クロの帰還
「おいおい、マジかよ……」
一人の冒険者が口を開き見上げるのは死者のダンジョンと呼ばれ恐れられるダンジョンの脇にある石碑。その石碑には日付と名が浮かび上がったのだ。
「これってダンジョンを攻略すると刻まれるって……」
「迷信だと思っていたが……」
「俺は見たぞ! 光が一文字ずつ浮き上がって石碑が削れていったんだ!」
声を荒げる第一発見者の冒険者は更に声を上げる。
「死のダンジョンが攻略された! それも単独で突破だ! 名はクロ! 名はクロだ!」
本来ならダンジョンを縛りプレイで単独突破する者などおらず、現に他のダンジョンを合わせても五チームで合わせて三十五名である。それを単独で突破した事実が石碑に刻まれその場にいた冒険者たちや冒険者ギルドの者たちは歓声を上げる。
「マジかよ……名前の後ろにはパーティー名が刻まれるはずだろ……それがないとか本当にソロで……」
「俺は谷のダンジョンの石碑で突破者を見た事があるが、十名の名とパーティー名が掘られていたぞ……」
「単独で壇上を制覇とか……聖騎士や聖女さまでも……」
「アンデットに対して無類の強さを誇る……クロ……どんな冒険者だか……」
「冒険者ギルド職員はどうしたよ! クロってどいつだか教えろ!」
「職員なら名前が浮き出た途端に走り出したぞ。報告に行ったんだろ」
この出来事は死者のダンジョン前から広がり、ダンジョンのある聖王国から商人や冒険者を通じて世界へと広がって行くのだった。
その攻略者がダンジョン内のマスタールームから転移し眠る白亜を抱きながら一階へと戻ると誰の姿もなく、ダンジョンを出ると空にはオレンジの光が入り火の番をしていた褐色エルフと視線が合うと伏せていた一匹のフェンリルが顔を上げ尻尾を揺らす。
「クロ殿! お戻りになられたか!」
その叫びに眠りに落ちていた他の火の番の者も目を覚まして目を擦りながら立ち上がり、フェンリルに「クロ殿が起きた」と神殿へ伝えるよう指示を出すと尻尾を振りながら走り去る。
「起こしてしまいましたか?」
「ああ、それよりもダンジョン神さまに合われたと聞きましたが……」
「はい、ダンジョン神さまとダンジョン農法神さまに会って、このダンジョンの改装を話し合いました。今のダンジョンよりも攻略しやすくなると思いますよ」
ダンジョン会議の事を思い出しながら話すクロに褐色のエルフは膝を付く。
「おおおお、それは……もしかしたらあの悪質な四階層ではなくなるのですか?」
悪質なという単語に思わず顔を引き攣らせるクロ。
海底から始まる四階層を思えば悪質という表現は確かにそう思うけど……人魚やマーマンといった水中呼吸ができる者たちなら探索は可能だよな……
「はい、もっと深い階層にするようにお願いしましたよ。それにダンジョンの宝箱からは調味料や料理が出てくるように話し合いをして、カレーやワカメしゃぶしゃぶとかも宝箱から出現すると思います」
「調味料や料理……カレーにワカメしゃぶしゃぶ……そ、それは凄い……このダンジョンを攻略する価値が一気に跳ね上がりますね!」
目を見開き口にする褐色エルフにダンジョン神と会議をして良かったと思うクロ。
「クロ!」
「クロ先輩!」
「ワオ~ン!」
空からビスチェが降ってくるとクロに抱き着き、その後ろで糸にぶら下がり宙に浮きニヤニヤと瞳を向けるアイリーン。その後ろからは大量のフェンリルが向かって来ており、その先頭には魔化したシャロンが低空飛行で向って来る姿が見える。
「クロの馬鹿! 遅い! 心配した! 遅い! 馬鹿!」
涙を潤ませるビスチェに「悪い、ダンジョンの会議で盛り上がって……」と素直に謝罪するクロ。するとアイリーンから糸が伸び白亜の頭と体に巻き付くとそれを一本釣りしてキャッチしてニヤリと口角を上げる。
「おっ!? こら、アイリーン! 白亜をどうする……ちょっ!? シャロン!! 速度を落とせっ!!!」
「クロさん!」
低空飛行の弾丸タックルでクロに飛びつくシャロン。その勢いでクロはシャロンと共に吹き飛び、海面を三階ほど水切り状態でバウンドして海へと沈む。
「あら、これは心配させた天罰ね……」
涙がポロリと落ち、シャロンと共にクロは朝日に照らされ輝きながら海に沈むのであった。
「なるほど……素晴らしいね! 料理のダンジョンへと改装するのなら定期的に調味料やクロの料理が手に入るという事だね!」
