をして感想を口にする。するとシャロンが手を上げメルフェルンも近づき試飲する。
「お茶よりも濃い味ですね。ポーションよりも飲みやすい気がします」
「苦味の奥に甘さがあって美味しいぐらいですね」
「乾燥した薬草を使うと苦さが抑えられるとか聞いた事があるけど……これなら苦みに弱い獣人たちにも飲みやすいかもしれないわね。私は師匠に持って行くからクロは瓶に詰め替えておきなさい。戻ったら品質保持のエンチャント教えるわ」
ガラス瓶にクロの作ったポーションを入れ錬金室を出るビスチェ。クロは指示通りにポーションを瓶へと移し替える作業をし、それを見つめる二人に戸惑いながらも移し終えると師であるエルフェリーンが笑顔で登場し、その後をビスチェが部屋へと戻る。
「クロ! 美味しかったよ~」
あっけらかんとした味の感想にそうじゃないと思うクロ。
「いや、師匠がその感想はどうかと……」
「えぇ~だって今まで飲んだポーションの中で一番美味しかったよ! 効果はこれから確認するし、鑑定! ふむふむ、うん! ちゃんとしたポーションだね。下級ポーションでありながら味に+表示があるよ!」
エルフェリーンが喜びながら鑑定結果を教えると、クロはひとつを手に取りアイテムボックスへと入れフォルダに表示されている文字を確認する。
下級ポーション+
ヒール程度の回復力があり切り傷や止血に効果がある。苦みが抑えられ甘みが引き出されたポーション。製作者クロ
「甘みが引き出されたとありますね……引き出されたって事は干した薬草から甘みが出たという事でしょうか?」
「その可能性が高いぜ~もしくはクロの魔力が甘いのかもしれないね~ん? それだと魔力創造で作る料理は普通の料理と比べて甘いのかな? クロ、水を魔力創造で出してくれ!」
「水ですか?」
「うん! 商品としての水じゃなくてクロが水だと思う水を出してくれ。魔力創造でだぜ~」
エルフェリーンのリクエストに応えるべくクロはポーションを入れていた空き瓶に魔力創造で水を作り出し注ぎ入れ、二つの瓶を水で満たすと片方をエルフェリーンに渡しもう片方はアイテムボックスへと入れる。
ほぼ水。純粋な魔力で水を創造したもの。通常の水よりも魔力が含まれ精霊などが好む水に変質している。魔力水よりも多くの魔力が込められており錬金術素材として使用可能。製作者クロ。
「おっ! これが甘みの原因かもしれないぜ~魔力水よりも魔力を多く含んだ水とかもう錬金術に使うしかないぜ~」
鑑定を使い調べたエルフェリーンはクロの水入りの瓶を掲げる。すると精霊たちが瓶に集まっているのかビスチェが時折精霊たちと戯れるようなチカチカとした光が現れる。
「おお、これって精霊の光だよな……」
「ええ、そうね。クロの水は精霊が好む水ってことで間違いないみたいね……いい、気を付けなさい! 精霊は基本的に無害だけど変な精霊と契約すると大変な事になるからね! もし契約を迫られたら私に言うこと! いい、絶対よっ!」
ビスチェに詰め寄られこくこくと頭を上下させるクロだったが、頭の中ではビスチェの母が契約する大きなウサギの精霊を思い出しそれに抱き着き撫でる姿を妄想するのであった。
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