「ウイスキーやブランデーに日本酒が手に入るのならサキュバニア帝国からも冒険者や軍を送り攻略させるわ! 定期船もオークの国を通して航路を確立しなきゃだわ! ふふふ、今以上にサキュバニア帝国が反映するのは間違いないけど、ダンジョン攻略大臣を誰にしようかしら……」
エルファーレと女帝カリフェルが喜びを露わにしているのは竹藪を抜けた先の広場であり、クロが関わったダンジョン改装の件を皆に報告したのだ。
「ふぅ……それにしてもクロ先輩は凄いですね! 神様から頼られるとか本当に凄い事ですよ!」
ルビーが朝食のスープを飲み干し尊敬の視線を向け、クロは褐色エルフたちの作った薄焼きのパンに蜂蜜を塗り口に運ぶ。
「凄いとかじゃなく、何ていうか異世界人だったからだろ。それに魔力創造のスキルで創造できる物の価値だな。俺からしたらルビーの鍛冶屋やエンチャントを覚えようとしている事の方が凄いと思うし、ビスチェの精霊魔法やアイリーンの糸とかも相当だろ。師匠に至っては尊敬というより崇拝だしな~」
「えへへへ、そうだろ~僕は凄いんだぜ~クロがこんなにも尊敬する僕をもっと敬ってもいいんだぜ~」
「うふふ、敬いますから鼻の頭についているジャムを拭き取りますね」
メリリに鼻の頭についたイチゴジャムを拭き取られ微笑むエルフェリーン。敬うというよりも介護や面倒といった方がしっくりくると思う一同。
≪クロ先輩! 私凄い事を思いついちゃいました! ダンジョン神さまにお願いすれば熱い友情が詰まった本や、男同士の熱いバトルが詰まった本や、大量のBL本が詰まった宝箱が出現するようにお願いできるという事では!?≫
「序盤は隠して言っていたのにテンションが上がり過ぎて本音を一切隠さなくなったな……」
≪えへへへへ、欲望とはどこまでも深く恐ろしいものですねぇ~~~という事で、≫
「ダメだぞ……流石にBLの本をお願いするのは、ちょっとな……それよりもシャロンとメルフェルンさんが元に戻ってよかったよ……」
「はい……色々と御迷惑を掛け、」
「いや、迷惑を掛けたのは俺だし、元に戻らなかったらどうしようかと思ったからな」
メルフェルンが頭を下げながら口を開き、迷惑を掛けたのは自分だと主張するクロ。シャロンはクロが戻って来た時にタックルをした事と、女性化から溶けた事で男性に戻ったのだが異性ではなく同性に戻った事で、尊敬から愛情へ変わったものも戻り複雑な心境で話を耳に入れながらも俯きながら頭を上下させる。
「シャロンもごめんな。あの時は助かったし、急に異性に変わるとか大変だっただろ」
「は、はい……大変でした……けど……いえ、何でもないです……」
歯切れの悪い言葉にクロがシャロンを見つめ、シャロンもそれに気が付いたのか顔を上げ視線が合い顔を赤くするシャロン。
≪腐腐腐、本も良いものですが、リアルもアリですね!≫
「私もシャロンを応援するわ! 精霊たちも純粋な心に応援すると言っているわよ!」
腐ったオーラを纏うアイリーンと、精霊たちが嬉しいのかキラキラとした光を纏うビスチェ。
「キュウキュウ!」
「白亜さまは凄いのだ! 金貨でお城を作ったのだ! ダンジョン神からも追加で金貨を貰ったと言っているのだ!」
早々に朝食を食べ終わった白亜とキャロットはダンジョンでの事を耳に入れ、クロは丁寧にアイテムボックスから白亜が作った金貨の城をテーブルに置くと目を輝かせるキャロットと褐色エルフたち。
「ピカピカなのだ!」
「壁はコインを立てにして置くことで壁に……」
「下地の金貨に隙間を作りコインを立てているのか……」
「金貨の飛び石とは……」
「これは神殿にも使えるかもしれませんね……」
白亜の作った金貨のお城を食い入るように見つめる褐色エルフたちにエルファーレが口を開く。
「私は今の神殿が気に入っているからね~金ぴかにしようとかやめてくれよ~眩しくてリラックスできないだろ~あむあむ……うん、この牡蠣を炒めたものをパンに乗せても美味しいね~」
「うふふ、バターソテーだからパンとの相性はいいですよね。私の力作です!」
大きな胸を反らし調理したメリリが微笑み、海竜のバブリーンも同じようにしてパンを食し笑みを浮かべ、クロは皆が笑顔で食べる朝食風景を大切にしようと思うのであった。
もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。
誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。
お読み頂きありがとうございます。